虚数 (きょすう、英 : imaginary number )とは、実数 ではない複素数 のことである。すなわち、虚数単位 i = √ −1 を用いて表すと、
z = a + bi (a , b は実数、b ≠ 0 )
と表される数 のことである。
実数直線 上にはないため、感覚的には存在しない数ととらえられがちであるが、実数の対、実二次正方行列 、多項式環 の剰余環 の元 として実現できる(複素数#形式的構成 を参照)。
複素数平面 上では、虚数全体は複素数平面から実軸を除いた部分である。
語源
実係数の三次方程式 を解の公式により解くと、相異なる3個の実数解をもつ場合、虚数の立方根 が現れ、係数の加減乗除 と冪根 だけでは表せない(還元不能 )。虚数はこの過程で認識されるようになった。ルネ・デカルト は1637年 に、複素数の虚部を 仏 : "nombre imaginaire" (「想像上の数」)と名付けた[1] 。
漢訳
「虚数」と訳したのは、1873年の中国数学書『代数術』(John Fryer(zh:傅兰雅 ), 華蘅芳 著)である[2] 。
日本では、東京数学物理学会が1885年に記事で "Impossible or Imaginary Quantity" を「虚数」と訳している[3] 。
ただし、「虚数」と訳されている英語の "imaginary number" は、しばしば「2乗した値が 0 以下の実数になる複素数」を意味する場合がある[4] 。
用語について
虚数 とは、実数でない複素数 のことである[5] 。すなわち、虚数単位 i = √ −1 を用いると
a + bi (a , b は実数、b ≠ 0 )
と表せる数 のことである。特に、実部が 0 である虚数を純虚数 という。
英語の "imaginary number" はふつうは虚数を意味するが、これはしばしば「2乗した値が 0 以下の実数になる複素数」を表すことがある。この定義によれば、複素数 z に対して、
z 2 = −y 2 (y ≥ 0)
ならば、(z + yi )(z − yi ) = 0 , ∴ z = ±yi 。ゆえに、この意味での imaginary number とは、0 または純虚数 (imaginary number ) である[6] [7] 。
複素数平面における虚数
複素数平面 において、純虚数は虚軸上の原点を除く部分にある。
実数直線 を拡張した複素数平面 では、純虚数は、虚軸上の原点を除く部分の点である。虚数は、実数と純虚数の線型結合 である。虚数全体は複素数平面から実軸を除いた部分である。
虚数の導入により、cos θ + i sin θ を作用 させることは、複素数平面上での、原点を中心とする θ 回転 に相当する。i 2 = −1 より、虚数単位 i は、複素数平面上では、実数単位 1 を原点中心に 90° 回転した位置にある。
虚数の大小
虚数に通常の大小関係を入れることはできない[8] [9] 。つまり、複素数体 C は順序体 でない。
(証明)[8]
背理法 で示す。
虚数単位 i と実数の間に、+, × と両立する全順序 があると仮定する。
i 2 = −1 より、i ≠ 0
∴ i > 0 or i < 0
i > 0 ならば、両辺に i を掛けると、−1 > 0 となり矛盾。
i < 0 ならば、両辺に i を掛けると、−1 > 0 となり矛盾。
故に i と実数の間に通常の大小関係はない。
故に、虚数にも通常の大小関係はない。(証明終)
辞書式順序 は全順序であるが、複素数に入れると +, × と両立しない。
応用
通常は、様々なデータの表現に実数が用いられることが多い。しかし人の数を数えるのには役に立たない分数 も石の大きさを比べるのには役立つし、物体の重量を記述するには役に立たない負の数も借金の額を表すのには不可欠である[10] 。同様に、信号処理 、制御理論 、電磁気学 、量子力学 、地図学 等の分野を記述する際には虚数が必要となる。
電子工学
電子工学 では、電池の生み出す直流 電圧は+12ボルトや−12ボルト等と実数で表すが、家庭用の交流 電圧を表すには2つのパラメータが必要となる。1つは、120ボルト等という振幅で、もう1つが位相 と呼ばれる角である。このような2次元の値は数学的には平面ベクトル か複素数で表される。ベクトル表現では、直交座標系 は通常X成分とY成分で表される。一方、フェーザ表示 と呼ばれる複素数表現では、2つの値は実部、虚部となる。例えば実部が 0 で虚部が 120 の純虚数は、位相が90度で120ボルトの電圧を意味する。
電気関連の分野において i は電流 を表すため、虚数単位にはj が使われる。
コンピュータプログラミング
いくつかのプログラミング言語 は複素数を扱うことができる。例えば、Python では虚数単位に j を用いて次のように記述する(1行目の記号 >
は入力であることを示すプロンプト であって、式の一部ではない。また、*
は掛け算を表す記号である)。
>>> (5+2j) * (8+5j)
(30+41j)
MATLAB での例:
>> (5+2j) * (8+5j)
ans =
30.0000 +41.0000i
>> (5+i*2) * (8+5j)
ans =
30.0000 +41.0000i
教育
数学教育において、虚数はしばしば二次方程式 の解として導入される。その際、虚数の導入はいくつかの段階に分けて行われる。まず二次方程式において負数の平方根 が現れ得ることをみとめ、負数の平方根を表す数として虚数を導入する。そして実数 に虚数単位を加えた集合 を考え、その場合にも実数と同様に加法と乗法について閉じていることを確認する[11] 。
歴史
虚数を発見したのはカルダーノ で、1545年の代数の本[12] には、数「10」を、和が 10 かつ積が 40 である2数の組に分ける問題が載せられている。
この問題を現代的に書き下すと次のようになる。
{
(
x
,
y
)
∈ ∈ -->
C
2
x
+
y
=
10
x
y
=
40
{\displaystyle {\begin{cases}\;\,\displaystyle (x,y)\in \mathbb {C} ^{2}\\\;\,\displaystyle x+y=10\\\;\,\displaystyle xy=40\\\end{cases}}}
なる組 (x,y) を求めよ。
根と係数の関係 を用いて解くと、
(x,y) は t(∈ℂ) に関する二次方程式
t
2
− − -->
10
t
+
40
=
0
{\displaystyle t^{2}-10t+40=0}
の2解の組である。
⇔ ⇔ -->
(
x
,
y
)
=
(
5
± ± -->
15
i
,
5
∓ ∓ -->
15
i
)
.
◼ ◼ -->
{\displaystyle \Leftrightarrow (x,y)=(5\pm {\sqrt {15}}i,5\mp {\sqrt {15}}i).\;\blacksquare }
カルダーノは、この問題は不可能だが形式的に解を求めれば
5 + √ −15 と 5 − √ −15
の2つであると書いている。
同じイタリアのラファエル・ボンベリ は、1572年 の代数の本で、三次方程式 x 3 = 15x + 4 を、カルダーノが発見した解の公式で解くと
x
=
2
+
11
− − -->
1
3
+
2
− − -->
11
− − -->
1
3
{\displaystyle x={\sqrt[{3}]{2+11{\sqrt {-1}}}}+{\sqrt[{3}]{2-11{\sqrt {-1}}}}}
という奇妙な式になることに気付いた。この三次方程式の解が 4, −3 + √ 3 , −3 − √ 3 であることを知っていたボンベリは
2
+
11
− − -->
1
3
=
2
+
− − -->
1
{\displaystyle {\sqrt[{3}]{2+11{\sqrt {-1}}}}=2+{\sqrt {-1}}}
2
− − -->
11
− − -->
1
3
=
2
− − -->
− − -->
1
{\displaystyle {\sqrt[{3}]{2-11{\sqrt {-1}}}}=2-{\sqrt {-1}}}
となることを発見し、カルダーノの解の公式から導かれる解が実数 x = 4 を表すことを実証した。
しかし当時は、0 や負の数 ですら架空のもの、役に立たないものと考えられており、負の数の平方根 である虚数はなおさらであった。ルネ・デカルト も否定的にとらえ、1637年 の著書『La Géométrie (幾何学)』で初めて 仏 : "nombre imaginaire" (「想像上の数」)と名付けた。これが英語の "imaginary number"、日本語の「虚数」の語源になった。
その後、オイラー による虚数単位 i = √ −1 の導入(1770年頃)、ガウス による複素数平面 の導入(1831年公表)、代数学の基本定理 の証明(1799年)を経て、徐々に多くの数学者、人々に受け入れられるようになった。
1843年 にウィリアム・ローワン・ハミルトン は、複素数平面にもう一つの虚数単位を添加して3次元 に拡張することを試みた結果、全部で3個の虚数単位を添加して得られる四元数 の集合が自然な体系であることを発見した。
虚数単位の性質
虚数単位 i の整数乗 in は、整数 n を 4 で割った余りを n mod 4 で表すことにすると、次のように簡潔に表現できる:
i
n
=
i
n
mod
4
{\displaystyle i^{\,n}=i^{\ n\,{\bmod {\,}}4}}
すなわち、k を整数 として次が成り立つ。
i
4
k
=
1
i
4
k
+
1
=
i
i
4
k
+
2
=
− − -->
1
i
4
k
+
3
=
− − -->
i
{\displaystyle {\begin{array}{lcl}i^{\,4k}&=&1\\i^{\,4k+1}&=&i\\i^{\,4k+2}&=&-1\\i^{\,4k+3}&=&-i\end{array}}}
脚注
参考文献
Paul Nahin, An Imaginary Tale: The Story of the Square Root of Minus One , Princeton University Press, 1998. ISBN 978-0691027951 .
関連項目
外部リンク
人物 構成 演算 種々の複素数 空間の拡張 複素関数 複素数の拡張
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