四元数
四元数の単位の乗積表
×
1
i
j
k
1
1
i
j
k
i
i
−1
k
−j
j
j
−k
−1
i
k
k
j
−i
−1
数学 における四元数 (しげんすう、英 : quaternion )とは、複素数 を拡張した数 体系であり、虚数単位 i , j , k を用いて
a + bi + cj + dk
と表せる数のことである。ここで、a , b , c , d は実数 であり、虚数単位 i , j , k は以下の関係を満たす。
i
2
=
j
2
=
k
2
=
i
j
k
=
− − -->
1
{\displaystyle i^{2}=j^{2}=k^{2}=ijk=-1}
このとき 1 , i , j , k は実数体上線型独立 である。
四元数は純粋数学のみならず応用数学 、特に3Dグラフィクス やコンピュータビジョン において三次元での回転の計算 (英語版 ) でも用いられる。これはオイラー角 や回転行列 あるいはそれらに代わる道具などとともに、必要に応じて利用される。
四元数についての最初の記述は、1843年 にアイルランド の数学者ウィリアム・ローワン・ハミルトン によってなされ[ 1] [ 2] 、3次元 空間の力学 に応用された。
四元数の特徴は、積について非可換 であることである。ハミルトンは、四元数を三次元空間内の二つの有向直線の商として定義した[ 3] 。これは二つのベクトルの商と言っても同じである[ 4] 。四元数をスカラー と三次元のベクトル との和として表すこともできる。
なお、虚数単位i,j,kについても非可換であることが知られている。
現代数学の観点からは、四元数全体からなる集合は、実数体 上の4次元 結合的 ノルム多元体 であり、またそれゆえに非可換整域 となる。歴史的には四元数の体系は、最初に発見された非可換多元体 である[ 5] 。四元数全体の成すこの代数は、ハミルトンに因んで H (あるいは黒板太文字 で ℍ )と書かれる。またこの代数を、クリフォード代数 C ℓ0,2 (R ) ≅ C ℓ0 3,0 (R ) として定義することもできる。
この代数 H は解析学において特別な位置を占めている。というのも、フロベニウスの定理 に従えば H は実数全体 ℝ を真の部分環 として含む有限次元可除環 の2種類しかないうちの一つ(もう一つは複素数全体 ℂ)だからである。
従って、単位四元数は三次元球面 S 3 上の群構造を選んだものとして考えることができて、群 Spin(3) を与える。これは 2 次特殊ユニタリ群 SU (2) に同型、あるいはまた SO(3) (英語版 ) の普遍被覆 に同型である。
四元数数の単位の積を四次元空間の 90° 回転として視覚的に表現したもの。ij = k , ji = −k , ij = −ji
歴史
ダブリン のブルーム橋 にある四元数を記念する盾(北緯53度22分23秒 西経6度18分00秒 / 北緯53.37299度 西経6.30008度 / 53.37299; -6.30008 )。碑文にはHere as he walked by on the 16th of October 1843 William Rowan Hamilton in a flash of genius discovered the fundamental formula for quaternion multiplication i 2 = j 2 = k 2 = ijk = −1 & cut it on a stone of this bridge(1843年の10月16日、ここを通りかかったウィリアム・ローワン・ハミルトンは、天才の閃きを以って四元数の乗法の基本公式(略)を思いつき、この橋の石にそれを刻んだ)
とある。
四元数の成す代数系は、1843年 にウィリアム・ローワン・ハミルトン によって導入された[ 6] 。これにはオイラーの四平方恒等式 (1748年)やオリンデ・ロドリゲス (英語版 ) の四つの径数を用いた一般の回転のパラメータ付け (英語版 ) (1840年)などを含む重要な先駆的研究があったが、何れもその四径数回転を代数として扱ったものではなかった[ 7] [ 8] 。ガウス もまた1819年に四元数を発見していたのだが、そのことが公表されるのは1900年になってからのことである[ 9] 。
ハミルトンは複素数 が座標平面 における点 として解釈できることを知っていて、三次元空間の点に対して同じことができる方法を探していた。空間の点はそれらの座標としての数の三つ組によって表すことができ、ハミルトンはそれらの三つ組に対して加法や減法をどのようにすべきかはずっと前から分かっていたのだが、乗法と除法をどう定めるかという問題については長く行き詰ったままであった。ハミルトンは、空間における二点の座標の商をどのように計算すべきかを形にすることができなかったのである。
四元数についての大きな転換点がついに訪れたのは、1843年10月16日の月曜日、ダブリン においてハミルトンが理事会の長を務めることになるアイルランド王立アカデミー (英語版 ) への道すがら、妻とともにロイヤル運河 (英語版 ) の引き船道に沿って歩いているときであった。四元数の背景となる概念が頭の中で形になり、答えが明らかになったとき、ハミルトンは衝動を抑えられずに、四元数の基本公式
i
2
=
j
2
=
k
2
=
i
j
k
=
− − -->
1
{\displaystyle i^{2}=j^{2}=k^{2}=ijk=-1}
を、渡っていたブルーム橋 (英語版 ) の石に刻みつけた。
次の日ハミルトンは、友人でフェロー数学者であったジョン・グレイヴスへ宛てて、彼の発見へと至る一連の道筋をしたためた書簡を記している。この書簡は後に London, Edinburgh, and Dublin Philosophical Magazine and Journal of Science , vol. xxv (1844), pp.489-95.[ 10] で公表されている。この中でハミルトンは、
And here there dawned on me the notion that we must admit, in some sense, a fourth dimension of space for the purpose of calculating with triples ... An electric circuit seemed to close, and a spark flashed forth.
そしてここで、三つ組を計算するという目的のために、空間の四番目の次元を我々はある意味で認めねばならないのだという考えが、私に光をもたらしたのだ… 電気回路 が閉じて(つながり)、目の前に火花が散ったかのようだった。
と述べている。ハミルトンは、これらの乗法規則を備えた四つ組を quaternion と呼び、残りの人生の大半をその研究と教育にささげた。ハミルトンによる取り扱い (英語版 ) は、四元数の代数的性質を強調する現代的なアプローチよりも幾何学 的なものである。ハミルトンは "quaternionists" の学校を設立し、数々の本で四元数の普及を図った。最後にして最長の本が Elements of Quaternions (『四元数原論』)で 800 ページ にも及ぶ(出版されたのは彼の死後少ししてからである)。
ハミルトンの死後も弟子のテイト が四元数の振興を続けた。同時に、ダブリンでは四元数が試験の必須題目になっていた。物理学と幾何学の主題においては、今日ではベクトルを用いて記述するような空間の運動エネルギー やマクスウェルの方程式 などが、まったく四元数の言葉で記述されていた。四元数やほかの超複素数系 を専ら研究するプロの研究機関である四元数学会 (英語版 ) さえ存在した。
1880年代の半ばごろから、ギブス 、ヘヴィサイド 、ヘルムホルツ らの創始したベクトル解析 によって四元数は取って代わられるようになる。ベクトル解析は四元数と同じ現象を記述するために、四元数に関する文献から自由に用語法や考え方を拝借していたが、ベクトル解析の方が概念的に簡単で、記法もすっきりしていたので、遂には数学 と物理学 における四元数の役割は小さく追いやられることとなった。このような変遷の副作用で、現代的な読者にはハミルトンの仕事は難しく複雑なものと化してしまった。ハミルトンのオリジナルの定義は馴染みがなく、その書き振りは冗長で不明瞭である。
四元数は20世紀の後半になって、三次元の自由な回転を記述する能力を買われて、多用されることとなった。四元数による3次元の回転(姿勢)の表現は、3次正方行列による表現と比べて記憶容量が小さくて演算のスピードも速い。加えて、オイラー角 と違ってジンバルロック が起きない。この特徴は、地上における上下方向のような絶対的な軸の無い、宇宙機 のような三次元の自由度が完全にある場合の姿勢制御 などでの利用に適しており[ 11] 、宇宙機以外にもCG [ 12] 、コンピュータビジョン 、ロボット工学 、制御理論 、信号処理 、物理学 、生物情報学 、分子動力学法 、計算機シミュレーション および軌道力学 など、他にも多くの応用がある。
また、四元数は二次形式 との関係性により、数論 からの後押しも受けている。
1989年以降、アイルランド国立大学メイヌース校 の数学教室は、科学者(2002年には物理学者のマレー・ゲルマン 、2005年にスティーヴン・ワインバーグ など)や数学者(2003年のアンドリュー・ワイルズ など)からなる、ダンシンク天文台 からロイヤル運河の橋までを歩く巡礼の旅を開催している。ハミルトンが橋に刻みつけた公式はもはや見ることはできないが。
物理学への歴史的影響
P.R.ジラールのエッセイ The quaternion group and modern physics [ 13] (「四元数群と現代物理学」)は、四元数の物理学における役割について論じている。それは現代代数学 において "数々の物理的な共変性の群:SO(3)、ローレンツ群 、一般相対性群、クリフォード代数 SU(2) および共形群などが容易く四元数群 に関連付けられることを示している"。ジラールは群の表現 論を議論し、結晶学 に関するいくつかの空間群 を表現することから始めて、続いて剛体 運動の運動学 、その後トーマス歳差 (英語版 ) を含む特殊相対論のローレンツ群の表現に「複四元数」(complex quaternion)(双四元数 (英語版 ) )を用いている。ジラールはマクスウェルの方程式 を四元数変数のポテンシャル 函数を用いて一本の微分方程式 に表したルドヴィク・シルバースタイン (英語版 ) をはじめとする5人の著者を引いている。一般相対性を考慮してルンゲ=レンツベクトル を表し、またクリフォード代数の例としてクリフォード複四元数(分解型双四元数 (英語版 ) )に言及した。最後にジラールは、複四元数の逆数を使って時空 の共形写像 について述べている。 50 にも及ぶ参考文献には、アレクサンダー・マクファーレン (英語版 ) および四元数学会 におけるジラール自身の広報も含まれている。また、1999年にジラールはアインシュタインの一般相対性の方程式が如何にして四元数に直結するクリフォード代数を用いて定式化されるかを示している[ 14] 。
四元数についてのより個人的な見解をジョアキム・ランベック (英語版 ) が1995年に書いている。エッセイ If Hamilton had prevailed: quaternions in physics (「もしハミルトンが勝利していたら:物理学における四元数」)には "My own interest as a graduate student was raised by the inspiring book by Silberstein"(院生としての私の興味はシルバースタインの本に刺激を受けて生じた)とある。ランベックは He concluded by stating "I firmly believe that quaternions can supply a shortcut for pure mathematicians who wish to familiarize themselves with certain aspects of theoretical physics."[ 15] (「私は四元数が、理論物理学のある種の側面に習熟しようと望む純粋数学者へ、近道を与えるものと堅く信じる」)と述べることによって結論を下している。
2007年、アレキサンダー・エフレモフ とその共同研究者は、四元数空間幾何がヤン・ミルズ場 と近しい関係にあることを示し、ダフィン・ケマー・ペティアウ方程式 (英語版 ) とクライン-ゴルドン方程式 への関連性を指摘した[ 16] 。
定義
集合としては、四元数全体 H は実数 体上の4次元数ベクトル空間 ℝ4 に等しい。H には 3 種類 の演算(加法、スカラー乗法、四元数の乗法)が入る。H の二元の和は、R 4 の元としての和で定義され、同様に H の元の実数倍も R 4 におけるスカラー倍として定義される。H の二元の積を定めるには、まず R 4 の基底 を決めなければならないが、その元を通例 1, i , j , k と記す。H の各元はこれら基底元の線型結合 で表される。つまり
a 1 + bi + cj + dk (a , b , c , d は実数 )
の形に一意に表される。基底元 1 は H の乗法単位元 であるため、通常省略して
a + bi + cj + dk
と表すのが普通である。この基底が与えられたところで、四元数の結合的 乗法は、初めに基底元同士の積を定義して、一般の積はそれを分配律を用いて拡張することで定義される。
基底間の乗法
単位の乗積表
×
1
i
j
k
1
1
i
j
k
i
i
−1
k
−j
j
j
−k
−1
i
k
k
j
−i
−1
H の基底元 i , j , k に対して等式
i
2
=
j
2
=
k
2
=
i
j
k
=
− − -->
1
{\displaystyle i^{2}=j^{2}=k^{2}=ijk=-1}
は i , j , k の間の可能なすべての積を決定する。例えば
− − -->
1
=
i
j
k
{\displaystyle -1=ijk}
の両辺に k を右から掛ければ
− − -->
k
=
i
j
k
k
=
i
j
(
k
2
)
=
i
j
(
− − -->
1
)
,
k
=
i
j
.
{\displaystyle {\begin{aligned}-k&=ijkk=ij(k^{2})=ij(-1),\\k&=ij.\end{aligned}}}
を得る。他の積も同じようにして得られて、結局
i
j
=
k
,
j
i
=
− − -->
k
,
j
k
=
i
,
k
j
=
− − -->
i
,
k
i
=
j
,
i
k
=
− − -->
j
,
{\displaystyle {\begin{alignedat}{2}ij&=k,&\qquad ji&=-k,\\jk&=i,&kj&=-i,\\ki&=j,&ik&=-j,\end{alignedat}}}
が可能なすべての積を列挙したものとなる。これは左側の因子を列に、右側の因子を行にそれぞれ充てて、表の形にまとめることができる(乗積表 )。
ハミルトン積
二つの四元数 a 1 + b 1 i + c 1 j + d 1 k と a 2 + b 2 i + c 2 j + d 2 k に対し、それらのハミルトン積 (a 1 + b 1 i + c 1 j + d 1 k )(a 2 + b 2 i + c 2 j + d 2 k ) は、基底間の積と分配律 によって与えられる。具体的には、この積は分配律により基底元の積和の形に展開することができて、
a
1
a
2
+
a
1
b
2
i
+
a
1
c
2
j
+
a
1
d
2
k
+
b
1
a
2
i
+
b
1
b
2
i
2
+
b
1
c
2
i
j
+
b
1
d
2
i
k
+
c
1
a
2
j
+
c
1
b
2
j
i
+
c
1
c
2
j
2
+
c
1
d
2
j
k
+
d
1
a
2
k
+
d
1
b
2
k
i
+
d
1
c
2
k
j
+
d
1
d
2
k
2
{\displaystyle {\begin{aligned}&a_{1}a_{2}+a_{1}b_{2}\,i+a_{1}c_{2}\,j+a_{1}d_{2}\,k\\&\quad +b_{1}a_{2}\,i+b_{1}b_{2}\,i^{2}+b_{1}c_{2}\,ij+b_{1}d_{2}\,ik\\&\quad +c_{1}a_{2}\,j+c_{1}b_{2}\,ji+c_{1}c_{2}\,j^{2}+c_{1}d_{2}\,jk\\&\quad +d_{1}a_{2}\,k+d_{1}b_{2}\,ki+d_{1}c_{2}\,kj+d_{1}d_{2}\,k^{2}\end{aligned}}}
となるので、ここで先の基底元の間の乗法規則を適用して
a
1
a
2
− − -->
b
1
b
2
− − -->
c
1
c
2
− − -->
d
1
d
2
+
(
a
1
b
2
+
b
1
a
2
+
c
1
d
2
− − -->
d
1
c
2
)
i
+
(
a
1
c
2
− − -->
b
1
d
2
+
c
1
a
2
+
d
1
b
2
)
j
+
(
a
1
d
2
+
b
1
c
2
− − -->
c
1
b
2
+
d
1
a
2
)
k
{\displaystyle {\begin{aligned}&a_{1}a_{2}-b_{1}b_{2}-c_{1}c_{2}-d_{1}d_{2}\\&\quad +(a_{1}b_{2}+b_{1}a_{2}+c_{1}d_{2}-d_{1}c_{2})\,i\\&\quad +(a_{1}c_{2}-b_{1}d_{2}+c_{1}a_{2}+d_{1}b_{2})\,j\\&\quad +(a_{1}d_{2}+b_{1}c_{2}-c_{1}b_{2}+d_{1}a_{2})\,k\end{aligned}}}
を得る[ 6] 。
順序組として
H の基底 1, i , j , k を用いて H を四つ組 の集合
H
=
{
(
a
,
b
,
c
,
d
)
∣ ∣ -->
a
,
b
,
c
,
d
∈ ∈ -->
R
}
{\displaystyle \mathbb {H} =\{(a,b,c,d)\mid a,b,c,d\in \mathbb {R} \}}
として表すことができる。このとき基底元は
1
=
(
1
,
0
,
0
,
0
)
,
i
=
(
0
,
1
,
0
,
0
)
,
j
=
(
0
,
0
,
1
,
0
)
,
k
=
(
0
,
0
,
0
,
1
)
{\displaystyle {\begin{aligned}1&=(1,0,0,0),\\i&=(0,1,0,0),\\j&=(0,0,1,0),\\k&=(0,0,0,1)\end{aligned}}}
であり、加法、乗法の定義式は
(
a
1
,
b
1
,
c
1
,
d
1
)
+
(
a
2
,
b
2
,
c
2
,
d
2
)
=
(
a
1
+
a
2
,
b
1
+
b
2
,
c
1
+
c
2
,
d
1
+
d
2
)
{\displaystyle {\begin{aligned}&(a_{1},\,b_{1},\,c_{1},\,d_{1})+(a_{2},\,b_{2},\,c_{2},\,d_{2})\\&\quad =(a_{1}+a_{2},\,b_{1}+b_{2},\,c_{1}+c_{2},\,d_{1}+d_{2})\end{aligned}}}
(
a
1
,
b
1
,
c
1
,
d
1
)
(
a
2
,
b
2
,
c
2
,
d
2
)
=
(
a
1
a
2
− − -->
b
1
b
2
− − -->
c
1
c
2
− − -->
d
1
d
2
,
a
1
b
2
+
b
1
a
2
+
c
1
d
2
− − -->
d
1
c
2
,
a
1
c
2
− − -->
b
1
d
2
+
c
1
a
2
+
d
1
b
2
,
a
1
d
2
+
b
1
c
2
− − -->
c
1
b
2
+
d
1
a
2
)
{\displaystyle {\begin{aligned}(a_{1},\,b_{1}&,\,c_{1},\,d_{1})(a_{2},\,b_{2},\,c_{2},\,d_{2})\\=(&a_{1}a_{2}-b_{1}b_{2}-c_{1}c_{2}-d_{1}d_{2},\\&a_{1}b_{2}+b_{1}a_{2}+c_{1}d_{2}-d_{1}c_{2},\\&a_{1}c_{2}-b_{1}d_{2}+c_{1}a_{2}+d_{1}b_{2},\\&a_{1}d_{2}+b_{1}c_{2}-c_{1}b_{2}+d_{1}a_{2})\end{aligned}}}
で与えられる。
スカラー部とベクトル部
四元数 a + bi + cj + dk について、特に b = c = d = 0 であるものは実数 体上のスカラー である。bi + cj + dk で、b , c , d の内少なくとも一つが、0 でないもの (bcd ≠ 0) を純虚 (pure imaginary ) という。
四元数 a + bi + cj + dk に対して、a をその実部 (real part ) またはスカラー部 (scalar part ) といい、bi + cj + dk をその虚部 (imagenary part ) または ベクトル部 (vector part ) という。四元数のスカラー部は実数であり、ベクトル部は 0 または純虚である。任意の四元数は4次元ベクトル空間のベクトルではあるけれども、ここではベクトルあるいはベクトル元という言葉を、専ら純虚四元数を指すのに用いる。この規約の下、ベクトル元ということはベクトル空間 R 3 の元ということと同じ意味になる。
ハミルトンは純虚四元数を right quaternion (「正しい四元数」)と呼び[ 17] [ 18] 、実(四元)数を scalar quaternion (「スカラー四元数」)と呼んだ。
四元数をスカラー部とベクトル部に分解して
q
=
(
r
,
v
→ → -->
)
(
q
∈ ∈ -->
H
,
r
∈ ∈ -->
R
,
v
→ → -->
∈ ∈ -->
R
3
)
{\displaystyle q=(r,{\vec {v}})\quad (q\in \mathbb {H} ,\,r\in \mathbb {R} ,\,{\vec {v}}\in \mathbb {R} ^{3})}
と表すと、加法、乗法の定義式は
(
r
1
,
v
→ → -->
1
)
+
(
r
2
,
v
→ → -->
2
)
=
(
r
1
+
r
2
,
v
→ → -->
1
+
v
→ → -->
2
)
{\displaystyle (r_{1},{\vec {v}}_{1})+(r_{2},{\vec {v}}_{2})=(r_{1}+r_{2},\;{\vec {v}}_{1}+{\vec {v}}_{2})}
(
r
1
,
v
→ → -->
1
)
(
r
2
,
v
→ → -->
2
)
=
(
r
1
r
2
− − -->
v
→ → -->
1
⋅ ⋅ -->
v
→ → -->
2
,
r
1
v
→ → -->
2
+
r
2
v
→ → -->
1
+
v
→ → -->
1
× × -->
v
→ → -->
2
)
{\displaystyle (r_{1},{\vec {v}}_{1})(r_{2},{\vec {v}}_{2})=(r_{1}r_{2}-{\vec {v}}_{1}\cdot {\vec {v}}_{2},\;r_{1}{\vec {v}}_{2}+r_{2}{\vec {v}}_{1}+{\vec {v}}_{1}\times {\vec {v}}_{2})}
となる。ここで "⋅ " はベクトルのドット積 、"× " はベクトルのクロス積 である。特に、実部が 0 の四元数に対しては
(
0
,
v
→ → -->
1
)
(
0
,
v
→ → -->
2
)
=
(
− − -->
v
→ → -->
1
⋅ ⋅ -->
v
→ → -->
2
,
v
→ → -->
1
× × -->
v
→ → -->
2
)
{\displaystyle (0,{\vec {v}}_{1})(0,{\vec {v}}_{2})=(-{\vec {v}}_{1}\cdot {\vec {v}}_{2},\;{\vec {v}}_{1}\times {\vec {v}}_{2})}
が成り立つ。
共軛、ノルムおよび逆数
四元数の共軛 (きょうやく)は複素共役 およびクリフォード代数 の元の転置 (transposition) あるいは逆転 (reversal) の類似物である。四元数 q = a + bi + cj + dk に対して、q の共軛は
a − bi − cj − dk
で定義される。これを q ∗ , q [ 6] , qt , ~ q などで表す。共軛をとる操作は対合 、つまり自身を自身の逆とする変換であり、一つの元の共軛を二度とればもとの元に戻る。2つの四元数の積の共軛は、それぞれの四元数の共軛を「順番を逆にして」掛けたものになる。つまり p , q を四元数とすれば
(pq )∗ = q ∗ p ∗
であって p ∗ q ∗ でない。
複素数における共軛とは異なり、四元数の共軛は乗法と加法を用いて完全に書き表すことができる:
q
∗ ∗ -->
=
− − -->
1
2
(
q
+
i
q
i
+
j
q
j
+
k
q
k
)
{\displaystyle q^{*}=-{\frac {1}{2}}(q+iqi+jqj+kqk)}
共軛を用いると、四元数 p の実部、虚部はそれぞれ
p + p */ 2 , p − p */ 2
となる。
四元数 q のノルム ‖ q ‖ は、自身とその共軛の積の平方根として定義される:
‖ ‖ -->
q
‖ ‖ -->
=
q
q
∗ ∗ -->
=
q
∗ ∗ -->
q
=
a
2
+
b
2
+
c
2
+
d
2
{\displaystyle \lVert q\rVert ={\sqrt {qq^{*}}}={\sqrt {q^{*}q}}={\sqrt {a^{2}+b^{2}+c^{2}+d^{2}}}}
(ハミルトンはこれを四元数のテンソルと呼んだが、この用語は現代的な意味でのテンソル と衝突する)
これは、H を数ベクトル空間 R 4 と見なした時のユークリッドノルムに等しく、ノルムの公理を満たす。すなわち、常に非負の実数で、任意の2つの四元数 p , q に対して
‖ ‖ -->
p
q
‖ ‖ -->
=
‖ ‖ -->
p
‖ ‖ -->
‖ ‖ -->
q
‖ ‖ -->
{\displaystyle \lVert pq\rVert =\lVert p\rVert \lVert q\rVert }
が成り立つ。特に、実数 α に対して
‖ ‖ -->
α α -->
q
‖ ‖ -->
=
|
α α -->
|
‖ ‖ -->
q
‖ ‖ -->
{\displaystyle \lVert \alpha q\rVert =|\alpha |\lVert q\rVert }
が成り立つ。
この乗法性は、積の共軛に関する式からの帰結である。あるいは、正方行列の行列式 の乗法性と公式
a
2
+
b
2
+
c
2
+
d
2
=
det
(
a
+
i
b
i
d
+
c
i
d
− − -->
c
a
− − -->
i
b
)
{\displaystyle a^{2}+b^{2}+c^{2}+d^{2}=\det {\begin{pmatrix}a+ib&id+c\\id-c&a-ib\end{pmatrix}}}
(i は通常の虚数単位 )から乗法性を示すこともできる。
このノルムを使って、四元数 p と q の間の距離 d (p , q ) を、それらの差のノルム (d (p , q ) = ‖ p − q ‖ ) として定義することができる。これにより H は距離空間 となり、加法と乗法はこの距離位相に関して連続になる。
単位四元数
ノルムが 1 の四元数を単位四元数 という。0 でない四元数 q に対して、そのノルムで割って得られる単位四元数
U
-->
q
=
q
‖ ‖ -->
q
‖ ‖ -->
{\displaystyle \operatorname {\mathbf {U} } q={\frac {q}{\lVert q\rVert }}}
を、q のベルソル (英語版 ) という。
任意の四元数 q は、その極分解 (英語版 )
q = ‖ q ‖ U q
を持つ。
共軛とノルムにより、四元数の逆数 (自身との積が 1 である数)が得られる:
q
− − -->
1
=
q
∗ ∗ -->
‖ ‖ -->
q
‖ ‖ -->
2
{\displaystyle q^{-1}={\frac {q^{*}}{\lVert q\rVert ^{2}}}}
これにより、2つの四元数 p , q に対して、二種類の除法が定義される。即ち、それらの商は pq −1 または q −1 p のどちらかである。複素数(一般には可換体)の範囲と異なり、p / q と書くと q で左から割っているのか右から割っているのかが特定されないため紛らわしい。
代数的性質
四元数群 Q 8 のケイリーグラフ :赤矢印は i の右からの積を表し、緑矢印は j の右からの積を表す。
四元数全体のなす集合 H は実数 体上の 4次元 ベクトル空間 を成す(実数全体は 1 次元、複素数 全体は 2 次元、八元数 全体は 8 次元である)。四元数は加法と、結合的で分配的な乗法を持つが、その乗法は可換でない。従って四元数の全体 H は実数体上の非可換結合多元環 である。H には複素数体 ℂ の複製が含まれるが、H は C 上の結合多元環にはならない。
四元数は除法が可能であるから、H は多元体 (乗法が可換でないことを除けば可換体 と同様の構造)である。実数体上の有限次元結合的多元体は非常に少なく、フロベニウスの定理 はそれが R , C , H のちょうど3種類であることを述べるものである。また、四元数のノルムにより四元数の全体はノルム多元環 となるが、実数体上のノルム多元体もまた非常に限られ、フルヴィッツの定理 (英語版 ) はそれが R , C , H , O の四種類(O は八元数 全体)であることを述べる。四元数全体はまた、合成代数 や単位的バナッハ環 の一例でもある。
Q 8 の乗積表
×
1
i
j
k
−1
−i
−j
−k
1
1
i
j
k
−1
−i
−j
−k
i
i
−1
k
−j
−i
1
−k
j
j
j
−k
−1
i
−j
k
1
−i
k
k
j
−i
−1
−k
−j
i
1
−1
−1
−i
−j
−k
1
i
j
k
−i
−i
1
−k
j
i
−1
k
−j
−j
−j
k
1
−i
j
−k
−1
i
−k
−k
−j
i
1
k
j
−i
−1
基底元の積は別の基底元に符号を付けたものになるから、集合 {±1, ±i , ±j , ±k } はその乗法に関して群 を成す。この群は四元数群 と呼ばれ、Q 8 で表す[ 19] 。Q 8 の実係数群環 R Q 8 は環であり、また R 上の 8 次元ベクトル空間でもあり、Q 8 の各元を基底ベクトルに持つ。四元数体 H は R Q 8 を 1 + (−1), i + (−i ), j + (−j ), k + (−k ) で生成するイデアル で割った剰余環 になっている。ここで、生成元となっている各差の第一項は基底元 1, i , j , k のそれぞれ一つであり、第二項は残りの基底元 −1, −i , −j , −k のそれぞれ一つであって、これらは 1, i , j , k の(群環の加法に関する)加法的逆元でないことに注意(剰余環、つまり H の中では加法逆元になる)。
四元数と R3 の幾何
四元数のベクトル部は R 3 のベクトルゆえ、R 3 の幾何は四元数の代数構造に反映される。ベクトルに対する多くの演算は四元数を用いて定義することができるし、それによって四元数的な手法を空間ベクトルから生じる様々なものに適用することができる。例えば、電磁気学 や3DCG などにこの方法論が使える。
本節では i , j , k を H の虚基底ベクトル[ 20] と R 3 の基底の両方の意味で用いる。i , j , k を一斉にそれぞれ −i , −j , −k に取り替えることはベクトルを加法的逆元(マイナス)へ写す ので、ベクトルの加法的逆元をとることと四元数の共軛をとることとは同じ意味になることに注目しよう。これを以って、四元数の共軛を「空間反転」(spatial inverse ) と呼ぶことがある。
2つの純虚四元数 p = b 1 i + c 1 j + d 1 k , q = b 2 i + c 2 j + d 2 k に対して、それらのドット積 は
p
⋅ ⋅ -->
q
=
b
1
b
2
+
c
1
c
2
+
d
1
d
2
{\displaystyle p\cdot q=b_{1}b_{2}+c_{1}c_{2}+d_{1}d_{2}}
で与えられる。これは p ∗ q , qp ∗ , pq ∗ , q ∗ p のどのスカラー部にも等しい(これらのベクトル部は相異なることに注意)。それゆえドット積については
p
⋅ ⋅ -->
q
=
1
2
(
p
∗ ∗ -->
q
+
q
∗ ∗ -->
p
)
=
1
2
(
p
q
∗ ∗ -->
+
q
p
∗ ∗ -->
)
{\displaystyle p\cdot q={\frac {1}{2}}(p^{*}q+q^{*}p)={\frac {1}{2}}(pq^{*}+qp^{*})}
という等式も成り立つ。また、p と q のクロス積 は基底 (i , j , k ) の元の順序(から定まる向き)に依存して
p
× × -->
q
=
(
c
1
d
2
− − -->
d
1
c
2
)
i
+
(
d
1
b
2
− − -->
b
1
d
2
)
j
+
(
b
1
c
2
− − -->
c
1
b
2
)
k
{\displaystyle p\times q=(c_{1}d_{2}-d_{1}c_{2})i+(d_{1}b_{2}-b_{1}d_{2})j+(b_{1}c_{2}-c_{1}b_{2})k}
と定義される(符号を決めるために向きが必要であることを想起せよ)。これは四元数としての積 pq のベクトル部に等しく、−q ∗ p ∗ のベクトル部とも同じく等しい。ゆえに、これについても
p
× × -->
q
=
1
2
(
p
q
− − -->
q
∗ ∗ -->
p
∗ ∗ -->
)
{\displaystyle p\times q={\frac {1}{2}}(pq-q^{*}p^{*})}
なる等式が成り立つ。一般に p , q が四元数(純虚でなくてよい)のとき、これをスカラー部とベクトル部との和
p
=
p
s
+
p
→ → -->
v
,
{\displaystyle p=p_{s}+{\vec {p}}_{v},}
q
=
q
s
+
q
→ → -->
v
{\displaystyle q=q_{s}+{\vec {q}}_{v}}
に分解すれば、等式
p
q
=
p
s
q
s
− − -->
p
→ → -->
v
⋅ ⋅ -->
q
→ → -->
v
+
p
s
q
→ → -->
v
+
p
→ → -->
v
q
s
+
p
→ → -->
v
× × -->
q
→ → -->
v
{\displaystyle pq=p_{s}q_{s}-{\vec {p}}_{v}\cdot {\vec {q}}_{v}+p_{s}{\vec {q}}_{v}+{\vec {p}}_{v}q_{s}+{\vec {p}}_{v}\times {\vec {q}}_{v}}
が成り立つ。これを見ると、四元数の乗法の非可換性が純虚四元数の乗法からくるものであることが分かり、また2つの四元数が可換となるための必要十分条件がそれらのベクトル部が共線となることなども分かる。
行列表現
複素数の行列表現と全く同様に、四元数も行列で表現することができる。四元数を行列で表現し、四元数の加法と乗法を行列のそれに対応させる方法は、少なくとも二つあり、一つは 複素 2 次正方行列を用いるもの、もう一つは実 4 次正方行列を用いるものである。何れの場合も、表現は線型に関連する表現の族として与えられるもので、抽象代数学 の観点からは、H からそれぞれ全行列環 M2 (C ) および M4 (R ) への単射 環準同型 である。
複素 2 次正方行列を用いて、四元数 a + bi + cj + dk は
(
a
+
b
i
c
+
d
i
− − -->
c
+
d
i
a
− − -->
b
i
)
{\displaystyle {\begin{pmatrix}a+bi&c+di\\-c+di&a-bi\end{pmatrix}}}
と表現される。この表現は以下の性質を持つ:
複素数 (c = d = 0 ) は対角行列に対応する。
四元数のノルム(複素数のノルム同様に、自身とその共軛との積の平方根)は対応する行列の行列式 の平方根に一致する[ 21] 。
四元数の共軛は、対応する行列のエルミート共軛 に対応する。
単位四元数に制限すれば、この表現は S 3 と SU(2) との間の同型 を与える。後者の群は量子力学 においてスピン を記述するのに重要である(パウリ行列 を参照)。
実 4 次正方行列を用いれば、同じ四元数は
(
a
b
c
d
− − -->
b
a
− − -->
d
c
− − -->
c
d
a
− − -->
b
− − -->
d
− − -->
c
b
a
)
{\displaystyle {\begin{pmatrix}a&b&c&d\\-b&a&-d&c\\-c&d&a&-b\\-d&-c&b&a\end{pmatrix}}}
=
a
(
1
0
0
0
0
1
0
0
0
0
1
0
0
0
0
1
)
+
b
(
0
1
0
0
− − -->
1
0
0
0
0
0
0
− − -->
1
0
0
1
0
)
+
c
(
0
0
1
0
0
0
0
1
− − -->
1
0
0
0
0
− − -->
1
0
0
)
+
d
(
0
0
0
1
0
0
− − -->
1
0
0
1
0
0
− − -->
1
0
0
0
)
{\displaystyle =a{\begin{pmatrix}1&0&0&0\\0&1&0&0\\0&0&1&0\\0&0&0&1\end{pmatrix}}+b{\begin{pmatrix}0&1&0&0\\-1&0&0&0\\0&0&0&-1\\0&0&1&0\end{pmatrix}}+c{\begin{pmatrix}0&0&1&0\\0&0&0&1\\-1&0&0&0\\0&-1&0&0\end{pmatrix}}+d{\begin{pmatrix}0&0&0&1\\0&0&-1&0\\0&1&0&0\\-1&0&0&0\end{pmatrix}}}
で表される。この表現では、四元数の共軛は対応する行列の転置 に対応する。また、四元数のノルムの四乗は対応する行列の行列式 に等しい。複素数は、行列を 2 × 2 のブロックに分けたときの区分対角行列に対応する。
四平方和定理
四元数を、数論 におけるラグランジュの四平方和定理(任意の非負整数が四つの整数の平方の和で表せること)の証明に用いることもできる。ラグランジュの四平方和定理は定理それ自体が美しいだけでなく、組合せデザイン (英語版 ) のような数論以外の数学の分野においても有意な応用を持つ。四元数に基づく証明では四元数全体ではなくその部分環でユークリッドの互除法 が使えるフルヴィッツ整数環 (英語版 ) が用いられる。
複素数の対として
四元数は複素数の対として表現することができる。この側面からは、四元数は複素数全体にケーリー=ディクソン構成 を適用して得られたものということになる。これは、複素数の実数の対としての構成を一般化したものである。
C 2 を複素数体上の二次元ベクトル空間とし、基底 (1, j ) をとる。C 2 に属するベクトルは
(
a
+
b
i
)
1
+
(
c
+
d
i
)
j
{\displaystyle (a+bi)1+(c+di)j}
と表される。ここで j 2 = −1 および ij = −ji であるものと定めると、分配律により二つのベクトルの掛け算が定義できる。いま、積 ij を k とおくと、通常の四元数の乗法規則と同じになるので、従って上記の複素ベクトルは四元数
a + bi + cj + dk
に対応するものである。C 2 の元を順序対として、四元数を四つ組としてそれぞれ書けば、この対応は
(
a
+
b
i
,
c
+
d
i
)
↔ ↔ -->
(
a
,
b
,
c
,
d
)
{\displaystyle (a+bi,\ c+di)\leftrightarrow (a,b,c,d)}
となる。
−1 の平方根
−1 の平方根 は、複素数の範囲では ±i であるが、H では −1 の平方根は無数に存在する。x 2 = −1 の四元数解は三次元空間内の単位球面 を成すのである。これを見るのに q = a + bi + cj + dk を四元数とし、その平方が −1 に等しいものと仮定する。a , b , c , d が満たすべき条件は
a
2
− − -->
b
2
− − -->
c
2
− − -->
d
2
=
− − -->
1
,
{\displaystyle a^{2}-b^{2}-c^{2}-d^{2}=-1,}
2
a
b
=
0
,
{\displaystyle 2ab=0,}
2
a
c
=
0
,
{\displaystyle 2ac=0,}
2
a
d
=
0
{\displaystyle 2ad=0}
である。後の3つの方程式より a = 0 または b = c = d = 0 であるが、後者は残りの方程式から a 2 = −1 となり、a は実数であるから不可能である。故に a = 0 ⋀ b 2 + c 2 + d 2 = 1 となる。即ち、平方が −1 になる四元数は、ノルムが 1 の純虚四元数であることが分かる。定義により、このような四元数全体の成す集合は2次単位球面である。
故に、負の実四元数は無数の平方根を持つことも分かるが、それ以外の四元数の平方根はただ二つ(0 についてはただ一つ)である。
H における −1 の平方根のこのような同定はハミルトンが与えている[ 22] が、他の文献では触れられないことがよくある。1971年にサム・パーリスは −1 の平方根の成す球面について、米国数学教師評議会 (英語版 ) 出版の「代数学における歴史的話題」(Historical Topics in Algebra p.39) において3ページを割いて触れている。より近くでは、イアン・ポーティアス (英語版 ) の本「クリフォード代数と古典群」(Clifford Algebras and the Classical Groups Cambridge, 1995, proposition 8.13, p.60) にこの球面についての記述があり、また Conway & Smith (2003) のp.40には「任意の虚数単位を i , それに直交する虚数単位の一つを j , それらの積を k 」("any imaginary unit may be called iTemplate:, and perpendicular one j, and their product k") として、この球面についての別な言明がある。
複素数平面の合併としての H
−1 の平方根のどの二つをとっても、四元数の中で複素数の相異なる複製を作ることができる。 q 2 = −1 とすれば、そのような複製は写像
a
+
b
− − -->
1
↦ ↦ -->
a
+
b
q
{\displaystyle a+b{\sqrt {-1}}\mapsto a+bq}
によって決定される。抽象代数学 の言葉でいえば、それぞれが C から H への単射 環準同型 (埋め込み)である。q と −q に対応する埋め込みの像は集合としては同じになる。
任意の実でない四元数は C に同型な H の部分空間上にあることを見よう。四元数 q をスカラー部とベクトル部の和として
q
=
q
s
+
q
→ → -->
v
{\displaystyle q=q_{s}+{\vec {q}}_{v}}
とし、さらにベクトル部をノルムとベルソルの積に分解(極分解)して、
q
=
q
s
+
‖ ‖ -->
q
→ → -->
v
‖ ‖ -->
⋅ ⋅ -->
U
q
→ → -->
v
{\displaystyle q=q_{s}+\lVert {\vec {q}}_{v}\rVert \cdot \mathbf {U} {\vec {q}}_{v}}
と書く(これは qs + ‖ q ‖U q とは異なることに注意)。q のベクトル部のベルソル U q → v は純虚な単位四元数ゆえ、その平方は −1 である。従ってこれから、写像
a
+
b
− − -->
1
↦ ↦ -->
a
+
b
U
q
→ → -->
v
{\displaystyle a+b{\sqrt {-1}}\mapsto a+b\mathbf {U} {\vec {q}}_{v}}
によって複素数の複製が得られるが、この写像の下で q は複素数 qs + ‖ q → v ‖i の像になる。
以上から、H は実数直線 を共通の交わりとして持つ無数の複素数平面の合併 であることが分かる。ただし、この合併は −1 の平方根の成す球面全体を(球面の対蹠点が同じ平面に対応することを踏まえた上で)わたって取ったものである。
可換部分環
各四元数が H のどの部分複素数平面に含まれるかという関係性は、可換部分環 族の言葉を使っても同定し書き表すことができる。具体的に言えば、二つの四元数 p と q が可換 (pq = qp ) となるのはそれらが H の同じ部分複素数平面上にあるときに限られるだから、四元数全体の成す環 の可換部分環を全て求めたければ、そこに複素数平面の合併として H の prófile が生じる。この可換部分環を求める方法は、分解型四元数 (英語版 ) 全体や実二次正方行列 全体の性質を知るのにも利用できる。
四元数を変数とする函数
複素変数 の函数同様に、四元変数の函数から有効な物理モデルが得られることが示唆される。例えば、マクスウェルによるもともとの電磁場の記述には四元変数函数が用いられていた。
指数・対数・冪函数
四元数
q
=
a
+
b
i
+
c
j
+
d
k
=
a
+
v
{\displaystyle q=a+bi+cj+dk=a+\mathbf {v} }
に対して、指数函数は
exp
-->
(
q
)
=
∑ ∑ -->
n
=
0
∞ ∞ -->
q
n
n
!
=
e
a
(
cos
-->
‖ ‖ -->
v
‖ ‖ -->
+
v
‖ ‖ -->
v
‖ ‖ -->
sin
-->
‖ ‖ -->
v
‖ ‖ -->
)
{\displaystyle \exp(q)=\textstyle \sum \limits _{n=0}^{\infty }\displaystyle {\frac {q^{n}}{n!}}=e^{a}\left(\cos \|\mathbf {v} \|+{\frac {\mathbf {v} }{\|\mathbf {v} \|}}\sin \|\mathbf {v} \|\right)}
と計算され、その逆函数として対数函数は
ln
-->
(
q
)
=
ln
-->
‖ ‖ -->
q
‖ ‖ -->
+
v
‖ ‖ -->
v
‖ ‖ -->
cos
− − -->
1
-->
a
‖ ‖ -->
q
‖ ‖ -->
{\displaystyle \ln(q)=\ln \|q\|+{\frac {\mathbf {v} }{\|\mathbf {v} \|}}\cos ^{-1}{\frac {a}{\|q\|}}}
として与えられる[ 23] 。
これを用いて、四元数の極分解を
q
=
‖ ‖ -->
q
‖ ‖ -->
e
n
^ ^ -->
θ θ -->
{\displaystyle q=\|q\|e^{{\hat {n}}\theta }}
の形に書くことができる。ここで角 θ および単位ベクトル
n
^ ^ -->
{\displaystyle {\hat {n}}}
は
a
=
‖ ‖ -->
q
‖ ‖ -->
cos
-->
θ θ -->
{\displaystyle a=\|q\|\cos \theta }
および
v
=
n
^ ^ -->
‖ ‖ -->
v
‖ ‖ -->
=
n
^ ^ -->
‖ ‖ -->
q
‖ ‖ -->
sin
-->
θ θ -->
{\displaystyle \mathbf {v} ={\hat {n}}\|\mathbf {v} \|={\hat {n}}\|q\|\sin \theta }
で定まるものである。任意の単位四元数は極形式として
e
n
^ ^ -->
θ θ -->
{\displaystyle e^{{\hat {n}}\theta }}
と表される。
任意の実数を冪指数とする四元数の冪 は
q
α α -->
=
‖ ‖ -->
q
‖ ‖ -->
α α -->
e
n
^ ^ -->
α α -->
θ θ -->
{\displaystyle q^{\alpha }=\|q\|^{\alpha }e^{{\hat {n}}\alpha \theta }}
で与えられる。
三次元および四次元の回転群
「共軛 (きょうやく)」あるいは「共軛変換 (英語版 ) 」という言葉は、上で述べた意味以外にも、適当な非零元 r によって元 a を rar -1 へ写す変換(内部自己同型 )の意味にも使われる。この変換の意味で与えられた元に共軛な元の全体 は、実部が等しく、かつベクトル部のノルムも等しい(従って、共軛四元数はこの変換の意味でも共軛元である)。
故に、非零四元数全体の成す乗法群は、純虚四元数全体の成す R 3 の複製の上に共軛変換によって作用する。このとき、実部が 〖cos〗θ である単位四元数による共軛変換は、虚部方向を回転の軸とする回転角 2θ の回転になる。四元数を用いる優位性としては、
(オイラー角 などの場合と比べて)非特異な表現である。
行列 を用いるよりも簡潔に記述できて演算のスピードも速くできる。
単位四元数の対で、4次元 空間の回転を表せる。
などが挙げられる。
単位四元数(ベルソル )の全体は三次元球面 S 3 を成し、また乗法に関して群 を成し、3次特殊直交群 (行列式が 1 の 3 次直交行列 全体)〖SO 〗(3,R ) の二重被覆 群というリー群 になる(これは上記の対応において各回転に対応する単位四元数がちょうど「2つ」あることによる)。
(S 3 自体には標準的な群構造はないが)ベルソルの成す部分群の像は点群 であり、逆に点群の逆像はベルソル全体の成す部分群となる。有限点群の逆像は、それぞれの点群の名前に二項 (binary ) を付けて呼ぶ。例えば二十面体群 の逆像は二項二十面体群 である。
ベルソル全体の成す群は、2 次特殊ユニタリ群 〖SU 〗(2) に同型である。
a , b , c , d が何れも整数 となるかまたは何れも分母が2の既約分数である有理数 となる四元数 a + bi + cj + dk 全体の成す集合を A とする。集合 A は環 (実は整域 )であり、また束 であって、フルヴィッツ整数 環と呼ばれる。この環は 24 個の単位四元数を持ち、それらは正24胞体 (シュレーフリ記号 で {3,4,3})の頂点になっている。
一般化
F を標数 が 2 でない体 とし、a , b を F の元とする。(1, i , j , ij ) を基底とし、i 2 = a , j 2 = b , ij = −ji (従って (ij )2 = −ab )を満たす F 上の四次元単位的結合多元環 が定義できる。これらは四元数環 と呼ばれ、a , b の選び方に依り F 上の 2次正方行列 に同型であるか、さもなくば F 上の多元体 を成す。
クリフォード代数 Cℓ3,0 (R) の偶部分としての四元数体
幾何学的計算に対する四元数の有用性は、四元数体をクリフォード代数 Cℓ3,0 (R ) の偶部分 Cℓ+ 3,0 (R ) と同一視することによって、他の次元にも一般化することができる。これは基本基底元 σ1 , σ2 , σ3 から構成される結合的多重ベクトル環で、基底元は
σ σ -->
1
2
=
σ σ -->
2
2
=
σ σ -->
3
2
=
1
,
{\displaystyle {\sigma _{1}}^{2}={\sigma _{2}}^{2}={\sigma _{3}}^{2}=1,}
σ σ -->
i
σ σ -->
j
=
− − -->
σ σ -->
j
σ σ -->
i
(
j
≠ ≠ -->
i
)
{\displaystyle \sigma _{i}\sigma _{j}=-\sigma _{j}\sigma _{i}\qquad (j\neq i)}
なる積の規則に従う。これらの基本基底元が三次元空間のベクトルを表すものとすれば、ベクトル r の単位ベクトル w に直交する平面に関する鏡映 (reflection ) が
r
′
=
− − -->
w
r
w
{\displaystyle r'=-wrw}
で表され、二つの鏡映の合成はそれぞれの鏡映に対する平面同士のなす角の二倍の回転角をもつ回転を与えることから、
r
″
=
σ σ -->
2
σ σ -->
1
r
σ σ -->
1
σ σ -->
2
{\displaystyle r''=\sigma _{2}\sigma _{1}\,r\,\sigma _{1}\sigma _{2}}
は σ1 と σ2 とを含む平面における 180° 回転が対応する。これは四元数の対応する公式
r
″
=
− − -->
k
r
k
{\displaystyle r''=-\mathbf {k} r\mathbf {k} }
とよく似ているが、実はこの二つは同一視できる。それには
k
=
σ σ -->
2
σ σ -->
1
,
i
=
σ σ -->
3
σ σ -->
2
,
j
=
σ σ -->
1
σ σ -->
3
{\displaystyle \mathbf {k} =\sigma _{2}\sigma _{1},\mathbf {i} =\sigma _{3}\sigma _{2},\mathbf {j} =\sigma _{1}\sigma _{3}}
と同一視して、かつこれがハミルトンの関係式
i
2
=
j
2
=
k
2
=
i
j
k
=
− − -->
1
{\displaystyle \mathbf {i} ^{2}=\mathbf {j} ^{2}=\mathbf {k} ^{2}=\mathbf {i} \mathbf {j} \mathbf {k} =-1}
を保つことを確認すればよい。この描像において、四元数はベクトルではなく二重ベクトル (bivector) に対応する(これは一次元的な「向き」ではなくて、特定の二次元平面に付随する向きと大きさを持った量である)。また、複素数との関係もより明らかになる。つまり、二次元ではそれぞれ σ1 と σ2 の方向を持つ二つのベクトルに対して、ただ一つの基底二重ベクトル元 σ1 σ2 が存在するから、虚数単位は一つだけしかないが、ベクトルの方向が三つある三次元では、三つの二重ベクトル基底 σ1 σ2 , σ2 σ3 , σ3 σ1 が存在して、三つの虚数単位を持つ。
この理由付けはさらに拡張することができて、クリフォード代数 Cℓ4,0 (R ) においては、基本となるベクトルが相異なる四つの方向を持つから、従って平面を張る線型独立な組は六種類であり、二重ベクトル基底元は六つ存在する。このような空間において、回転子 (rotor ) と呼ばれるそのような四元数の拡張を用いた回転は、斉次座標系 を用いた応用において非常に有効である。しかし、三次元の場合に限っては、基底二重ベクトルの数と基底ベクトルの数が一致し、各二重ベクトルを擬ベクトル と同一視することができる。
ドルストらはこの広い設定において四元数の占める優位性を以下のように同定した[ 24] :
回転子は幾何代数において自然であり何の不思議もないし、それが含む二重鏡映の情報を容易に理解できる。
幾何代数において、回転子とそれが作用する対象は同じ空間に属する。これにより表現を変える必要がなくなり、かつ新しいデータ構造や(四元数に関する線型代数学を要求する)方法を考える必要もなくなる。
回転子はベクトル元や他の四元数だけでなく、直線や平面、円、半直線など、この代数の任意の元に普遍的に適用可能である。
ユークリッド幾何の共形 モデルにおいて、回転子はこの代数の一つの元で回転、平行移動、拡大縮小を行ることができて、任意の元に普遍的に作用する。特にこれは、四元数の場合はその軸が原点を通るものに限られるのに対して、回転子は任意の軸の周りでの回転を表現できることを意味する。
回転子の示す変換は、特に直接的に解釈することができる。
クリフォード代数のさらに詳細な幾何学的描像は幾何代数 (英語版 ) の項を参照せよ。
ブラウアー群
四元数体 H は「本質的に」唯一の(非自明な)中心的単純環 である。これは実数体上の任意の中心的単純環は R または H の何れかにブラウアー同値 (森田同値)であるという意味である。明確に述べれば、R のブラウアー群 は、R および H をそれぞれの代表元とする二つの同値類からなる。ここで、ブラウアー群というのは中心的単純環全体の成す集合を、一方の中心的単純環が他方の中心的単純環の上の全行列環となるという同値関係で割って 得られるものであった。アルティン・ウェダーバーンの定理 (のウェダーバーンの部分)によって、任意の中心的単純環は何らかの斜体上の行列環となるから、従って四元数体が実数体上で唯一の非自明な多元体であることが分かる。
中心的単純環(体上の環 であって、それ自身が体同様に非自明な両側イデアルを持たないという意味で単純環 であり、かつその中心が基礎体に一致するもの)は、体の拡大 の非可換版の類似物であり、一般の環の拡大よりも限定的である。四元数体が実数体上の(同値を除いて)唯一の非自明な中心的単純環であるという事実は、複素数体が実数体上の唯一の非自明な拡大体であることに比肩する。
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外部リンク