成田 五郎(なりた ごろう、1857年(安政4年)4月 - 1940年(昭和15年)2月17日)は、日本の外交官。マニラ領事や豪州タウンズビル領事を歴任。渋谷町会議員。
経歴
福井藩(現:福井県越前市)出身。福井藩の砲術師(自由斎流)成田半之助・母、豊田サクの長男として生まれる[1][7]。弟は明治期を代表する写真師成田常吉である。
東京外国語学校 (旧制)を卒業後、内務省駅逓局に勤務する。1881年(明治14年)、外務省に異動し在清國漢口領事館、在布哇国在ホノルル領事館(英語版)、在シドニー領事館、タコマ領事館シアトル分館の書記生を務めた。1900年より在マニラ日本副領事 [6]及び領事、在タウンズビル日本帝国領事[3]を歴任した。
年譜
注釈・出典
- ^ a b c d e 『東京府市名誉録』大蔵省印刷局、1925年、53頁。
- ^ a b 『官報 1907年08月22日』大蔵省印刷局、1910年、455頁。
- ^ a b c 『官報 1906年02月01日』大蔵省印刷局、14頁。
- ^ a b c 『日本領事報告の研究 (京都大学人文科学研究所研究報告)』
角山栄 編、496頁。
- ^ a b 『官報 1903年12月09日』大蔵省印刷局、234頁。
- ^ a b c 『官報 1900年09月29日』大蔵省印刷局、491頁。
- ^ 『福井県史 資料編 6 (中・近世 4 武生市・今立郡・南条郡)』福井県、305頁。
- ^ 『官員名鑑 明治10年9月』弘道軒、17頁。
- ^ 『改正官員録 明治14年10月』博公書院、23頁。
- ^ 『官報 1889年07月30日』大蔵省印刷局、327頁。
- ^ 『官報 1891年06月04日』大蔵省印刷局、50頁。
- ^ 『職員録 明治32年現在(甲)』大蔵省印刷局、48頁。
- ^ 『官報 1900年11月20日』大蔵省印刷局、273頁。
- ^ 『職員録 明治32年現在(甲)』大蔵省印刷局、48頁。
- ^ 『官報 1909年07月02日』大蔵省印刷局、27頁。
- ^ 『官報 1911年12月05日』大蔵省印刷局、117頁。
- ^ 『帝国銀行会社要録 : 附・職員録 大正元年(初版)』帝国興信所、樺太2頁。
- ^ 『渋谷町誌』渋谷警察署新築落成祝賀協賛会、106頁。
- ^ 『官報 1927年07月18日』大蔵省印刷局、468頁。
- ^ 『官報 1933年09月16日』大蔵省印刷局、21頁。
在マニラ日本総領事 |
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大使 |
- 大使館に格上げ1943
- 村田省蔵1943-1945
- 閉鎖1945
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