井川線(いかわせん)は、静岡県榛原郡川根本町の千頭駅と同県静岡市葵区の井川駅とを結ぶ大井川鐵道の鉄道路線である。南アルプスあぷとラインの愛称がつけられている。
大井川の流れに沿って山間を縫うようにゆっくりと走る。全線の1/3がトンネルと橋梁で占められており、また非常にカーブが多く走行中は車輪が軋む音が絶えない。そのため井川線の機関車および制御客車は水撒き装置を備えている。
尾盛 - 閑蔵間には、日本でもっとも高い鉄道橋「関の沢橋梁」がある(川底から70.8 m)。
山岳地帯を走行するため沿線に民家は非常に少なく、利用者は大半が観光客である。駅の半数がいわゆる秘境駅となっている。終点駅の井川駅は静岡市内だが南アルプスの山中にある。
当路線は鉄道事業法および軌道法に準拠する鉄軌道としては日本で唯一のラック式鉄道(アプト式)区間のある路線である。長島ダム(1972年〈昭和47年〉着手、2002年〈平成14年〉竣工)建設に伴い一部区間が水没することになったが、補償金を受けて廃止することはせず、湖岸に新線を建設した。途中90.0 ‰の急勾配があるため、碓氷峠越えの国鉄信越本線で1963年(昭和38年)に廃止されて以来、日本では途絶えていたアプト式を採用した。なお、ループ線などを設けて急勾配を避け建設する手法も可能だったが、早期に建設できるという理由でアプト式のラック式鉄道となったといわれる[2]。また、いくつか種類があるラック式鉄道の中でアプト式を採用したのは、レールの製造会社の都合によるものといわれる[2]。
元々762 mm軌間で建設されたが、1936年(昭和11年)に貨車を直通させるために1,067 mmに改軌された後も、トンネルなどは車両限界が小さい。車両もそれに合わせて軽便鉄道程度の大きさで、「軽便より小さい」といわれることもある[3]。沿線住民からは『エンジン』という愛称で親しまれている。これはもともと千頭森林鉄道の愛称であり、車両が似ているため引き継がれたものと考えられる。
鉄道資産は中部電力が保有しているが、第三種事業者ではない。また当線の赤字額は中部電力が負担している。
当路線は、アプト区間を除き非電化であるが、静岡県内で非電化で残る路線はほかに天竜浜名湖鉄道天竜浜名湖線しかなく、また2004年(平成16年)4月1日に名鉄三河線の非電化区間[注 1]廃止後は第三セクター鉄道とJR東海の子会社運営であるJR東海交通事業城北線を除けば中部地方で唯一の非電化の旅客扱いのある私鉄路線となっている[注 2]。また、当路線は機関車で牽引・推進する客車や貨車で運行しており、非電化区間があるが気動車を使用していない。
2023年3月改正時点で、旅客列車は千頭 - 井川間の列車が2往復、千頭 - 接岨峡温泉間の列車が3往復運行されている。また、車庫のある接岨峡温泉 - 井川間(ゴールデンウィークや8月・11月の土休日に運行)の区間列車もある。大井川本線とは異なりワンマン運転は行われていない。
全列車がDD20形ディーゼル機関車で推進・牽引される客車列車によって運行される。旅客列車においては、連結器の負担軽減および損傷時のリスクを考慮して、麓側の千頭方に重量物である機関車が、井川方には制御客車クハ600形が連結される。クハ600形から機関車を制御するため、井川線で運用されるすべての客車とcトキ200形・cワフ0形貨車には制御回路が引き通されている。ラック式鉄道(アプト式)区間ではさらにED90形電気機関車が補助機関車(補機)として連結される。
基本的な編成は以下のとおり。
いずれも多客時と閑散期には客車の連結両数(2 - 8両)が増減する。
ダイヤ上、途中駅で連結・解放を行う列車も存在するが、この場合は機関車(DD20形)が編成中間に入る。また分割併合がなくても、多客時に6両以上の客車で運行する場合には中間または後部に補機として連結されることもあるが、連結された機関車も先頭車から総括制御される。
かつては小型蒸気機関車やディーゼル機関車DB1形による観光列車が千頭 - 川根両国間で運行されていた。
貨物列車は、静岡県統計年鑑によると2020年(令和2年)度に千頭駅、沢間駅、土本駅、川根小山駅、アプトいちしろ駅、奥大井湖上駅、接岨峡温泉駅、閑蔵駅、井川駅に取扱い実績がある[32]。鉄道統計年報における品目内訳はすべて「分類不能」とされている。
大井川本線で行われてきたDAY OUT WITH THOMASの一環で、「きかんしゃトビー号」を2022年(令和4年)8月19日から千頭 - 奥泉間で運行することが同年4月28日に発表された[33]。編成はトビー号+客車5両を基本とする。1日2往復が運行されるが、奥泉駅では乗降不可であり、千頭駅でのみ乗降できる往復遊覧運行となっている[34][35]。乗車には大鉄アドバンスのツアーサイトからパッケージツアーを事前に申し込むのが基本ではあるが、当日空席がある場合は、千頭駅内の専用窓口または新金谷駅前にある「プラザロコ」2階のSLセンター(第2便のみ)にて当日乗車券が発売される[36]。
毎年度、概ね10月 - 3月の土休日夜間に奥大井湖上駅で星空観察を行う「星空列車」を千頭駅 - 奥大井湖上駅間で運行している[37]。乗車するには専用の「星空列車特別乗車券」が必要。2016年に募集型のツアーとして初運行。2018年から臨時列車として運行されている[38]。
ダム建設のための専用鉄道として建設された経緯から、車両限界はかなり小さいものとなっている。車両定規[3]によると、最大幅は1,850 mm以下、最大高さは2,700 mmとされている。
かつての地方鉄道法においては、最大幅は2,744 mmと設定されていた。一般的な軽便鉄道の車両では最大幅は2,100 mm前後で、現在も運用されている近鉄260系電車の車体幅は2,106 mm、馬面電車として鉄道ファンに知られている花巻電鉄のデハ4・5の最大幅が1,600 mmだった。これらと比較すると、井川線の車両規格の小ささが窺える。
また、連結器高さもレール面から640 mmと、普通鉄道の880 mmより低い位置になっており、連結器も小型の自動連結器が装備されている。井川線用の小型連結器で、同社では「4分の3自動連結器」と呼称している。客車・貨車のボギー台車は、すべて軸間距離1,300 mmのアーチバー台車で統一されている。
客車はすべて手動ドアであり、駅に停車すると乗客がドアを手で開けて、車掌がドアを閉めてまわる。
奥泉駅 - 川根市代駅(現在のアプトいちしろ駅付近) - 大加島仮乗降場 - 川根唐沢駅 - 犬間駅 - 川根長島駅(現・接岨峡温泉駅)
井川駅 - (貨)堂平駅