伊勢 鱗太朗(いせ りんたろう)は、日本のAV監督。「イセリン」という愛称がある[1]。
1987年7月にV&Rプランニングから発表した『侵犯』は、本当のレイプなのではないかと噂がたった。V&R社長の安達かおるが『FLASH』や『週刊読売』の記者に「伊勢はやらせだと言ってるけど、本当はレイプしてるんですよ」と囁いて真に受けたメディアが大々的に報道し、すぐ1千本を超えた。これは、V&Rプランニングの史上初めてのヒット作であった。なお、この『侵犯』が、バクシーシ山下の『女犯』に繋がる[1][2][3]。
1987年には実験的な撮影手法や珍しかった8ミリカメラを駆使した作品をリリースし注目を浴びた[4]。
一時、安い監督料と激務からAV業を引退、下北沢でジャズバーを開いてマスターをしていたが、1990年、村西とおるから監督兼プロデューサーの誘いを受け、ビックマンというレーベルを立ち上げ現場に復帰。また、若手監督を集め「裸の王様」というレーベルも立ち上げ量産体制に入った。「裸の王様」の発足記念ポスターは、王冠を被った上半身裸の蛭子能収が子豚を抱いているものだった[1]。「裸の王様」で伊勢がプロデュースした監督には高杉弾、平口広美、市原康祐などがいる。1990年、WAHAHA本舗の梅垣義明や村松利史を出演させた『メイド・イン・ジャパン』『ダンス・ミュージック』を世に出す[5]。
伊勢は社会問題に深い関心があり、原子力発電のいかがわしさ、危険性を訴え、AVで原発問題を取り上げようとし、1990年に『原発ピンク列島』を発表。これは「原発銀座」と言われる福井県の美浜原発の海岸で撮影され、女優と助監督が性交をしたり、出演者が放射能漏れを怖がったり、気づいた原発の警備員が取り囲んだりする内容だった。出演者にはまだ無名の松尾スズキや温水洋一がいた[1]。三部作で構成され『原発ピンク列島3』では北海道の泊原発・幌延でロケをしている[6]。伊勢の撮影はキャラバン隊を組んでの旅から旅で、スタッフもキャストも仲間同士で楽しいが、ゲリラ撮影で公共施設に入るため寿命が縮む思いをしたという[7]。
1980年代当時中目黒にあったKUKIで一緒になったAV監督の東良美季は、伊勢を「人を巻き込むことにかけては天才的な才能を発揮する人」と評している[8]。
伊勢の才能に加え、KUKIの社長が劇団「天井桟敷」の元団員であったのもあり、KUKIにはミュージシャン(JAGATARAのOTO、メトロファルスの伊藤ヨタロヲ、田口トモロヲ)、漫画家(平口広美、蛭子能収)、役者(WAHAHA本舗の梅垣義明、村松利史)など雑多なメンバーが集まっていたという。田口・蛭子などは、濡れ場はないものの、伊勢のドラマ仕立てのAVに出演している。