ムールヴェードル (フランス語 : Mourvèdre )は、世界の多くの地域で栽培されている赤ワイン 用ブドウ 品種(黒ブドウ)。地域によってはマタロー (Mataró)やモナストレル (Monastrell)などとも呼ばれる。
南フランスのローヌ 地方やプロヴァンス 地方、スペイン・地中海沿岸のバレンシア (DO) (英語版 ) やフミーリャ (DO) (英語版 ) 、アメリカ合衆国西海岸のカリフォルニア州 やワシントン州 、オーストラリアの南オーストラリア州 やニューサウスウェールズ州 などで栽培されている。
オーストラリアではグルナッシュ (Grenache)種やシラー (Syrah)種とともに「GSM」と呼ばれ、ブレンド用の一品種として用いられることが多い。また、ロゼワイン やポート・ワイン スタイルの酒精強化ワイン の生産にも用いられる。
歴史
20世紀初頭のつる植物の文献にみられるムールヴェードル
ムールヴェードル種の正確な歴史を特定するのは困難だが、多くのワイン歴史家はスペイン が原産地である可能性が高いとしている。この品種は紀元前500年頃にフェニキア人 によってカタルーニャ地方 にもたらされた可能性がある。今日のバレンシア県 サグント を意味するカタルーニャ語 のムルビエドロ(Murviedro)がフランス語 のムールヴェードルに転化した可能性がある。一方、スペインの一部で使用されるマタローという名称は、今日のバルセロナ県 マタロー に由来すると考えられている[ 2] 。このようにムールヴェードルとマタローは密接な関係を持つが、この品種はスペインで主にモナストレルとして知られており、その理由は定かではない。ワイン評論家のオズ・クラーク (英語版 ) は、フランス=カタルーニャの両地域の尊厳を刺激しないように「中立的な」名前が選ばれた可能性を指摘している。
少なくとも16世紀までにはフランスのルシヨン 地方で大きな存在感を持っており、ルシヨン地方から東のプロヴァンス 地方やローヌ 地方に向かって広がった[ 2] 。プロヴァンス地方とローヌ地方の2地方では十分に地位を確立していたが、19世紀後半のフィロキセラ の流行で作付面積が激減した(19世紀フランスのフィロキセラ禍 )。ヨーロッパのブドウ産地はフィロキセラに対する抵抗性を持っていたアメリカ合衆国産の苗木に接ぎ木することでフィロキセラの災禍から立ち直ったが、ムールヴェードルはアメリカ産の苗木との相性が悪く、多くのブドウ畑では他品種への植え替えが進められた[ 4] 。
アメリカ合衆国のカリフォルニア (カリフォルニアワイン )にはPellier collection の一部として1860年代に到着した[ 2] 。カリフォルニアではマタローとして知られ、かつては大量生産の低価格ワインに使用された。20世紀末には上質なブドウ品種として見直され、ローヌ・レンジャーズ (英語版 ) (ローヌ系品種を愛好するアメリカの生産者団体)はコントラコスタ郡 でこの品種の古いブドウ畑を探し始めた。1990年代にはボニードーン・ヴィンヤードやクラインセラーズ・ワイナリーが生産したボトルが称賛され、この品種の需要を刺激した。2000年代中頃までにはカリフォルニア州での作付面積が260ヘクタール(650エーカー)にまで増加した。
オーストラリア (オーストラリアワイン )ではマタローとして知られており、19世紀中頃にまで遡る長い歴史を有している。1980年代にはこの品種の古樹の多くがオーストラリア政府主導のブドウ植え替え計画によって引き抜かれたが、一部は現在も存続している。歴史的にこの品種は酒精強化ワインに対する無印のブレンド用品種として使用されたが、1990年代にはこの品種に対する関心が増加し、グルナッシュ 種、シラー 種、ムールヴェードルのブレンドである「GSM」用の品種として称賛し始めた[ 5] 。2000年代半ばには1,000ヘクタール以上となり、わずかに栽培面積が増加している。
産地
スペイン
スペイン ではモナストレルとして知られ、2004年時点では4番目に栽培面積の大きい黒ブドウ品種である。多くの土着種同様に近年は栽培面積を減らしており、1996年の栽培面積が約100,000ヘクタールだったのに対して、2004年には約63,000ヘクタール(約155,000エーカー)にまで減少した。ブドウ栽培者は畑からモナストレルを引き抜き、カベルネ・ソーヴィニヨン 種やシャルドネ 種などの人気のある国際品種に置き換えている。しかし、この品種はムルシア州 やバレンシア州 などのスペイン東部のいくつかのワイン産地では依然として広く栽培されている。スペインのワイン法の下では、モナストレルはフミーリャ (DO) (英語版 ) 、ジェクラ (DO) (英語版 ) 、バレンシア (DO) (英語版 ) 、アルマンサ (DO)、アリカンテ (DO) (英語版 ) では優先種となっている。
他にモナストレルが認可されているワイン産地には、バレアレス諸島 のビニサレム (DO) やプラ・イ・リャバン (DO) 、ブリャス (DO)、カタルーニャ (DO)、カリニェナ (DO)、コステルス・デル・セグレ (DO)、マンチュエラ (DO)、ペネデス (DO) 、リベラ・デル・グアディアナ (DO)がある。また、使用されることは稀ではあるものの、スパークリングワイン であるカバ への使用も認可されている。
フランス
南ローヌのAOCシャトーヌフ=デュ=パプ より北ではうまく生育せず、ローヌ地方でさえも生育期間が涼しかった年のヴィンテージは熟成に問題を抱えることがある。地中海に沿った暖かいプロヴァンス地方のバンドール AOCに生産者が集まる傾向がある。スペインでは栽培面積が減少しているが、フランスでは逆に増加しており、特にラングドック=ルシヨン地域圏 ではセパージュワイン (ヴァラエタル、単一品種醸造)とブレンド用の双方で人気が高まっている。
19世紀末のフィロキセラの災禍後、20世紀の大部分でこの品種への興味は薄れていた。1968年の栽培面積は900ヘクタール以下であり、その大半が南ローヌとプロヴァンス地方のAOCバンドールにあった。しかし、その後この品種に対する興味や国際投資が増加し、ラングドック地方の栽培面積は急激に増加した。2000年までには南フランス全体のムールヴェードル種の栽培面積が7,600ヘクタールを超えている。
ムールヴェードル種の主産地はAOCバンドールであり、AOCバンドールは50%以上ムールヴェードルを含むことを義務付けている。他にムールヴェードル種が認可されているアペラシオン・ドリジーヌ・コントロレ (AOC)には、AOCカシス、AOCコリウール 、AOCコルビエール 、AOCコスティエール・ド・ニーム 、AOCコトー・ダイシ・アン・プロヴァンス、AOCコトー・デュ・ラングドック、AOCコトー・ド・ピエルヴァール、AOCコトー・ヴァロワ、AOCコート・デュ・リュベロン 、AOCコトー・デュ・トリカスタン 、AOCコート・ド・プロヴァンス、AOCコート・デュ・ローヌ 、AOCコート・デュ・ローヌ・ヴィラージュ、AOCコート・デュ・ルシヨン 、AOCコート・デュ・ルシヨン・ヴィラージュ、AOCヴァントゥー 、AOCフォジェール 、AOCフィトゥー 、AOCパレット、AOCサン=シニアン、AOCジゴンダス 、AOCリラック 、AOCミネルヴォワ 、AOCヴァッケラス がある。
AOCシャトーヌフ=デュ=パプ では赤ワイン用に認可されている18品種のひとつであるが、グルナッシュ種やシラー種に次ぐ副次的なブレンド用品種として使用される。第3のブレンド用品種以上の比率でムールヴェードルを配合するシャトー・ド・ボーカステルのような例外的な生産者もいる[ 4] 。2009年、ムールヴェードルはシャトーヌフ=デュ=パプ全体の栽培面積の6.6%を占めた。
フランス・プロヴァンス地方のロゼワイン
スペイン・ブリャス
新世界
アメリカ合衆国
アメリカ合衆国では、ムールヴェードルは主にカリフォルニア州 とワシントン州 で栽培されており、さらにアリゾナ州 、ミズーリ州 、ヴァージニア州 でもわずかながら栽培されている。アメリカ合衆国では旧世界のバンドール(フランス)などよりもタンニンが少なくなる傾向がある。
ワシントン州
ワシントン州初のムールヴェードルは、1983年にヤキマ・ヴァレー (英語版 ) のレッド・ウィロウ・ヴィンヤード (英語版 ) に植えられた。1990年代と2000年代には作付面積を増やし、ホースヘヴンヒルズAVA (英語版 ) のアルダーリッジ・ヴィンヤード (英語版 ) やデスティニー・リッジ・ヴィンヤード (英語版 ) 、レッドマウンテンAVA (英語版 ) のシエル・デュ・シャヴァル・ヴィンヤードなどに植えられている。ワシントン州ではセパージュワイン (ヴァラエタル、単一品種醸造)とローヌスタイルのブレンド用の双方に使用され、チェリーの果実香やスモーキーでスパイシーな香りを持つ、まずまずコクのあるワインとなる。
カリフォルニア州
Pellier collectionの一部として1860年代にカリフォルニアに到達し[ 2] 、おそらく初めて植えられたのはサンタクララ郡 である[ 4] 。マタローとして知られるこの品種は広くフィールドブレンド(複数種の混栽)されて主に低価格ワインに使用された。20世紀中頃から急速に栽培面積が減少し、1968年には2,700エーカーあった栽培面積は2000年代までに1/3以下にまで落ち込んでいる。20世紀末にはローヌ・レンジャーズ (英語版 ) がコントラコスタ郡 でこの品種の古樹を探したが、彼らの関心を得られなかったことでより大幅に栽培面積が減少した。メディアによってこの品種が称賛されたり、ローヌスタイルのブレンドが導入されると、20世紀から21世紀への変わり目には栽培面積が650エーカーだったものの、2010年には900エーカーとわずかに回復している。
オーストラリア
オーストラリアにはこの品種のブドウ畑が約12km2 存在し、歴史的にはマタローとして知られているものの、多くの生産者がフランス語の名称であるムールヴェードルを用いるようになっている。歴史的には長らく無印の紙パック入りワインや酒精強化ワイン に使用されてきたが、近年になってグルナッシュ種やシラー種との「GSM」ブレンドが高い評価を受けて人気を得ている[ 12] 。他の多くの品種同様に、ジェイムズ・バズビー の挿し木コレクションによって1830年代にヨーロッパから持ち込まれた。南オーストラリア州のバロッサ・ヴァレーでは、プロイセン王国 のシレジア 地方からやってきたルター派 の移民によって迅速に地位を確立した。それからは、アデレード 南部のマクラーレン・ヴェイル地域に入植したイングランド人移民によって急速に広まった。ムールヴェードルをもっとも古くから生産している地方はニューサウスウェールズ州 のリヴァリーナや南オーストラリア州 のリヴァーランドである。2005年に初のヴィンテージを出したバロッサ・ヴァレーのターキーフラット・ヴィンヤードは、ムールヴェードルのセパージュワイン (ヴァラエタル、単一品種醸造)の先駆者である。
その他の地域
ブドウ分類学の権威であるピエール・ガレ (フランス語版 ) は中央アジアのアゼルバイジャン でもムールヴェードルが栽培されているとしているが、当地で栽培されている品種が本当にムールヴェードルであるのか完全には確認されていない。南アフリカでは、ローヌスタイルの生産者がムールヴェードルの栽培を始めている。
ワイン
世界の多くの地域では、ムールヴェードルはグルナッシュ 種やシラー 種などの他品種とブレンドされ、ローヌ地方、オーストラリア、アメリカ合衆国ではこの3品種のブレンドが「GSM」として知られている。このブレンドでムールヴェードルは色合い・果実香・ある程度のタンニン構造を提供し、果実味のあるグルナッシュ種やエレガンドなシラー種を補完する。プロヴァンス地方やローヌ地方ではサンソー 種やカリニャン 種などとブレンドされることもあり、そのブレンドでは赤のテーブルワインやロゼワイン が生産される。オーストラリアでは酒精強化ワイン にも使用されることがある。
ワイン評論家のジャンシス・ロビンソン は、「ムールヴェードルの良好なヴィンテージはとても香り高いワインであり、鮮烈な果実香、ブラックベリーやジビエの香りのニュアンス」を持つとしている。旧世界・新世界の双方で、ムールヴェードルはロゼワイン の生産に人気のある品種である。
名称
この品種は95もの呼び名がある。フランスではムールヴェードルと呼ばれ、ポルトガルや新世界の一部ではマタローと呼ばれ、スペインではモナストレルと呼ばれる[ 14] 。
英語圏のワイン産地ではムールヴェードルという名称がもっとも一般的であり、アメリカ合衆国のアルコール・タバコ税貿易局 (英語版 ) ではムールヴェードルという名称を公的に使用している[ 2] 。スペインのブドウ品種であるグラシアーノ (英語版 ) 種はフランスでモラステル種として知られるが、ムールヴェードルとは無関係である。
関連項目
脚注
文献
参考文献
君嶋哲至 監修『ワインの図鑑』マイナビ, 2013年
バルキン, ヘスス、グティエレス, ルイス、デ・ラ・セルナ, ビクトール『スペイン リオハ&北西部』大狩洋(監修)・大田直子(訳)、ガイアブックス〈FINE WINEシリーズ〉、2012年。
関連文献
Gregutt, P (2007). Washington Wines and Wineries: The Essential Guide . University of California Press. ISBN 0-520-24869-4
Halliday, James (2007). Wine Atlas of Australia . University of California Press. ISBN 0-520-25031-1
Olken, C.E.; Furstenthal, J (2010). The New Connoisseurs' Guidebook to California Wine and Wineries . University of California Press. ISBN 978-0-520-25313-1
Robinson, Jancis (1986). Vines, Grapes & Wines . Mitchell Beazley. ISBN 1-85732-999-6
Robinson, Jancis (1996). Jancis Robinson's Guide to Wine Grapes . Oxford University Press. ISBN 0-19-860098-4
Robinson, Jancis (2006). The Oxford Companion to Wine (3 ed.). Oxford University Press. ISBN 0-19-860990-6
Robinson, Jancis ; Harding, J; Vouillamoz, J (2012). Wine Grapes - A complete guide to 1,368 vine varieties, including their origins and flavours . Allen Lane. ISBN 978-1-846-14446-2
Karis, H (2009). The Châteauneuf-du-Pape Wine Book . Kavino Publishing. ISBN 978-9-081-20171-1
Saunders, P (2004). Wine Label Language . Firefly Books. ISBN 1-55297-720-X
Clark, Oz (2001). Encyclopedia of Grapes . Harcourt Books. ISBN 0-15-100714-4
西アジア種群 ヨーロッパ・ブドウヴィニフェラ種 北米種群 アメリカ・ブドウラブルスカ種 東アジア種群 雑種
ヴィニフェラ×ラブラスカ系 交雑種 ヴィニフェラ×ラブラスカ×リンケクミー系 交雑種 ヴィニフェラ×ラブラスカ×エースティバリス系 交雑種 ヴィニフェラ×ダヴィディ系 交雑種 ヴィニフェラ×アムレンシス系 交雑種 三倍体 交雑種 四倍体 交雑種