フランソワ・ミゴール(仏: François Migault, 1944年12月4日 - 2012年1月29日[1])は、フランス・ル・マン出身のレーシングドライバー[1]。
姓のフランス語での発音に忠実な日本語表記はミゴー。
経歴
1970年から1971年にテクノからF3に参戦。1972年、ミゴールのF1初参戦は資金不足の小チーム、コンニューからオーストリアGP1レースのみの出走[2]にとどまった。1974年は、前年所属したニキ・ラウダとクレイ・レガツォーニがフェラーリに移籍したあとのBRMからレギュラードライバーとして参戦した。
1975年はエンバシー・ヒルとウィリアムズで数戦出走した。F1では16戦出走してポイントを獲得できなかった。この年はF2にも参戦、オゼッラ・FA2でポイントを獲得するなど入賞歴がある。
ル・マン出身であり、地元で行われるル・マン24時間レースに1971年から2002年まで参戦。最高成績は1976年の総合2位である。最後の参戦となった2002年は、日本のKONDO Racingから近藤真彦、イアン・マクレガー・ジュニアと組んで出走している。
2012年1月29日、ミゴールは癌との長い闘病の末死去[3]した。67歳没。
レース戦績
F1
ル・マン24時間レース
脚注
関連項目