タヌキモ属の分布
タヌキモ属 (Utricularia )は、シソ目 タヌキモ科 に分類される植物 の一属 。約226種とされるが、分類方法によっては215種などとされることもある[ 1] 。南極 を除く世界中の湖沼 や湿地 に生育している。
大形の花をつける種もおり、花の観賞目的で栽培されることも多い。またタヌキモ科は全て食虫植物 であり、その方面の愛好家も多い[ 2] 。観賞目的で栽培される際には、日本語には属全体をカバーしうる総称がないため、学名のウトリクラリア で呼ばれることもある。
概要
タヌキモ属は、水生植物 と地生植物を中心に構成されており[ 3] 、南極 を除く世界中の淡水湖沼 や湿地 に分布している。模式種 はタヌキモ (U. vulgaris )[ 4] [ 注釈 1] 。
食虫植物の種数は被子植物全体の1%未満とされており、そのおよそ半分がタヌキモ属の種とされている[ 5] 。陸生種の多くは、地中の原生動物 や輪形動物 を捕獲するため、小型の捕虫嚢をもつ傾向にある。一方水草 として生育する種は、より大型の捕虫嚢をもつため、ミジンコ や線虫 、カ の幼虫(ボウフラ )、発生初期のオタマジャクシ などを捕獲することができる。しかし最大の捕虫嚢(1.2cm)をもつとされるのは、パイナップル科 植物の葉腋や木の洞にたまった水を漁場とする南アメリカの着生種U. humboldtii (10cmを超えることもある花も最大とされる)と、オーストラリア北部の陸生種U. arnhemica である。最大の葉をもつのは南アメリカの陸生種U. longifolia で、長さ1m超に達する。一部の種は着生植物 や岩生植物として生育している。日本に生息する種は、湿地に生息するミミカキグサ類 と、水生のタヌキモ類 に大別される[ 3] 。
匍匐茎 や葉状茎などにつく捕虫嚢は、入口に内開きの扉があり普段は閉じられている。捕虫嚢内部は絶えず水が排出され、外部環境より水圧が小さい状態が保たれている[ 6] 。一旦獲物が扉から伸びた毛に触れて動かすと、機械的な刺激が伝達され、入口との間にわずかに空隙ができる。即座に水が獲物もろとも流れ込み扉は大きく開く。水圧の差がなくなると扉は再び閉じ、排水と消化吸収が行われる。
タヌキモ属は非常に特殊化した植物で根 や葉 、茎 などの栄養器官は、構造上は他の被子植物 のように区別できず[ 7] 、全種が備える器官は花、花茎、捕虫嚢しかない。例えば、南北アメリカ大陸に分布する小型の水生種U. olivacea は、根と葉を欠き、分岐を重ねながら水面下に広がる茎と捕虫嚢が光合成を担う。同種は花茎の発達も悪く、茎にじかに花梗を付けたように見える場合がある。オーストラリア産の地生種U. multifida は茎がなく、地上に根生葉の束、地下に根と捕虫嚢を形成する。捕虫嚢は、あらゆる植物の中で最も洗練された構造の一つであると考えられている。
名称
原記載は、カール・フォン・リンネ の『植物の種 』(en )においてなされた[ 8] 。属名の Utricularia は、ラテン語 の utriculus(小さい袋、革袋、卵形嚢 などの意)に由来しており、タヌキモ属に袋状の捕虫嚢があることにちなんでいる[ 9] 。
和名 の「タヌキモ」(狸藻)は、水生の種の茎葉をタヌキ の尾 に見立てて名づけられた[ 2] 。また湿地生の種につけられる「ミミカキグサ」の名は、果実 を包む萼 (がく)が耳掻き の先端部分のような形になり[ 10] 、花茎を含めた草体全体が耳かきのように見えることから付けられた。
形態
U. vulgaris の匍匐茎 、分枝したシュート 、捕虫嚢
浮き袋によって花茎を水上に立てるU. stellaris 。植物体の中央と右上にある(要拡大)白い糸状の組織は浮遊する種の多くに見られ、呼吸枝または呼吸根(英 air shoot、独 luftspross)と呼ばれる。
植物体の構造
植物体の大部分は、地下茎や匍匐茎 の形で地下または水中を水平に伸長しつつ、よく分枝する。地生種は、光合成 のため地面に葉を広げるが、タヌキモ属の植物体で、立ち上がるのは基本的に花茎 のみである。水生種は二通りの形態がある。一つは水面直下を浮遊するタイプである。もう一つは、水深のごく浅いところで匍匐茎を展開しながら、水底の泥中に、捕虫嚢はあるものの葉緑素を持たず、葉は着かない地下茎を伸ばすタイプである。どちらも根やそれに代わる器官をもたない[ 11] 。茎からは種によってさまざまな形態の葉を展開する。例えばミミカキグサ類 ではヘラ状の葉をつけるが、タヌキモ類 では糸状の裂片をつける。また、一部の種は蘚類 や常に水の流れる岩上に、着生植物 として生活している。ヒメタヌキモ (U. minor )は匍匐茎と地下茎が基本的な形態であるが、浮遊する系統や、生育環境が地生と着生の二通り、形態も地下茎ありとなしの二通りが確認されている変種チビヒメタヌキモ(U. minor f. terrestris )がある。
水生種の大型で目立つ捕虫嚢は、獲物を捕獲していることが発見される前は、浮き袋の役割を担っていると考えられていた[ 12] [ 13] 。実際に浮き袋を持つ種類もあり、花茎の基部で放射状に配置されている。
種によっては、分枝の先端に殖芽 とよばれる越冬芽を形成して、無性的に繁殖する。殖芽は裂片が折り重なった球状の形態をとる。植物体が枯死した後に水底に沈んで、次の春に発芽する[ 14] 。またエフクレタヌキモ (U. inflata )のように、塊茎 を形成して繁殖する種もいる[ 15] 。
花
ヒメミミカキグサ (U. minutissima ) の花
植物体のうち、明らかに地上部に突き出すのは、基本的には花軸だけである。花軸の先には、種によって 2 mm-10 cmまでさまざまな大きさの花をつける。花は上下に2つの非対称な唇形の花弁をもち、通常下側の花弁が上側より大型となる。花の色も種によってさまざまであり、ノタヌキモ (U. aurea )やイヌタヌキモ (U. australis )のように黄色い花をもつものや、ムラサキミミカキグサ (U. uliginosa )のような紫色の花、U. quelchii のような赤色の花、アルピナ のような白い花などが知られる。花の構造は、同科の他の2属と類似するが萼片の数が違う[ 16] 。またアルピナのように、ラン科 に類似した花をつける種もある。
一部の種は、ある時期に閉鎖花を形成して、自動自家受粉 を行う。しかしまた別の時期には開放花を形成するということもある。また、同時に開放花と閉鎖花を両方形成する植物もあり、例えばフサタヌキモ では、水上に展開した開放花のほかに、自家受粉 によって種子生産を行う閉鎖花を水中に形成する[ 17] 。種子 は非常に小さく、大部分の種では長さ0.2-1.0mm程度である[ 16] [ 18] 。
タヌキモ属は自家受粉による種子生産が中心であると考えられており[ 19] 、実際に水生のタヌキモ類では開花率、結実率が非常に低く、花粉の不稔性が高いとされる[ 17] 。
生育環境、生態
Utricularia sp. (マレーシア のサラワク州 バウ )
U. vulgaris の殖芽 (球形の部分)
タヌキモ属の種は、淡水域であればあらゆる環境で生育できるが、南極 や一部の太平洋 の島などには自生していない。また、もっとも種数が多い地域は、南アメリカ 次いでオーストラリア である[ 1] 。多くの食虫植物と同様、タヌキモ属はミネラル 分の溶存量が少ない湿った土壌や、腐植質の土壌で生育する[ 5] 。水溶性のミネラルが流水によって失われるような、非常に湿潤な土壌では、食虫の能力が明白な利点となって、タヌキモ属が、サラセニア やモウセンゴケ といった他の食虫植物と一緒に生育していることもある。
タヌキモ属の種のおよそ80%は陸生で、湿性の土壌や湛水土壌では、小型の捕虫嚢を常に水分に触れさせることができる。これらの種は、地下水面 が地表面と非常に近いような湿地でも生育が確認される。陸生の種は世界中に分布するが、ほとんどは熱帯 に生息している[ 16] 。
残りの約20%の種の3分の2ほどは水生植物であり、残りは着生植物 、岩生植物 (en )である[ 16] 。水生の種のほとんどは池や、流れが穏やかで底土が泥質である水域で、水面を自由に漂っており、開花のときのみ水上に花を突き出す。例えば U. vulgaris は、ユーラシア大陸 の池や水路に分布する水生種であり、分枝して1m以上に伸長する匍匐茎は、水中で筏の役割を果たす[ 16] 。また岩生植物として生育する種は、流れの速い水域や滝などにも適応している[ 20] 水生の種は通常酸性の水中で見られるが、アルカリ性の水域でも非常に良好な生育を示す。しかしアルカリ性の水域では、より多くの植物が生育しており、競争が激しいためにタヌキモ属が生育できないものとみられる[ 20] 。
南アメリカの一部の種は着生植物で、熱帯雨林の湿ったコケや樹皮の上、時にはチランジア などの葉腋に貯まった水中で生育している[ 21] 。U. nelumbifolia などロゼット を形成する着生性の種は、走出枝 (ランナー)を伸ばして、近くに生育しているパイナップル科 の種などを探し出し、その植物の上を新たな生育地とする[ 18] 。
タヌキモ属の種は、厳しい気候条件下においても、その植物体の構造や摂食行動によって、非常に高度に適応して生き残ることが出来る。温帯の多年生植物 は、冬期には草体を枯死させて新たに再生させる必要があり、冬期がなければ草体が弱体化する。一方熱帯や暖帯の種は、休眠する期間が必要ない。
イギリス やシベリア など気温の低い地域では、タヌキモ属の各種は茎の先端に殖芽 を形成する。秋期を過ぎると草体の生長が鈍化し、植物体そのものは枯死または凍結してしまうが、殖芽は茎から分離して水底に沈み、氷の下で越冬できる。そして春に発芽して、ふたたび水面で生長する。オーストラリア に生育する種の多くは雨季 にのみ生長し、10mm程度の大きさの塊茎 を生産して乾季 を過ごしている。そのほかの種は一年草 で、種子によって越冬する[ 16] 。
捕虫嚢
U. vulgaris の捕虫嚢
ノタヌキモ (U. aurea )の捕虫嚢
U. hamiltonii の捕虫嚢
捕虫嚢の断面図。アンテナ状の構造と毛状の構造を示す
捕虫嚢の形態
タヌキモ属にみられる吸引型の捕虫嚢は、さまざま植物でみられる捕獲用トラップの中でも、最も洗練されたものであるとされる[ 16] [ 18] [ 20] [ 21] [ 22] [ 23] 。捕虫嚢は匍匐茎やシュート、塊茎、葉状茎(phylloclades)につき[ 11] 、通常ソラマメ に似た形態をしている。ただし種によっては多様な形態をとる。
捕虫嚢の外壁(嚢壁)は2層の細胞からなり、透明である。しかし、動物プランクトンなどの獲物を捕らえた捕虫嚢は黒色になる[ 2] 。嚢壁は捕虫嚢内部が減圧状態になっても、袋形を維持するのに十分な剛性をもつ。捕虫嚢の入口には円形または楕円形の舌状の扉があり、その上部は捕虫嚢本体と、蝶番 の役割を果たす柔軟な細胞によってつながっている。入口下部の扉と接触している部分は厚くなっている。接触部の中央に沿って柔らかい組織が伸びており、閉鎖時には空隙をふさぐ。扉の下端のやや上にも、柔軟な細胞が横一線に端から端まで並んだ部分があり、扉がここで曲がることによって空隙をなくす役に立っている。また捕虫嚢の外側の細胞から、糖類を含む粘液 を分泌し、入口の密着や糖による獲物の誘引などの役割を果たしていると考えられている。
地生種は、一般に小型(0.2-2.5mm)の捕虫嚢を持つ[ 16] 。入口には曲がったくちばし状の構造があり、獲物を誘導するはたらきと、ごみなどの不要な物質が捕虫嚢に入らないように防いでいるものと考えられている。水生種の捕虫嚢はより大型化(通常0.2-6.0mm、最大1.2cm)し[ 16] 、くちばし状の構造はもたないが、分枝するアンテナ状の構造を持つ[ 11] 。そのアンテナ状構造には、獲物を捕虫嚢の入口に誘導する役割[ 22] [ 24] や、ごみなどによって入口を閉じる反応の引き金が引かれないように防ぐ役割がある。着生種がもつ捕虫嚢は、水生の種のものよりは小型(0.4-2.5mm)であり[ 16] 、分枝しないアンテナ状構造が入口にかぶさる。水生種のものと同様の役割を果たしているが、さらに毛管現象によって入口との間に水を貯める機能があり、捕虫を助けているものと思われる[ 18] 。
また、U. hamiltonii など、大小2つのタイプの捕虫嚢をもつ種もある[ 11] 。
捕虫のメカニズム
水生の種の捕虫嚢。長いアンテナ状の構造(簡略化して描かれている)によって、ミジンコ などを捕虫嚢の入口へ誘導する。
捕虫嚢の仕組み。水圧 の差によってへこんでいた捕虫嚢の入口が突然開くことにより、外液を取り込んで急激に膨らむ。その時入口の近くにいたミジンコ などが捕虫嚢内に吸い込まれる。
タヌキモ属の捕虫嚢が作動する仕組みは単純で、ハエトリグサ やムジナモ 、モウセンゴケ などの他の食虫植物 とは違い、植物に獲物が触れた刺激を感知する機構があるわけではない。メカニズムとしては、絶えず能動輸送 によって捕虫嚢外へ水を排出するという機構がはたらいているだけである[ 18] 。捕虫嚢の扉にある毛状の構造は、「感覚毛」 などと言及されることもあるが、ハエトリグサやムジナモにみられる構造のように刺激を感知して反応を起こす器官としての役割はない。
捕虫嚢の内容液は外液との浸透圧に差はないと考えられており、捕虫の際に嚢内に吸水した液体については、外液と内液の浸透圧の差によって排出されているのではなく、嚢壁細胞を通じて液体を移動し、嚢外に排出すると考えられている[ 25] 。
水が排出されると捕虫嚢は内向きにたわみ、内部が減圧状態になる。たわんだ嚢壁はばねのようにエネルギーを蓄積する。そして最終的に、捕虫嚢の内液と嚢壁の細胞との浸透圧 の差によって排水が停止し、捕虫嚢が「セット」された状態になる[ 18] 。捕虫嚢の扉は、入口の下部にある柔軟な部分によって押さえられる。毛状の構造は感覚器官ではないが、何かに触れられた際の振動などで、ぴったりと閉じられていた扉に隙間を生じさせ、そこから水が流入するため、実質的には平衡を破る引き金の役割を果たすことになる[ 18] 。
水が流入し、入口が開くと毛状構造に触れた動物プランクトンなどが水と共に吸引される。捕虫嚢の両側の緊張は即座に緩み、楕円形になる。捕虫嚢内が水で満たされると入口はすぐに閉じられる。この一連の過程が完了するまでの時間は、1000分の10秒 から1000分の15秒である[ 18] [ 21] 。獲物が捕虫嚢内にいても内部の水は排出され続け、次の捕獲準備までにはわずか15-30分しかかからない[ 18] 。
ふつう捕虫嚢に捕らえられる生物は、水生の甲殻類 、ダニ 、線形動物 、輪形動物 、原生動物 などとされている[ 5] 。取り込まれた獲物は、通常数時間以内に消化酵素 によって溶かされる。例えばゾウリムシ は、捕虫嚢に取り込まれて75分ほどで消化される[ 13] 。消化酵素には、プロテアーゼ 、酸性フォスファターゼ 、エステラーゼ などが含まれている[ 26] 。しかし一部の原生動物は高い消化耐性をもち、数日間捕虫嚢内で生存することもある。
また捕虫嚢内には、内液に存在する栄養分を利用するバクテリア 、放線菌 、藻類 などが多く生息しており、微生物群集を形成している[ 5] 。その微生物群集の構成比は、捕虫嚢が形成されてから経過した時間によって変化している[ 5] 。このことから、タヌキモ属植物と捕虫嚢内の微生物群集が一種の共生 関係にある可能性が示唆されている[ 5] 。
種
ヒメタヌキモ 。左側に垂れ下がっているのが地下茎
オオタヌキモ
フサタヌキモ
ムラサキミミカキグサ
タヌキモ属はタヌキモ科 の模式属であり、ほかにムシトリスミレ属 (Pinguicula )、ゲンリセア属 (Genlisea )が属する。食虫植物 の中では最大の種数を持つ。
かつては十数属が存在したこともあったが、統合されて上記のほか Polypompholyx 属と Biovularia 属の計5属とされた時期が長かった[ 18] 。Polypompholyx tenella 、Polypompholyx multifida 、Biovularia olivacea 、Biovularia cymbantha などの種が記載されていたが、現在ではすべてタヌキモ属に含められている。
タヌキモ属には多い時で約800種が記載されていたが、属数同様統合され、ピーター・テイラー (en )によって214種に減らされた[ 16] 。テイラーの分類は、分子系統学 的な研究によって修正がなされ、現在でも用いられている(後述)。
種数は分類方法によって若干異なる。日本の代表的な植物図鑑の一つ『原色日本植物図鑑』[ 27] には下記の主な種の内11種の記載があるが、5種の学名が違っている。また和名にも混乱がみられ、例えばタヌキモ の学名は U. vulgaris var. japonica 、イヌタヌキモ の学名は U. australis とされているが[ 28] 、タヌキモを U. australis として扱っている例や[ 29] 、タヌキモをイヌタヌキモの一品種とする考え[ 30] 、二種を区別しない考え、タヌキモをイヌタヌキモとオオタヌキモの自然交雑種とする考え[ 31] などがあり、名称についての意見が一致していない[ 32] 。他U. japonica という学名が使われることもある。またイトタヌキモ についても、U, gibba と U. exolata をそれぞれオオバナイトタヌキモ、イトタヌキモと区別することもあるが[ 33] 、U. exolata を U, gibba のシノニム とすることもある。
以下に主な種と、主な分布域を挙げる。なお、ここで挙げたタヌキモ類の各種は Utricularia 亜属、ミミカキグサ類の各種は Bivalvaria 亜属に分類される。
タヌキモ類
ミミカキグサ類
分子系統樹
下の分岐図 は、亜属と節の関係を示したものである。この図は、Jobson et al.(2003)とMüller et al.(2004)に基づいて描かれ[ 40] [ 41] 、さらにMüller et al.(2006)による知見を加えて作成された[ 42] 。Aranella 節と Vesiculina 節は多系統群 で、図中では * で示した。
いくつかの単型の節については、これらの研究結果に含まれていないため、この分岐図における位置は不明である。上図に含まれていない節は次の通り。
保護
タヌキモ属の種の中には、環境の悪化などによって個体数を減らしている種もある。2012年 現在、IUCN のレッドリスト では18種が保全状況 を評価されており、うち1種が絶滅危惧種 (EN)、2種が危急種 (VU)、2種が準絶滅危惧 種(NT)とされている[ 43] 。また、例えば日本 のレッドデータブック では8種[ 44] 、オーストラリア のノーザンテリトリー では10種[ 45] が、絶滅の危険性がある種とされている。日本固有種のフサタヌキモ などは、人間活動の影響が大きい平地の水域に生育するため、水質悪化や埋め立てなどの影響を強く受け、消滅寸前の種となっている[ 46] 。またその希少性から、自生地の個体が盗掘されることもある[ 47] 。また、ヒメタヌキモ の生育を脅かす要因として示唆されているような、外来種の存在や気候変動による絶滅の危険性も考えられる[ 48] 。
また湿地 は干拓 や埋め立ての対象となりやすく、もっとも危機に瀕している自然環境の一つである[ 49] 。そのため、ミミカキグサ類など湿地性のタヌキモ属が個体群を減らすことが懸念されており、日本 の埼玉県 などでは自生地を天然記念物 に指定して、増殖事業を行っている[ 50] 。また愛知県 では、ミミカキグサ類などが自生する壱町田湿地 や葦毛湿原 を環境保全地域に指定し、保護に取り組んでいる[ 51] 。
利用
ウサギゴケ
タヌキモ属の各種は、観賞用にアクアリウム などで栽培される。近年ウォーターローンの総称のもと数種のミミカキグサ類が愛用されている。食虫植物の愛好家の間では、フサタヌキモ など希少な種は高い値段で売買されることもあるという[ 2] 。他にもウサギゴケ (U. sandersonii )などは、小型種ながら、ウサギ の顔のような花の形とネーミングが一致して広く人気を集めている。アルピナ などの着生種で花の大きなものは、洋ラン と同様に扱えることもあり、古くからそれに準じる扱いがされた。
また、タヌキモ属はボウフラ を捕食することから、イギリス植民地時代の東南アジア でマラリア 対策に用いられた。[ 52]
タヌキモ属は栽培の容易な種が多い。タヌキモ類では、コタヌキモ (U. intermedia )など浅い水域を好む一部の種を除いて、水槽で容易に育成できる種が多い[ 53] 。水槽での育成には炭酸ガス の添加が有効である[ 53] 。ただし U. purpurea のように、長期間の輸送によって草体がちぎれやすく、育成の難しい種もいる[ 54] 。
脚注
注釈
^ a b タヌキモの学名は正確には U. vulgaris var. japonica だが、現在ではこの名はイヌタヌキモ(U. australis )のシノニム として、タヌキモには別の学名を適用する説が有力である。この説に従うと U. vulgaris につけられた和名はないと考えられる。
^ 外国産の明らかに花が大きい系統を、区別してオオバナイトタヌキモとすることもある。
出典
^ a b c Salmon, Bruce (2001). Carnivorous Plants of New Zealand . Ecosphere Publications. ISBN 978-0473080327
^ a b c d 神戸市立教育研究所(1985)「神戸の水生植物」(神戸の自然14)
^ a b 角野 (1994) p.148
^ Britton, Nathaniel Lord; Brown, Addison (1913). An Illustrated Flora Of The Northern United States, Canada And The British Possessions Vol3 . New York: C. Scribner's Sons
^ a b c d e f Sirová, Dagmara; et al. (2009). “Microbial community development in the traps of aquatic Utricularia species”. Aquatic Botany 90 : 129–136.
^ 柴岡孝雄、田端孝義、笹子晃「タヌキモの捕虫のう内外の電位差」『日本植物生理学会年会およびシンポジウム講演要旨集』第12巻第2号、1971年、172頁。
^ Rutishauser, Rolf; Isler, B.. “Developmental Genetics and Morphological Evolution of Flowering Plants, Especially Bladderworts (Utricularia ): Fuzzy Arberian Morphology Complements Classical Morphology”. Annals of Botany 88 (6): 1173-1202.
^ Linnaeus, Carl (1753). Species Plantarum I . Stockholm: Impensis Laurentii Salvii p.18
^ Gledhill, D. (2008). The name of Plants . Cambridge University Press p.396
^ a b 「愛知県維管束植物レッドリスト」(2009年)p.581 [1]
^ a b c d Reifenrath, K.; et al. (2006). “Trap architecture in carnivorous Utricularia (Lentibulariaceae)”. Flora 201 : 597–605.
^ Treat, Mary (1875). “Plants that eat animals”. The Gardeners' Chronicles 6 March 1875 : 303-304. [2]
^ a b Hegner, R.W. (1926). “The interrelationships of protozoa and the utricles of. Utricularia ”. Biological Bulletin 50 : 239-270.
^ Cody, William J. (2000). Flora of the Yukon Territory . National Research Council of Canada
^ Schnell (2002) p.362
^ a b c d e f g h i j k l m n Taylor (1989)
^ a b 山本功人、角野康郎「水生タヌキモ属植物6種の繁殖様式」『植物分類・地理』第41巻4〜6、1990年、189-200頁。
^ a b c d e f g h i j Lloyd (1942)
^ Taylor, P. (1977). “Lentibulariaceae”. Flora Malesiana Ser. I 8 (2): 275-300.
^ a b c Slack, Adrian (2000). Carnivorous Plants revised edition . Cambridge, Massachusetts: MIT Press. ISBN 978-0262690898
^ a b c D'Amato, Peter. 1998. "The Savage Garden". Ten Speed Press: Berkeley, California. ISBN 978-0898159158
^ a b Darwin, Charles (1875). Insectivorous Plants . London: John Murray [3]
^ Cheers, Gordon (1983). Carnivorous Plants . Melbourne: Intl Specialized Book Service Inc. ISBN 978-0959193701
^ Lützelburg, P.v. (1910). “Beiträge zur Kenntnis der Utricularien”. Flora 100 : 145–212.
^ 笹子晃(1977)「タヌキモ捕虫嚢の排水機構に関する研究」東北大学大学院理学研究科 博士学位論文の要旨及び審査結果の要旨
^ Sirová, Dagmara; Adamec, L., Vrba, J. (2003). “Enzymatic activities in traps of four aquatic species of the carnivorous genus Utricularia ”. New Phytologist 159 (3): 669-675.
^ 北村四郎 、村田源 、堀勝『原色日本植物図鑑上』保育社、大阪、1957年、120-123頁。ISBN 978-4586300150 。
^ a b c 角野 (1994) p.149
^ 大滝末男、石戸忠『日本水生植物図鑑』北隆館、1980年。
^ Kameyama, Y.; Toyama, M., Ohara, M. (2005). “Hybrid origins and F1 dominance in the free-floating, sterile bladderwort, Utricularia australis f. australis ”. American Journal of Botany 92 : 469-476.
^ 亀山慶晃、大原雅「浮遊植物タヌキモ類の繁殖様式と集団維持(<特集2>クローナル植物の適応戦略)」『日本生態学会誌』第57巻第2号、2007年、245-250頁。
^ Araki, S.; Kadono, Y. (2003). “Restricted seed contribution and clonal dominance in a free-floating aquatic plant Utricularia australis R. Br. in southwestern Japan”. Ecological Research 18 : 599–609.
^ 角野 (1994) p.153
^ 角野 (1994) p.152
^ 北村四郎「エフクレタヌキモ, 静岡県に帰化」『植物分類・地理』第42巻第2号、1991年、158頁。
^ Abrams, L. (1960). Illustrated Flora of the Pacific States: Bignonias to Sunflowers, With Index to Vols. I-iv . Stanford University Press p.12
^ Natarajan, K.; et al. (2008). “A Note on the Identity of Carnivorous Plants of Karungalakudi, Tamil Nadu, India”. Ethnobotanical Leaflets 12 : 1073-1077.
^ Kato, Y.; Mochida, M., Koike, H. (2006). “The Northernmost Locality of Utricularia caerulea L. (Lentibulariaceae) in Japan”. The Journal of Japanese botany 81 (1): 41-43.
^ 「愛知県維管束植物レッドリスト」(2009年)p.436 [4]
^ Jobson, Richard W.; et al. (2003). “Molecular Phylogenetics of Lentibulariaceae Inferred from Plastid rps16 Intron and trnL-F DNA Sequences: Implications for Character Evolution and Biogeography Source”. Systematic Botany 28 (1): 157-171.
^ Müller, K. F.; Borsch, T., Legendre, L., Porembski, S., Theisen, I. Barthlott, W. (2004). “Evolution of carnivory in Lentibulariaceae and the Lamiales”. Plant Biology 6 (4): 477-490.
^ Müller, K. F.; Borsch, T., Legendre, L., Porembski, S., Barthlott, W. (2006). “Recent Progress in Understanding the Evolution of Carnivorous Lentibulariaceae (Lamiales)”. Plant Biology 8 : 748-757.
^ IUCN 2012. IUCN Red List of Threatened Species. Version 2012.1. <www.iucnredlist.org>. Downloaded on 02 July 2012. [5]
^ 環境庁自然環境局野生生物課編『改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物8 植物I(維管束植物)』2000年。ISBN 4-915959-71-6 。
^ CONSERVATION STATUS OF PLANTS OF THE NORTHERN TERRITORY
^ 角野康郎「絶滅危惧種の現状-水辺植物を中心に」『自然史研究』第2巻第15号、1999年、219-224頁。
^ 新潟県上越市「平成18年度第3回自然環境保全条例検討委員会 会議録」[6]
^ Neid, S. L. (2006). Utricularia minor L. (lesser bladderwort) A Technical Conservation Assessment . Mountain Region: USDA Forest Service Rocky
^ 田中謙「湿地保全をめぐる法システムと今後の課題」『長崎大学経済学部研究年報』第24巻、2008年、51-74頁。
^ 埼玉県寄居町 (1997)『ミミカキグサとモウセンゴケ自生地 : 県指定天然記念物 : 保護増殖事業報告書』寄居町教育委員会 p.81
^ 『愛知県自然環境保全地域内の特別地区の指定等』 平成18年5月30日 告示第424号 [7]
^ 内藤良一, 河野寮園「自然的防遏法」『南方現地の実際に即したマラリア伝播蚊の撲滅法』、1944年、132頁。
^ a b 吉野敏『世界の水草728種図鑑―アクアリウム&ビオトープ』エムピージェー、2005年。 pp.194-197
^ Schnell (2002) p.350
参考文献
Lloyd, F.E. (1942). The Carnivorous Plants . New York: The Ronald Press Company. ISBN 978-1443728911
Schnell, Donald E. (2002). Carnivorous plants of the United States and Canada . Timber Press. ISBN 0-88192-540-3
Taylor, Peter (1989). The genus Utricularia: A taxonomic monograph . Kew Bulletin Additional Series XIV. ISBN 978-0947643720
角野康郎 『日本水草図鑑』文一総合出版 、1994年。
外部リンク
ウィキメディア・コモンズには、
タヌキモ属 に関連するメディアがあります。