グランド・セントラル駅 (Grand Central Station)はアメリカ合衆国 のニューヨーク州 ニューヨーク市 マンハッタン 区 にあるターミナル駅 である。正式名称はグランド・セントラル・ターミナル (Grand Central Terminal)。単に「Grand Central」とも。所在地はミッドタウン のパーク・アベニュー と42丁目 の地点である。
“マンハッタン3大ターミナル”(ほか2つはペンシルベニア駅 、ポート・オーソリティ・バスターミナル )のうち最大のものである。駅近辺の鉄道はすべて地下を通っているため、44面67線の広大なプラットホームはすべて地下にある。
歴史
メトロノース鉄道 のグランド・セントラル駅は、通勤列車が多く発着するターミナル駅で、地下に29面のホームと、46の発着番線を持つ。マンハッタンを代表する歴史的建造物 である。
1871年 10月にニューヨーク・セントラル・アンド・ハドソン・リバー鉄道 、ニューヨーク・ハーレム鉄道 そしてニューヨーク・アンド・ニューヘイブン鉄道 により旧駅施設(グランド・セントラル・デポ , Grand Central Depot)が完成・開業した。この駅舎はJohn B. Snook が設計し、コーネリアス・ヴァンダービルト による融資で建設された。
初代駅舎 1880年
グランド・セントラル・デポのプラットフォームと、その上を覆う
トレインシェッド 1876年
トレインシェッドの北側外観。当時は地上駅だった
1899年から1900年にかけて、駅舎の大規模改装が行われた[ 3] [ 4] 。プラットフォーム とその上のトレインシェッド 以外の建物はすべて建て直され、3階建てから6階建になり、ファサードも全面的に新しいデザインとなった。この二代目駅舎の設計者は鉄道建築家のBradford Gilbert であった。この新しく改装された駅施設はグランド・セントラル・ステーション (Grand Central Station) と改名された[ 3] [ 4] 。
二代目駅舎 1902年頃
二代目駅舎 1900年頃の案内図
建物内部のコンコース 1904年頃
1903年にプラットフォームと車両基地を地下に移設する工事が始まり、パークアベニュー の真ん中に敷かれていた線路も数キロに渡って地下化された。同時に鉄道の電化も行われた。続いて新駅舎の建設に取り掛かった。ライバルのペンシルバニア鉄道 が1901年からペンシルバニア駅 の駅舎の建設を進めていたため、より豪華な建物を目指していた。駅の地下化により空き地となった地上部を再開発用地として売却し、この費用にあてた。駅舎は、コンペで選ばれたReed and Stem およびWarren and Wetmore によって設計された、古典主義 風のボザール 様式(アメリカン・ボザール)の建築物である。1913年 2月1日 、三代目の現駅舎が完成した。
プラットフォームの地下化工事 1907年
プラットフォームの地下化工事 1908年頃
三代目駅舎の建設工事 1912年
地下のサバーバン・コンコースに続くスロープ 1910年代
開業直後の駅舎内のレストラン
パークアベニューに面した駅正面 1919年
三代目駅舎のメインコンコースに降り注ぐ光 1930年代後半頃
三代目駅舎 1936年(連邦作家計画の一環として撮影された写真)
駅舎北側に建ったパンナムビル(現
メットライフビル )
パークアベニューに面した駅正面 1976年
夜の三代目駅舎
第二次世界大戦後は鉄道の利用者が減少傾向となり、多くの鉄道会社が赤字経営となった。このため不動産の有効利用が活発となった。1963年、ペンシルバニア鉄道は多くの反対を押し切り荘厳なボザール建築の旧ペンシルバニア駅舎 を解体して、多目的用途の駅ビル、マディソン・スクエア・ガーデン を建設した。この出来事は歴史建造物保存 の機運が高まる結果となった。ニューヨーク・セントラル鉄道も1966年にグランドセントラル駅舎を解体して高層ビルに建て替える再開発計画を発表したが、ニューヨーク市やジャクリーン・ケネディ・オナシス などが反対し、連邦最高裁判所 まで争った末に、計画は撤回された。
1991年には、長距離旅客列車の運行を担うアムトラック の列車のうち唯一グランドセントラル駅に発着していたエンパイア回廊 (Empire Corridor 、NYC ~オルバニー ~バッファロー )の列車がエンパイア接続線(Empire Connection )の開通でペンシルバニア駅 に移され、それ以降はメトロノース鉄道 の中近距離列車のみがこの駅から発着している。
1998年 に内装をリニューアルし、1999年8月18日には、45丁目から48丁目とパーク・アベニュー までの拡張であるグランド・セントラル・ノースが開業した。
2013年 2月1日に駅舎生誕100周年を迎え、記念式典が開かれた。また併せて2014年 に駅舎生誕100周年を迎える日本の東京駅 と姉妹提携を結ぶことも発表された。日米両駅で姉妹提携を結ぶのは初めてである。
現在、2021年から2023年の開業を目標に、ロングアイランド鉄道 の同ターミナルへの乗り入れ工事が進行中である[ 5] [ 6] [ 7] 。(イースト・サイド・アクセス 参照)
駅構造
乗り場
44面のプラットホームがあり、単一の駅としては世界最大である[ 8] [ 9] 。駅構内の位置に応じて線路番号が割り振られており、67の線路は通常の旅客用である[ 10] 。上階には42の線路があり、1番線から10番線は現在は留置線として用いられている[ 11] 。旅客用は東から西に11番線から42番線である。22番線から31番線は1990年代にグランド・セントラル・ノースのコンコース建設のために取り壊された。12番線は11番線から13番線の間のプラットホームを拡張する際に撤去された。14番線はゴミ運搬用の列車専用となっている。下階には東から西に100番線から126番線の27線が存在する。現在、102-112番線と114-116番線が旅客専用である。奇数番の線路は東側に、偶数番の線路は西側にある。[ 12]
メトロノース鉄道 のホームに停まる列車
116番線-125番線はロングアイランド鉄道 の乗り入れプロジェクトイースト・サイド・アクセス のために撤去されることになっている[ 13] 。ロングアイランド方面の線路は、301-304番線および401-404番線の8線が新設される予定である[ 14] 。
その他にも、プライベート専用線、61番線 が同駅の地下に存在する。これはもともと、フランクリン・ルーズベルト 大統領 のために建設されたもので[ 15] 、この線路専用の入り口とエレベーターが存在する。ルーズベルトの没後も時折使用されている[ 16] [ 17] 。この路線はウォルドルフ=アストリア へとつながっており[ 18] [ 19] :67 、1929年のニューヨーク・タイムズに最初に記載されたが、最初に使用したのは1938年のジョン・パーシング である[ 20] 。
駅構内
駅舎の中央にあるメイン・コンコースは、東西84メートル (275 ft)、南北37メートル (120 ft)、天井高38メートル (125 ft)の大空間となっている[ 3] [ 4] [ 21] :74 。天井にはプラネタリウムを想像させる星座が描かれている[ 19] :57 。この星座を描くとき、鏡に映しながら描いたため裏返しの星座が描かれている。これは天球 を外側から俯瞰した、神の視点による星座を表現している。これは、Whitney Warren とポール・セザール・エリュー による発案で、James Monroe HewlettとCharles Basingが施工した[ 22] 。
朝夕は多くの人でごった返しており、待ち合わせ場所としてもよく使われる[ 23] 。コンコース内にはチケット販売ブースが設置されているが、現在では駅構内各所に散らばる券売機が主に用いられており、このブースは別の用途で用いられるようになっている[ 23] 。コンコースの中央には駅のメイン・インフォメーション・センターが置かれている[ 23] 。このインフォメーション・ブースの屋根の上には四面の真鍮の時計が設置されている。これはHenry Edward Bedford によるデザインで、コネチカット州 ウォーターバリー で鋳造された[ 23] 。四面のそれぞれの時計盤には直径61センチメートル (24 in)のオパール 様のガラス(オパール・ガラスまたはミルク・ガラス とも呼ばれる)がはめ込まれている[ 24] 。都市伝説では、これは本物のオパールでサザビーズ やクリスティーズ は1000-2000万ドルの価値があると推定しているという話がある。ブース中央の大理石と真鍮でできた塔には秘密の隠し扉があり、内部には地下のインフォメーション・ブースへとつながる階段がある。
駅構内には、多くのショップやレストラン が入居している。代表的なものは、アップル・ストア やオイスターバー (同駅内で最も古くから続いている店)、マイケル・ジョーダン・ステーキハウス 、シェイク・シャック などである。メイン・コンコースの地下はダイニング・コンコースとなっている。メイン・コンコースの東側にはグランド・セントラル・マーケットという食料品市場がある。また、ニューヨーク交通博物館 の別館も同駅構内にある。
ヴァンダービルト・ホール (Vanderbilt Hall) は、メイン・コンコースの隣42丁目側にある多目的ホールである。出入り口はパーシング・スクエア の地点にある。その名前は、同駅の出資者で所有者であったヴァンダービルト家 から付けられている。以前は駅のメインの待合室だったが、現在はクリスマス・マーケットや特別展示、またはプライベート・イベントなどを行うスペースとなっている。毎年1月にはトーナメント・オブ・チャンピオンズ というスカッシュ大会が行われている。
キャンベル・アパート は、エレガントなカクテル・ラウンジで、43丁目とヴァンダービルト・アベニュー のすぐ南に入り口がある。かつては1920年代の実力者ジョン・キャンベル のオフィスであった。これは13世紀のフィレンツェの宮殿のギャラリー・ホールを模して建設された[ 25] [ 26] 。
グランド・セントラル・ノースは、45丁目から47丁目 および48丁目の間にある同駅に通じるエリアである[ 27] 。
駅外装
42丁目 側の正面ファサード には4.0メートル (13 ft)の時計が飾られており、この時計には世界最大級のティファニー のガラス細工がはめ込まれている。このガラス細工の周りは商業の栄光 (Glory of Commerce) と呼ばれる彫刻群が取り囲んでいる。この中の三体の像はミネルウァ 、ヘラクレス 、そしてメルクリウス を表している。この彫刻はフランスの彫刻家Jules-Felix Coutan によるデザインで、John Donnelly Companyによって制作された。1914年にこの彫刻が公開された時、この15メートル (48 ft)の三体の像は世界で最も大きい彫刻群であると見なされていた。
駅から発着している鉄道
隣接している駅
地下鉄
引き込み線
近隣にある高級ホテルであるウォルドルフ=アストリア への引き込み線がつながっており、過去にはフランクリン・D・ルーズベルト 大統領やアドレー・スティーブンソン 国連大使などが使用していたが、現在は使用されていない。
周辺施設
日本人にとってのグランド・セントラル駅
在留日本人には、しばしば「グラセン」との略称で呼ばれる。
グランドセントラル駅から発着するメトロノース鉄道沿線、ウエスト・チェスター郡 などは住環境が良好であり、日本人駐在員なども多く居住している。1980年代 後半頃には、グランドセントラル駅を夜10時半から11時頃に出発する電車には、それら郊外の住宅地に帰宅する日本人ビジネスマンの姿が多く見られ、「オリエント・エクスプレス 」とも揶揄された[ 28] 。それらのビジネスマンは電車内で、そろって日本経済新聞 を読んでいたという[ 28] 。
ギャラリー
グランド・セントラル駅(後ろに見えるのは
クライスラー・ビル )
メイン・コンコース
星座の描かれた天井
チケット・ウインドウ
真鍮の時計
ヴァンダービルト・ホール
彫刻 Glory of Commerce
脚注
^ National Park Service (23 January 2007). "National Register Information System" . National Register of Historic Places . National Park Service.
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^ Haikalis, George (November 11, 2006). “Regional Rail Working Group: Streamlining Access to Grand Central Terminal ”. Auto-free.org. 2014年2月3日 閲覧。
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外部リンク