マリナ・カレルギ( Marie-Electa Thekla Elisabeth Christine Helene Sophie Coudenhove-Kalergi von Ronspergheim)(1927年-2000年) - ヨハンと前妻リリーとの一人娘。プラハ生まれ。1954年にアメリカ合衆国生まれの写真家[9]とアリゾナ州フェニックスで結婚し[10]、離婚後、1956年に渡米し、身分を隠しマリナ・カレルギと名乗ってロサンゼルスの石油会社ユニオン・オイル(現・ユノカル)のOLとして勤務したのち、南カリフォルニア大学の教授で弁護士の秘書として暮らした[11]。1960年代末にアメリカの市民権取得。癌により亡くなったのち、銀行の貸金庫から豪華な宝石のアクセサリーセットが見つかり、サザビーズが調査した結果、1820年代にオーストリア王妃ヘンリエッテ・アレクサンドリーネ・フォン・ナッサウ=ヴァイルブルクのためにハプスブルク家お抱え宮廷宝石商が制作したもので[12]、オーストリア王家のイザベラ・フォン・エスターライヒ (1888-1973)が所有していたものを1937年にマリナの父ヨハンが購入したものと判明した[13][14]。宝石は2001年にオークションにかけられ約40万ドルでニューヨークの宝飾店Fred Leightonが落札した。渡米後は独身で子供はなく、宝石の落札金やロスの自宅を含む財産は友人らが相続した[11]。
ゲロルフ・クーデンホーフ=カレルギー(ドイツ語版)(1896年 - 1978年) - ハインリヒと光子の三男[15]。オーストリアのジャーナリスト。7人の兄弟姉妹で唯一、貴族と結婚した[1]。妻はオーストリア=ハンガリー帝国の貴族Pálffy ab Erdöd家出身のSophie Marie[16]。
ハンス・ハインリヒ・クーデンホーフ=カレルギー(Hans Heinrich Coudenhove-Kalergi)(1926年 - 2004年) - ゲロルフの長男。プラハで生まれる。コーネリア・カーター・ロバーツ(Cornelia Carter Roberts、1936年ワシントン生まれ)と1969年に結婚。ロンドンで死没。
ソフィア・ボウイ・マリー・クーデンホーフ=カレルギー(Sophia Bowie Marie Coudenhove-Kalergi)(1970年 - ) - ロンドンで生まれる。2000年にジェレミー・ワインバーグと結婚。
ドミニク・コルネリウス・ヴァレンティン・ゲロルフ・オイゲン・クーデンホーフ=カレルギー(Dominik Cornelius Valentin Gerolf Eugene Coudenhove-Kalergi)(1973年 - ) - ロンドンで生まれる。政治家ヴィンツェンツ・リヒテンシュタインの娘アーデルハイト(1981年ウィーン生まれ、オーストリア皇帝カール1世の曾孫)と2009年に結婚。
カール・ヤコブ・マリア(Karl Jakob Maria)(1928年 - ) - ゲロルフの次男。
^Tomas Kleisner. “The Medals of The Counts Coudenhove”. Academia.edu. p. 152. 2013年6月17日閲覧。 “... JOANNES.EV.S.R.I.COM.COUDENHOVE.KAL.AB.RONSP./ A.D.MCMXVII ... DOMINUS.IN.RONSPERG.ET.STOCKAU.ET.DIANAHOF.”