クラウディオ・マルセロ・モレル・ロドリゲス(Claudio Marcelo Morel Rodríguez, 1978年2月2日 - )は、パラグアイ・アスンシオン出身の元同国代表サッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー(左サイドバック、センターバック)。父親のエウヘニオ・モレル(スペイン語版)もサッカー選手であった。
経歴
クラブ
CAサン・ロレンソ・デ・アルマグロ
パラグアイ出身であるが、アルゼンチン・プリメーラ・ディビシオンのCAサン・ロレンソ・デ・アルマグロからデビューし、センターバックとして起用された。クラウスーラ2001でリーグ優勝を果たし、同年のコパ・メルコスールでは決勝でブラジルのCRフラメンゴを破って優勝した。2002年10月5日、ニューウェルズ・オールドボーイズ戦 (2-1) で初得点を挙げた[1]。2002年のコパ・スダメリカーナでは決勝でコロンビアのアトレティコ・ナシオナルを4-0で破って優勝した[2]。2003年5月2日、プロ初得点と同じ対戦(ニューウェルズ戦)で2得点目を決めた[3]。
ボカ・ジュニアーズ
2004年にボカ・ジュニアーズに移籍し、8月15日のCAラヌース戦 (0-0) でデビューした[4]。ボカではサイドバックにコンバートされて大きく成長し、2004年のコパ・スダメリカーナでは決勝でボリビアのクラブ・ボリバルを2試合合計2-1で破って優勝した。2005年にはレコパ・スダメリカーナとコパ・スダメリカーナで優勝し、リーグ戦でもアペルトゥーラ2005とクラウスーラ2006で優勝した。2006年のレコパ・スダメリカーナではブラジルのサンパウロFCを2試合合計4-3で破って優勝した。2007年2月10日、CAバンフィエルド戦 (4-0) で移籍後初得点を挙げた[5]。12月には日本で開催されたFIFAクラブワールドカップ2007に出場し、決勝ではヨーロッパ代表のACミランに2-4で敗れて準優勝であった。この年の南米年間最優秀選手賞投票ではサルバドール・カバニャスに次ぐ2位となり、年間ベストイレブンに選出された[6]。2008年のレコパ・スダメリカーナ決勝ではアルセナルFCとの同国対決を制し、優勝に貢献した。2008年12月、記者選出のパラグアイ最優秀選手賞を受賞した[7]。2010 FIFAワールドカップのグループリーグ・スロバキア戦に先立つ2010年6月20日、ボカ・ジュニアーズは彼との契約を延長しないと発表した[8]。
デポルティーボ・ラ・コルーニャ
2010年夏、スペイン・リーガ・エスパニョーラのデポルティーボ・ラ・コルーニャに移籍した。2010-11シーズンはキャプテンのマヌエル・パブロの控えとして15試合に出場したが、18位でセグンダ・ディビシオン(2部)降格となった。
CAインデペンディエンテ
2012年7月20日、CAインデペンディエンテに移籍し、アルゼンチンで再びプレーすることとなった[9]。
ソル・デ・アメリカ
2014年8月13日、リーガ・パラグアージャのクラブ・ソル・デ・アメリカ(スペイン語版)に加入[10]。初の母国クラブへの所属となった。
ドセ・デ・オクトゥブレ
2015年3月、ドセ・デ・オクトゥブレへ移籍。
AABMサルミエント
2016年1月26日、CAABMサルミエント(スペイン語版)へ移籍[11]。
CAマデレンセ
2017年4月、トルネオ・フェデラルB(スペイン語版)(アルゼンチン4部)のCAマデレンセに加入した[12]。
代表
1999年にパラグアイ代表デビューした。2002 FIFAワールドカップ・南米予選と2010 FIFAワールドカップ・南米予選に出場し、さらに2010 FIFAワールドカップ本大会に出場した。
タイトル
クラブ
- サン・ロレンソ
- ボカ・ジュニアーズ
- デポルティーボ・ラ・コルーニャ
個人
脚注
外部リンク
パラグアイ年間最優秀選手賞 |
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1990年代 | |
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2000年代 | |
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2010年代 | |
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2020年代 | |
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