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この項目では、バスケットボール選手について説明しています。その他の用法については「アーロン・ブルックス」をご覧ください。 |
アーロン・ジャマール・ブルックス(Aaron Jamal Brooks、1985年1月14日 - )は、アメリカ合衆国・ワシントン州シアトル出身の元プロバスケットボール選手で、現在は指導者。ポジションはポイントガード。身長183cm 体重79kg。ニューヨーク・ニックスのアシスタントコーチを務めている。
来歴
オレゴン大学で4年間プレーした後2007年のNBAドラフトでヒューストン・ロケッツから26位で指名されてNBA入り。2009年2月のメンフィス・グリズリーズ、オーランド・マジックとの三角トレードでレイファー・アルストンがマジックに移籍したのに伴いスターターに抜擢 (この三角トレードでカイル・ロウリーがグリズリーズからロケッツに移籍)。翌2009-10シーズンには、平均19.4ポイントを記録し、MIPを受賞した。しかし2010-11シーズンは不調でロウリーにスタメンを奪われ、2011年2月にゴラン・ドラギッチとの交換トレードでフェニックス・サンズに放出された。
2011-12シーズンはNBAがロックアウトに入ったために、ブルックスは中国に航り、広東サザンタイガースで1シーズンプレーした[1]。
2012年7月、フェニックス・サンズは、ブルックスに提示していたクオリファイング・オファーを取り下げることを発表[2]。ブルックスはサクラメント・キングスと契約した[3]。しかし1年間NBAから離れていたブランクは大きく、ブルックスは2013年2月にキングスを解雇され、古巣のヒューストン・ロケッツと契約。更に2014年2月にはデンバー・ナゲッツに移籍した。
2014年7月、シカゴ・ブルズと2年契約。ニコラ・ミロティッチと共に全82試合フル出場し、ベンチからの得点源としてチームを支えた[4]。
2016年7月10日、インディアナ・ペイサーズと契約した[5]。
2017年9月21日、ミネソタ・ティンバーウルブズとトレーニングキャンプに関する契約を結んだ[6]。
プレースタイル
ポイントガードの中でもシュート優先型の選手であり、アシスト数は平均的。外角からのシュートを得意としており、近年はコンボガードとして各チームから重宝されている。
脚注
外部リンク
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