豊里町(とよさとちょう)は、宮城県北東部にあった町である。2005年4月1日の市町村合併により廃止し、旧町域は登米市の一部となっている。
地理
宮城県北部に位置した町である。北上川、旧北上川、迫川に囲まれたほぼ平坦な地形である。
隣接していた自治体
歴史
平安時代末期から鎌倉時代にかけて、奥州藤原氏一族の居館があり、滅んだ後は、葛西氏の臣族が居住したことが知られている[1]。
寛文7年(1667年)に登米伊達家による新田開発(灌漑水路や土手を含む)が開始される。伊達宗倫の命により、大曲地区の北西側に隣接する登米市米山町桜岡より流来する悪水を排除する目的で秋山源兵衛が指揮して大曲から十五貫の迫川堤防付近まで[2] の土手を築いた[3][4]。
行政
教育
- 中学校
- 小学校
- 幼稚園・保育所
交通
鉄道
道路
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
祭り・イベント
出身有名人
脚注
関連項目