レディ・バード (映画)
『レディ・バード』(Lady Bird)は、2017年のアメリカ合衆国の青春映画。監督はグレタ・ガーウィグ、主演はシアーシャ・ローナンが務めた。
本作は2017年に公開された映画の中でも際だって高い評価を得ており、映画批評集積サイトのRotten Tomatoesで批評家支持率100%を記録していた希有な作品となった[4]。レビュー数が150件を超えてもなお100%を維持している作品は『マン・オン・ワイヤー』(2008年)以来であった[5]。しかし、同年12月10日、196番目のレビューがRotten評価を下したため、支持率は99%になっている[6]。
ストーリー
2002年、大学見学から帰る途中のレディ・バードは、母の運転する車の助手席から飛び降りる。レディ・バードがニューヨーク(「文化のある都会」)の大学に進むことを望んでいたのに対し、母はサクラメント市立大学など州内の大学への入学を求め、口論になったのだ。背景には、カリフォルニア大学バークレー校を卒業しながら就職できない兄(養子)のミゲルと、うつ病にかかり仕事が不安定な父を、精神科に看護師として勤める母が支えている家庭の経済状況があった。
レディ・バードはサクラメントのカトリック系の高校の生徒である。右腕を骨折したレディ・バードは、「Fuck mum」と書き込んだギブスをはめて通学していた。シスター(修道女)の勧めで参加した校内ミュージカルのオーディションで、舞台に立つダニーに惹かれたレディ・バードは、自室のベッドに彼の名前を書き込む。ダニーの相手役が親友のジュリー(ジュリアン)に決まり落胆するが、稽古を重ねるうちにダニーと親密になっていく。レディ・バードの家を訪れたダニーは彼女の両親にも好印象を与えるが、ダニーの言葉から娘が自分たちの家を「線路向こう(スラム)」にあると話していたことを知った母は不快感を覚える。
感謝祭の日、ダニーの家に招かれたレディ・バードは、彼の家が以前から憧れていた家であることを知り、ダニーと結ばれる将来を夢見る。しかし公演を終えた夜、打ち上げで入った店の女子トイレが混んでいたため男子トイレに入ったレディ・バードは、ダニーが男性とキスをしているところを目撃してしまう。あくる日、レディ・バードはアルバイトをしている喫茶店で、オープンテラスで本を読んでいる男性客に声をかけた。彼が以前ジュリーに連れられてギグを見に行ったミュージシャンであることに気づいたのだ。言葉を交わした彼、カイルに好感をもったレディ・バードは、ベッドに書いたダニーの名前を消し、カイルの名前を書き込んだ。
朝の教室でジェンナが自らの性体験を語り、レディ・バードを含む同級生は耳を傾けていた。そこにシスターが抜き打ちの服装検査にやってきて、スカートの丈を短くしていたジェンナは叱責を受ける。レディ・バードはジェンナの仕返しとしてシスターの車にいたずらをしかけ、これを機にジェンナと親しくなる。一方、ダニーと距離をおくために稽古に行くのをやめ、ジェンナと過ごす時間の増えたレディ・バードから、ジュリーは離れていった。或る日、ダニーはコーヒーショップに来店したが、店員としてそこにいたレディ・バードを見て飛び出していく。店の勝手口から出たレディ・バードと対面したダニーは、自らが同性愛者であることを家族に言えない苦悩を伝えた。レディ・バードはそんなダニーを慰めた。
カイルはレディ・バードたちと同じ高校の生徒で、ジェンナの親しい遊び仲間だった。親しくなったレディ・バードとカイルは、ジェンナの家で開かれたパーティでセックスをする。レディ・バードは、カイルが「初めてなんだ」と言ったことからお互いに初体験だと思っていたが、関係を重ねた後になってカイルが童貞ではなかったことを知り傷つく。別の日、ジェンナはレディ・バードが話した住所に基づいて彼女の家を訪れるが、レディ・バードが伝えていたのはダニーの家の住所だった。レディ・バードの家を訪れたジェンナは、彼女を嘘つきと強く責めるが、カイルの恋人だからと関係を断ち切ることはしない。レディ・バードはカイルとプロムに出ることを望み、ジェンナや男友達と共に出かけたが、彼らは揃ってプロムに出ないと言い出す。レディ・バードも一度はそれに応じるが、思い直してジュリーの家まで送ってもらい、落ち込んでいたジュリーとプロムに参加する。
高校卒業後カリフォルニア大学デービス校への進学が決まっていたレディ・バードだが、父の助けを得ながら母に内緒で受験し、補欠合格していたニューヨークの大学から入学許可が届く。レストランでレディ・バードと家族が彼女の大学入学と兄の就職を祝って会食していたところ、ダニーが偶然やってきて、ニューヨークへの進学を漏らしてしまう。怒った母が口を聞いてくれなくなり、レディ・バードは悲しむ。レディ・バードがニューヨークへ発つ日、父は搭乗口まで見送る一方、母は運転する車から降りずに目を合わせようともしない。しかし、母も内心では娘と離れる悲しみに耐え続けていた。娘の乗る飛行機が飛び立つのを車内から見あげた母は涙を流し、合流した父に抱きかかえられた。
ニューヨークに着いたレディ・バードが荷ほどきをしていたところ、くしゃくしゃになった手紙が出てきた。それは、母が夜な夜な書いては捨てていた手紙を、父が拾って娘の鞄に忍ばせたものだった。レディ・バードは手紙を読み、母の思いを知った。大学新入生の飲み会で男子学生に声をかけられた彼女は、レディ・バードではなく本名のクリスティンと名乗る。クリスティンは男子学生の部屋でベッドを共にしようとするが、行為を始める前に激しく嘔吐し、救急車で運ばれる。原因はアルコールの過剰摂取だった。翌朝、日曜日に退院したクリスティンはその足で教会に向かい、合唱団の賛美歌を聞く。父に電話をかけ、留守番電話に両親、ことに母への感謝と、自ら運転する車でサクラメントの街を走ったときの思いを吹き込んだ。
キャスト
※括弧内は日本語吹替
主人公のニックネームの由来
主人公のニックネームであるレディ・バードはレディ・バード・ジョンソン(第36代アメリカ合衆国大統領、リンドン・ジョンソンの妻)に由来するものではない。ガーウィグは「(レディ・バードというニックネームが)どこから湧いてきたのか自分でも分からない」と述べつつも、マザー・グースの童謡の「lady bird, lady bird, fly away home」という歌詞が無意識のうちに頭の中に浮かんだのではないかと推測している[7]。
製作
構想
グレタ・ガーウィグは本作の脚本を執筆するのに丸一年を費やした。出来上がった脚本は350頁を超える長さのもので、『Mothers and Daughters』というタイトルが付けられた[8]。本作はガーウィグの自伝的映画でもあるが、ガーウィグ本人は「映画で起きたような出来事は私の人生で起きたことをそのまま表現しているわけではありません。しかし、映画の核心となる部分には、私が経験したことと重なる部分があります。」と語っている[8]。ガーウィグは俳優たちやスタッフたちに自身の高校時代の日記や写真、ジョーン・ディディオンのエッセイの引用を資料として配付し、彼/彼女らを故郷の町へと連れて行った[9][10]。ガーウィグは撮影監督のサム・レヴィに「思い出のような映画にしたい」「『大人は判ってくれない』や『6才のボクが、大人になるまで。』の女性版になる作品にしたい」と語ったのだという[11][12]。
キャスティング
2015年9月、『マギーズ・プラン 幸せのあとしまつ』のプロモーションのために、ガーウィグはトロント国際映画祭の会場を訪れていた。そこで、彼女はシアーシャ・ローナンに出会った。ガーウィグはホテルの1室でローナンと脚本の読み合わせをした。2ページ目を読んでいる最中、ガーウィグは「ローナンこそレディ・バードを演じるのに相応しい女優だ」と確信したのだという[13]。2016年1月、ローナンの起用が正式に決まった[14]。
脚本を執筆している段階から、ガーウィグはルーカス・ヘッジズを起用することを念頭に置いていた。脚本を読んだヘッジズがダニー役での出演を所望したため、その通りにキャスティングされた[15][16]。また、主人公の母親役にローリー・メトカーフが起用されたのは、彼女が出演している舞台を見たガーウィグが大いに感動したためであった[17]。
2016年9月7日、ジョン・カルナが本作に出演することになったとの報道があった[18]。15日、ジョーダン・ロドリゲスが起用されたと報じられた[19]。
撮影
当初の予定では、本作の主要撮影は2016年3月に開始されることになっていたが、ローナンの舞台出演と重なったため、撮影開始は8月に延期されることとなった[20]。本作の主要撮影は2016年8月20日にサクラメントで始まった。なお、ロサンゼルスやニューヨークでのロケも行われた[21]。
ローナンはレディ・バードを演じるために髪を赤色に染めたが、顔にある面皰を敢えて隠さないことにした。ローナンは「(面皰を隠さないことで)映画におけるティーンエイジャーの顔が実際のティーンエイジャーたちの顔に近付く良いきっかけになると思ったのです。」と語っている[22]。
撮影を行うに当たって、ガーウィグはレベッカ・ミラーから学んだテクニックを大いに活用した。それは予定時間の1時間前に現場に赴き、その日に何が行われるのかを正確に把握することで、スタッフたちを過度に緊張させないようにするというものであった。また、ガーウィグはセット内でのスマートフォンの使用を禁止したが、これはノア・バームバックから学んだ手法であった[23]。
公開
2017年7月、A24が本作の全世界配給権を購入したとの報道があった[24]。9月1日、本作はテルライド映画祭でプレミア上映された[25]。8日には第42回トロント国際映画祭のスペシャル・プレゼンテーションでの撮影が行われた[26]。11日、フォーカス・フィーチャーズが北米以外での本作の配給権を購入したと発表した[27]。10月8日にはニューヨーク映画祭での上映が行われた[28]。
興行収入
2017年11月3日、本作は全米4館で限定公開され、公開初週末に36万4437ドル(1館当たり9万1109ドル)を稼ぎ出し、週末興行収入ランキング初登場26位となった[29]。1館当たりの数字は2017年に限定公開された作品の中でも2位となる数字であり[30]、女性監督の作品としてはアメリカ映画史上最高の数字である[31][32]。公開3週目には上映館238館でありながら、週末に251万ドルを稼ぎ出し、週末興行収入ランキング8位となった[33]。
評価
トロント国際映画祭で上映された際にはスタンディングオベーションが発生した[34]。
本作は批評家から絶賛されているが、特にシアーシャ・ローナンとローリー・メトカーフの演技及びグレタ・ガーウィグの演出には惜しみない賛辞が寄せられている[35][36]。映画批評集積サイトのRotten Tomatoesには169件のレビューがあり、批評家支持率は99%、平均点は10点満点で8.7点となっている。サイト側による批評家の見解の要約は「『レディ・バード』は青年期に生じる葛藤に瑞々しい洞察を加えている。この作品で映画監督・脚本家としてデビューを果たしたグレタ・ガーウィグには、映画製作の才能が十二分に備わっていると分かる。」となっている[37]。また、Metacriticには44件のレビューがあり、加重平均値は94/100となっている[38]。
「ニューヨーク・タイムズ」紙のA・O・スコットは本作を「映画館で上映される作品としては完璧だ」「特に出来が良い脚本であり、言葉遊びや生き生きとした会話が満ちあふれている。全ての台詞が現実の世界の人間が発するであろう言葉に聞こえる。それは『レディ・バード』での俳優たちの演技が実に素晴らしいことを意味している。」と絶賛している[39]。「ハリウッド・レポーター」誌のトッド・マッカーシーは「この作品は小品かもしれないが、野心的な作品である。」「目論見通り、観客を楽しませる痛快な作品に仕上がっている。」と称賛している。また、マッカーシーはローナンの演技を絶賛しており、「いつでもより良くあり続けようとしていると思う」と述べている[35]。
本作に唯一否定的なレビューを投稿したコール・スミシーはB-評価(本来ならばRottenには値しない評価)を下した上で「この作品は完璧な映画からはほど遠い。」「グレタ・ガーウィグの名前から、同作がマンブルコア運動の影響で変な作品になったと予想されるだろうが、そういうわけではない。」と評している[40]。
受賞・ノミネート
出典
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