キングレコードの常務を務めた牧野剛(まきの ごう、1925年 - 2009年8月6日、長崎県出身)もその一人であり、1960年代以降の「音羽たかし」名義の多くを担当していた。牧野は誤嚥性肺炎により2009年8月6日に埼玉県所沢市で84歳で死去したが[5]、訃報は音羽たかしの死去としても報じられた[5][6]。ディレクター時代には、ザ・ピーナッツやペギー葉山を担当[7]。平尾昌晃の「ダイアナ」、ザ・ピーナッツの「情熱の花」、ペギー葉山の「ケ・セラ・セラ」、西城秀樹「愛は限りなく-DIO COME TI AMO-」[8]、などの訳詞や作詞を行った。作品にはあらかわひろし、あらかはひろし等の別名義を含む。