酒井 正親(さかい まさちか)は、戦国時代の武将。酒井雅楽頭家5代当主。松平氏(徳川氏)の家臣で、松平清康・広忠・徳川家康の3代に仕えた。一説に初名は政家とする[1]。
略歴
三河国坂井郷出身。酒井清秀の子として誕生。
天文11年(1542年)12月、家康の誕生時、へその緒を切る胞刀の役を務めた[3]。また、このとき蟇目の役は、舅である石川清兼だった。
主君・家康の初陣に付き従い、その働きを感嘆している[4]。家康が人質として駿府に送られた際には、酒井忠次と行動を共にして駿府に行っている。永禄4年(1561年)に三河西尾城を攻め、落城後に城主となった。
天正4年(1576年)6月6日、56歳で病死。墓地は愛知県岡崎市の龍海院。なお、兵庫県姫路市の姫路神社は、姫路藩主の祖である正親を祭神としている。
登場作品
脚注
注釈
- ^ ただし「政家」と伝えるのは寛政譜ぐらいであり、他の主な系譜・史書では「正親」となっている。
出典
参考文献
- 新編岡崎市史編集委員会 編『岡崎市史』《中世 2》(新編)新編岡崎市史編さん委員会、1989年3月31日。NDLJP:9540743。 (要登録)
外部リンク
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