Hans W. BeckeとCarl F. Wheatleyは1980年に「アノード領域を有するパワーMOSFET (power MOSFET with an anode region)」を米国特許出願している。この特許は「いかなる動作条件でもサイリスタ動作しない (no thyristor action occurs under any device operating conditions)」ことをクレイムしている。これは実質上、素子のすべての動作領域でラッチアップしないことを意味している。
完全なラッチアップの抑制は1984年、中川明夫等がIEDMで論文発表したノンラッチアップIGBTの発明によって初めて実現された[5]。このノンラッチアップIGBTの設計概念は「IGBTの飽和電流をラッチアップする電流値よりも小さく設定する」というもので、1984年に特許出願された[8]。完全にラッチアップしないことを証明するため、1200 V の素子を 600 V のDC電源に直結して負荷なしで 25 μs の期間、素子をオンさせた。600 V の電圧が素子に直接印加され、流れるだけの短絡電流が素子に流れたが、素子は破壊せずに 25 μs 後に電流をオフできた。この素子特性は負荷短絡耐量と呼ばれるものでIGBTで初めて実現された[9]。これによって、Hans W. BeckeとCarl F. Wheatleyによって特許提案された「素子の動作領域全体でラッチアップしないIGBT」が1984年に実現した。ラッチアップが完全に抑制されたノンラッチアップIGBTでは電流密度と電圧の積は 5×105W/cm2 に達した[10]。この値はバイポーラトラジスタの理論限界 2×105 W/cm2 を超えており、ノンラッチアップIGBTは破壊耐量が強く、安全動作領域が広いことが検証された。この結果、IGBTはバイポーラトランジスタを置き換えただけでなく、ゲートターンオフサイリスタ(GTO)をも駆逐した。ノンラッチアップIGBTの実現によってHans W. BeckeとCarl F. Wheatleyの特許がIGBTの概念上の基本特許となり、中川等が発明したノンラッチアップIGBTの設計原理が実際にIGBTを実現する上での基本特許となった。これにより現在のIGBTが誕生した。
1990年代になってからは、IGBTを中心に制御信号増幅回路や電流・電圧・温度といった保護回路、還流用ダイオードなどが1つのパッケージに収められたIPM (Intelligent Power Module) と呼ばれる電子部品も登場している。定番の電力制御回路がまとめられたことによる利便性の向上だけでなく、素子間の配線短縮によるインピーダンスの低下を図れるため雑音低減も期待でき、装置の小型化に寄与し信頼性も高まる。従来のモジュール形状のほかDIPやSIPパッケージなど小型の物も登場し洗濯機、冷蔵庫、空調機器のモータ駆動用などの他、小型汎用インバータなどで使われる。制御をインバータ化することで周波数や電圧を問わず共通仕様のモータが使用できるため生産コスト低減に寄与している。
脚注
^Scharf, B.W.; Plummer, J.D. (1978). SESSION XVI FAM 16.6 - A MOS-Controlled Triac Devices. IEEE International Solid-State Circuits Conference. doi:10.1109/ISSCC.1978.1155837。
^ abBaliga, B. J.; et al. (1982). The insulated gate rectifier (IGR): A new power switching device. IEEE International Electron Devices Meeting Abstract 10.6. pp. 264–267.
^ abRussel, J.P.; et al. (1983). “The COMFET—A new high conductance MOS-gated device”. Electron Device Lett. (IEEE) 4 (3): 63–65. doi:10.1109/EDL.1983.25649.
^B. J. Baliga, "Fast-switching insulated gate transistors", IEEE Electron Device Letters, Vol. EDL-4, pp. 452-454, 1983
^ abNakagawa, A. (1984). Non-latch-up 1200V 75A bipolar-mode MOSFET with large ASO. IEEE International Electron Devices Meeting. Technical Digest. pp. 860–861.
^Baliga, B. J. (1983). “Fast-switching insulated gate transistors”. Electron Device Letters (IEEE) 4: 452-454.
^Goodman, A. M.; et al. (1983). Improved COMFETs with fast switching speed and high-current capability. IEEE International Electron Devices Meeting. Technical Digest. pp. 79–82.
^中川他、特許1778841、特許1804232、A.Nakagawa, H. Ohashi, Y. Yamaguchi, K. Watanabe and T. Thukakoshi, "Conductivity modulated MOSFET" US Patent No.6025622 (Feb.15, 2000), No.5086323 (Feb.4, 1992) andNo.4672407 (Jun.9, 1987)
^A. Nakagawa et al., "Experimental and numerical study of non-latch-up bipolar-mode MOSFET characteristics", IEEE International Electron Devices Meeting Technical Digest, pp. 150–153, 1985
^Nakagawa, A. (1987). “Safe operating area for 1200-V non-latch-up bipolar-mode MOSFETs”. IEEE Trans. on Electron Devices34: 351–355.