「渚の誓い」(なぎさのちかい、Making Love Out of Nothing At All)は、ジム・スタインマンが作詞、作曲し、オーストラリアのソフトロック・バンドであるエア・サプライが1983年のベスト・アルバム『グレイテスト・ヒッツ』で最初にリリースした、パワー・バラードの楽曲。アメリカ合衆国のBillboard Hot 100では、3週間にわたり2位となったが、この間に首位だったのは同じくジム・スタインマンが手がけたボニー・タイラーの「愛のかげり (Total Eclipse of the Heart)」で、スタインマン作品が頂点の2曲を占めることになった。
この曲は、他の数多くのアーティストたちによってカバーされており、その中で最も成功したのはボニー・タイラーによるものだった。
背景と録音
この曲は、ジム・スタインマンが音楽を担当した1980年の映画『A Small Circle of Friends』のために書かれたテーマ曲をもとに、改作されたものである[3]。
この曲は、その後、1983年のうちに楽曲を追加して発表されたもう一つのベスト・アルバム『Making Love... The Very Best of Air Supply』にも収録された。シングルのB面は、「レイト・アゲイン (Late Again)」であった[4]。エア・サプライは、その後の様々なベスト・アルバムやライブ・アルバムにこの曲を収録しており、2005年のアルバム『The Singer and the Song』には、アコースティック・バージョンを収録した[5]。
スタインマンは、「愛のかげり」とともにこの曲を、ミートローフのアルバム『真夜中の彷徨 (Midnight at the Lost and Found)』のために提供したが、ミートローフのレコード会社はスタインマンに楽曲使用料を支払うのを拒んだため、結局ミートローフは自分でアルバムのために代わりの楽曲を書くことになった。その後、これらスタインマンの曲はボニー・タイラーとエア・サプライに提供された[6]。
1983年の時点で、エア・サプライは、サポート・ミュージシャンの編成を、スタジオでもツアーでも、それまでの体制から大幅に再編していた。しかし、豪華なロック・オペラ的なプロデュースで知られるスタインマンは、ブルース・スプリングスティーンのEストリート・バンド(英語版)のメンバーであるキーボードのロイ・ビタン(英語版)とドラムスのマックス・ワインバーグ(英語版)を迎え、レコーディングにおいて音楽面でスプリングスティーン同様のエネルギーを盛り込んだ。1970年代にグラムロックのアイコンだったリック・デリンジャーがエレクトリック・ギターのソロを担当しており、これによって「渚の誓い」は他のほとんどのエア・サプライの楽曲とは大きく異なったサウンドになっている。
ミュージック・ビデオ
エア・サプライのバージョンには、複数のビデオが存在する。
ひとつのバージョンでは、1960年代のニューヨークを舞台に、兵士と若い女性が、関係を結ぶ中で様々な困難に直面する展開を見せながら、合間にバンドが演奏する場面が挿入されている[7]。
チャート
パーソネル
+ 当初、1983年にアルバムが発表された際には、スティーヴ・バスロウの名前はクレジットされていなかった[10]。しかし、その後、この誤りは訂正された[11]。
ボニー・タイラーのバージョン
この曲は、後に、ウェールズ出身の歌手ボニー・タイラーによってカバーされ、彼女のアルバム『Free Spirit』に収録された。このバージョンは、言葉のないコーラスで始まり、雷鳴と鐘の音が響き、それに続いてピアノの旋律が流れ始める。ピアノの旋律にかぶせて、タイラーの母であるエルシー・ホプキンス (Elsie Hopkins) が歌う、プッチーニの『蝶々夫人』のアリア「ある晴れた日に (Un bel dì vedremo)」の抜粋が流される[12]。
Allmusic は、このバージョンについて、「素晴らしい、8分近い大作で、完璧に彼女の声に合っているようだ。(エア・サプライのバージョンで)この曲は既に偉大な曲であるが、彼女のバージョンも格別である。(fantastic, clocking in at nearly eight minutes, and seems perfectly suited for her voice. [Air Supply's] version was already great, but hers is awesome.)」と述べている[13]。このバージョンの制作は、スタインマンとともにスティーヴン・リンコフ(英語版)が共同プロデューサーとして関わり、ニューヨークのザ・ヒット・ファクトリーで行われた。
歌詞
タイラーのバージョンでは、歌詞の一部が書き換えられており、このタイラー版の歌詞は、さらに後にカバーしたカリーン・ハナー (Karine Hannah) にも踏襲された。
ロリー・ドッドのデモ・バージョン
1982年にロリー・ドッドが歌ったバージョンも存在している。伴奏は、スタインマンのピアノだけで、スタインマンはイントロやブリッジの所で、何種類かのバリエーションを試みながら弾いている[14]。
歌詞
ブリッジに続いて、エア・サプライ版にはない2連の歌詞が歌われ、その後に、エア・サプライ版の最後の2連が歌われる。タイラー版の歌詞は、用いられていない。
チャート
脚注
外部リンク