安田 幹太(やすだ みきた、1900年1月2日 - 1987年5月16日)は、日本の法学者、政治家[1]。九州国際大学(元・八幡大学)名誉学長。法学博士。元衆議院議員。末弘厳太郎門下。
略歴
研究内容・業績
研究者として
- 東京帝国大学では末弘厳太郎に師事し民法を専攻した。近代民法学の研究をリードし、新制八幡大学の再建と発展に尽力した。
- 末弘らが設立した日本最初の無料法律相談所「東大セツルメント」に参画した[3]。八幡大学においても一般市民への奉仕を目的とした法律相談部の設立(1953年2月)に助力し中核となった。
- 安田は民法学における権利の本質を、権利と救済との態様は異質であるため両者を区別し理解するべきとの権利二元論を構築した。即ち従来の権利学説である意思説・利益説の立場を否定し、物権の本質に於いて持分権理論、賃借権の本質に於いて賃借権物件論、相続回復請求権に於いて形成権理論へと体系化し理論展開した[4]。
新制八幡大学
- 1955年、八幡大学学長に就任した安田は前年に起こった学内紛争(前学長・宇賀田順三と一部教授陣との人事確執)後の学園危機、財政難を立て直した(北村徳太郎の大学支援、村上巧児の理事長就任、学校法人八幡大学の設立)[3]。
- 1970年11月、八幡大学正面玄関大ホールに胸像が建造される[5]。
政治家として
人物、交遊
著書
- 『借地借家法原理』(判例タイムズ社、1963年)
- 『訪韓記』 (自費出版、1964年)
- 『民法雑考』(八幡大学法経学会、1970年)
- 『随筆 弁護士の弁外』(八幡大学社会文化研究所、1970年)
- 『民法論文集 上・下』(八幡大学社会文化研究所、1970年)
- 『賃借権の本質』(八幡大学社会文化研究所、1973年)(論文発表1938年 東京大学法学博士授与1942年)
- 『独立独歩 私の歩んだ道』(浪速社図書出版、1981年)
論文
国立国会図書館 NDL 安田幹太
参考文献
- 『八幡大學新聞』16号 (1953年5月10日発行)
- 『安田民法学 法学博士安田幹太理事長退任記念論文集』松隈清編集発行(八幡大学社会文化研究所、1984年)
- 『九州国際大学五十史』 (学校法人九州国際大学、1997年)
脚注