学力偏差値(がくりょくへんさち)とは、学力試験の受験者の得点が、受験者全体の中でどの程度高い(低い)位置にいるかを示す偏差値。
定義
統計学に基づいて定義され、標準得点の一種である。学力試験の得点分布が正規分布に従うと仮定しており、上位何%にいるか(受験者の得点が受験生全体の中でどれくらい高い・低いか)を知ることができる。
データを標準化する(平均と標準偏差を一律にする)ことで、満点点数や母集団が異なる試験同士でも一律に比較でき、「個々の学力試験の学習到達度」「受験における合格可能性の判定」に利用される[1]。
算出方法に関しては
平均偏差値とボーダー偏差値
大学受験などにおいて、大手予備校が公表しているものには「平均偏差値」と「ボーダー偏差値」が存在する。どちらも各予備校が模試を受けた受験生に対し、追跡調査を行い「模試の成績」と「各大学の受験結果(合否)」を照らし合わせ算出するが、両者が示すものは全くの別物である[2]。
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平均偏差値
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ボーダー偏差値
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意味・用途
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当該大学合格者の平均学力 (「当該大学合格者」の「前年の模試における偏差値」の平均値)
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合否確率の予想値 (「当該大学の入試」において「合否確率が半々 (50%)」になる偏差値)
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主な使用機関
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駿台ベネッセ※1[3][4]や東進ハイスクール※2[5]などが使用。またかつての代々木ゼミナール※3[6]も使用 ※1「成績データは、駿台予備学校・ベネッセコーポレーションの合否結果追跡調査」であり、「合格者平均をどれだけ上回ったかで合格可能性を出している」と説明あり ※2「受験生のうち、大学合格者のみのデータを使用」と説明あり ※3 合格者平均を基に設定し、合格者平均偏差値に達した場合の合格可能性はおおむね60%である」と説明有り。
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河合塾が使用[7]
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留意・注意点
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「合格者の平均」であり「入学者の平均」ではない[8]
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- 合格者の学力を示したものではない
- 「学力平均値」とは乖離があり、特に平均学力が同じだとしても、競争率(倍率)が上がれば、ボーダー偏差値は上昇しやすい[2]。
- (例)大学A(競争率3倍)と大学B(競争率1.5倍)の比較[9]
- 大学A (合格者平均)57→(50%ボーダー)57.4
- 大学B (合格者平均)57.6→(50%ボーダー)52.5
- 精度[8][10][2][7]
- 「不合格者のデータ」を、「合格者のデータ」と同等の精度で集める必要があるが、サンプルが集めにくい
- 近年の大学入試は、募集単位が細分化されて個々の入学定員も小さくなっている。それに加えて、少子化に伴い募集単位ごとの志願者数が少なくなった結果、データが不十分なケースが増えている[8][10]。
- 実際に 統計学的に合否確率が50%になる地点を算出するのは困難であるが、河合塾においては、合格者数と不合格者数が「近い割合」になる地点が「ボーダー偏差値」として設定されている。しかし、偏差分布の中から、どの地点をボーダーに選ぶかは、厳密な基準があるわけではなく(※)、ほぼ一意に定まる平均偏差値と比べると、「妥当だと判断し~、加味して」など、主観的で曖昧な要素が含まれていると思われる。
※分布の中に「合格者数と不合格者数が近くなる地点」が存在しない場合や、逆に、その地点が複数存在するケースも有り得る[2][7][10]。
- 偏差値操作
- 学校による偏差値操作の効果が、特に現れやすい[11]。
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問題点
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- ボーダー偏差値を利用したネットにおける誹謗中傷
- 合否の分かれ目となる偏差値のボーダーラインが設定できないような大学を、河合塾が「ボーダー・フリーの大学」と呼んだことに由来し、ネット掲示板やブログで、特定の大学(※)のことを「Fランク大学」または「Fラン」と呼んで、馬鹿にしたような書き込みが行われるようになった。
- ※「低偏差値」「低知名度」の大学として、一般的には「日東駒専」「産近甲龍」以下の大学を指すことが多く、本来の「ボーダー・フリーの大学」とは異なる。
- これらの行為は、人に対して『バカ』『アホ』と言っているのと同様といえ、名誉毀損罪(230条)もしくは侮辱罪(231条)に抵触する可能性がある[12][13][14]。
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大学ブランドと偏差値信仰、その破綻
日本においては、「入学難易度の高い学校=良い学校」という「各大学の入学に必要な学力偏差値の高さ=各大学のブランド」としての意味合いを持ってきた。
学力偏差値が、日本で導入されたことによって全国の大学が分かりやすくランキング化され、東大を頂点とするヒエラルキーが出来上がり、大学のブランドは、偏差値のランキング中心で形づくられるようになった。
その結果、受験生は「偏差値の高い大学へ行けば、卒業した後によい企業に就職することができ、将来の収入が高くなる」と考え、また雇用者側は労働者の能力を出身大学の偏差値で判断することにより、「偏差値の高い大学・学部」に合格することが目的化し、偏差値を軸に大学を選ぶ時代が続いていた[15][16][17][18][19]。
偏差値操作
受験生が学校を選ぶ指標として、上記のような「ブランドとしての学力偏差値」が使用される実態があり、多くの学校が「偏差値操作」を行っている実態がある[16]。
- 基本原理
- 「受験予備校が各大学の偏差値比較に用いる偏差値・メディアに掲載される偏差値を『意図的に操作し高くする』こと」である。大学が「複数ある入試回・方式」を用意していても、受験予備校やメディアが注目・掲載するのは「メイン方式」や「偏差値の最高値」のみなので、それらの方式の偏差値を「意図的に上げる」ことで「レベルの高い大学・人気のある大学」と受験生などに認識されることで宣伝になり、大学の価値を上げようとする企みである。
- 合格者数を高いレベルの受験生に絞り込むことで「合格者平均偏差値」においても「ボーダー偏差値」においても、実態より高い数値に操作できる。その「合格者」は、より高いレベルの大学に合格しているため、当該大学には入学しないが、他の方法(メディア掲載や予備校が大学比較に用いない方式)で学生を確保する。対外的に示す「偏差値を出すこと」と「実際の学生確保」を別個に行っている[20][11][21]。
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偏差値操作の方法と効果
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方法①
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- (入試方式の多様化・複雑化)[16]
- メイン方式以外にも、非常に多くの入試方式を設け、それらの方式で合格者を多く出すことで、メイン方式の合格者数を絞り込むことが可能であり、これを利用した悪質な偏差値操作が、一部の学校により行われている。
- 【例】[20]
- 複数回の入試日程を設定し、各回の募集人数に傾斜をつける。
- 特定の回(メディアに掲載される偏差値)の合格者を極端に絞り込む。
- 意図的に、高い学力をもっていると思われる受験生のみに合格を出す。
- 不合格になった受験生を、他の回の入試を受けるように誘導する(受験料優遇措置などの制度を用意するなど)。
- そこで合格を出し、入学者数を確保する。
- この方法による偏差値操作は、特に「ボーダー偏差値」で効果が現れやすい[11]。
- ※入試日においても、たとえば、2月1日にはたくさんの入試が実施されるため、それだけ人気が分散し、1校あたりの入試難易度は低く出る傾向にあり、逆に競合校が少ない日程では人気が集中しやすく、入試難易度が高くなる傾向がある[20]。
- (対策)「偏差値」を見る際には、その方式の「募集定員」や「合格者数」などを確認する必要がある[21]。
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方法②
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- (AO入試や推薦入試の枠の拡大)[16][22]
- AO入試や推薦入試で学生を確保することで一般入試の倍率を意図的に操作しやすくなる[23]。2017年度時点では、私立大入学者の半数以上が推薦・AO(推薦40.5%、AO入試10.7%)で大学に入学している[24]。中堅以下の私大では約7割に上る[25]。
- (問題点)「英語の音読をすれば一発でAO入試組だと分かるほど基礎学力が低いケースが多い(川成洋[26])」「受験による、挫折も大きな成功体験もないまま学生生活を送ることでの精神的未熟さ[27]」などが挙げられている。少子化で受験生が減っている現状を受け、学生確保・偏差値維持のために、学生の質が落ちることを承知していながら、多くの大学が推薦やAO入試を拡充している[22]。
- (事例)文部科学省による2017年度調査の調査では、推薦入試で定員の5割以上の合格者を出していることが発覚した武蔵大学に対し、是正意見(早急な改善を求める)が出された[28]。また、AO入試による入学者が多い大学・学部の学生の採用を避けている企業がある[27]。
- (対策)AOや推薦入試には良い面もあるが、各大学は推薦入試の割合や基準を公表するなど「透明性」を高める必要がある[25]。上記のような要因により、学生の学力低下を憂慮した文部科学省は、2009年に「推薦入試やAO入試には、応募に際し各種条件を課す」ように促す通達を出したが、あくまでガイドラインのため効力は薄いとされている[25]。
- 年内入試を用いた大学入試のルール無視の横行
2024年12月に東洋大学が実施した新方式の入試方式(年内入試)が、文科省が公表する「大学入学者選抜実施要項」に違反しており「ルール違反である」旨の通告を文部科学省から受けた。
試験に先立つ10月時点で、同様の入試を行っていた大東文化大学とともに、文科省から注意を受けていたにもかかわらず、12月に当該の入試を実施しており、その後、文科省より再度、警告を受けた。
今回、文科省が東洋大に忠告を行った理由は苦情が多く寄せられたためであるが、同様の入試は、関西を中心に他大学の間でも行われており、首都圏の規模が大きな大学がやり始めると雪崩を打つように全体の日程が崩れかねなく、文科省は「高校での学びに大きな影響が出る問題だと考えている。ルールに疑問があるなら徹底した議論をする必要がある。まずは協議会で合意したルールを守るべきだ。大学入試のルール無視の横行に歯止めをかける」とし、大学入試の実施要項で「2月1日から」と定めた学力試験の期日を順守するよう全国の大学に通知した[29][30][31]。
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方法③
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- (付属校からのエスカレーター入学)[16]
AO入試や推薦入試と同じ理由で、一般入試の倍率を意図的に操作しやすくなる。学生が就職活動を行う際、採用側は付属出身者に対して警戒しており、出身高校をチェックしているケースがある[25]。
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「偏差値=大学のレベル」の指標としての破綻
以下の要因により一般選抜を想定している「偏差値」は、「その大学のレベルを表すもの」ではもはやなくなっている[10]。
2022年時点で、河合塾の数学科講師は、実態は偏差値50の大学が偏差値60として算出されるなど、「大部分の私立大学の偏差値は崩壊している」と指摘している[32]。
予備校が出す大学の「学力偏差値」は2月~3月に行われる「一般入試(学力により合否が決まる)」の結果によるものだが、大学の間で「年内入試(9〜12月に実施・合否が出る推薦入試)」により受験生を確保する「囲い込み」が広がっている。
一般入試で大学に入学する割合は、2000年代前半では7割程度だったが、2021年時点で半数程度になり、2023年度入試の結果としては私立大学の入学者中の4割程度になっている[33]。
高校側も「明治大学の系列校化により、卒業後に7割が明治大学に推薦合格をする体制を目指す」日本学園高校や、生徒100人に対して、400人分以上の指定校枠を揃える横浜女学院など、「指定校推薦を増やすことが生徒募集の強みになる」「一般入試で複数校を受けるより推薦1校で決まれば受験費用も安く済む」など年内入試に移行している[34]。
年内入試が広まるにつれ、一般入試の難易度を示す学力偏差値の意味は薄れ、リクルート進学総研所長は「大学選びの軸が偏差値しかない時代ではなくなった」としている[34]。
18歳人口は1992年時点では205万人だったが、2024年では106万人とほぼ半減している。受験人口が多いと、ある一定の学力よりも上の層だけを対象に有意差を生むような出題ができるなど、競争試験としての模試が機能しやすい環境が可能となるが、現在は、18歳人口が減少する一方で、大学入学定員は増加しており、大学入試における競争率が大幅に低下している[10][35]。
①高校卒業者数/ ②大学進学希望者数/ ③大学入学定員/ ④大学進学者数[36]
- 2000年代前半(①約130万人/ ②約75万人/ ③約54万人/ ④約60万人)大学進学率:約40%
- 2019年 (①約106万人/ ②約67万人/ ③約61万人/ ④約63万人)大学進学率:約54%
2014年、「私立文系」および「浪人生」に強みを持ち「三大予備校」の一つとして数えられた「代々木ゼミナール」は、「少子化による受験生の減少」「現役志向による浪人生の減少」「私立文系の人気低下」により、規模縮小を行い、全国模試を廃止し、大学偏差値の公表も撤退している[37][38]。
偏差値による序列化をコンテンツにしたSNS表現の過熱
学歴こそを人の評価の基準とすることに強いこだわりを持つ者は「学歴厨」と呼ばれている[39][40]。動画サイトの普及に伴い近年、YouTubeなどにおいて、人を学歴だけで賞賛したり嘲笑したりすることをコンテンツとする動画が発信されるようになり、そのような動画の再生数が伸びる一方、批判の声が上がっている[41][42][43][44][45]。
日本での使用状況
現在の日本では、学力偏差値は中学受験、高校受験、大学受験などを含む学力試験で広く用いられている。中学受験では、大手塾は、模試での得点分布を元に、各中学校の「合格可能性80%偏差値」を算出し、公開している[46]。
- 1957年(昭和32年)[47][48]
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- 東京都港区立城南中学校(当時)理科教員であった桑田昭三により考案された。勘[47]を依りどころに行われていた「志望校判定会議[注釈 1]」における日比谷高校の合格判定を、より科学的、合理的に割り出すために考案された[注釈 2]。当時、生徒には自分の偏差値を秘密にするよう指導していた(後述)が「あの中学では桑田先生が考案した画期的な方法で受験指導をしているらしい」という噂が徐々に広まり、偏差値の存在が知られるようになる。
- 1963年
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- 城南中学校出入りのテスト業者である進学研究会は「偏差値計算をする」と言い、桑田は進学研究会に転職し、偏差値を社内で啓蒙する。間もなく偏差値は、点数と順位に代わって、テストの成績や進学情報を表す主要な方法となる。
- 1965年ごろ
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- 1970年代前半
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- 全国津々浦々の地方の業者テストや学習塾などにまで広まるようになる[50]。生徒の受験校を偏差値によって切り分けるような「輪切り」と呼ばれる進路指導がなされるようになる[49]。
- 1993年2月
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- 偏差値は特に中学校で批判を浴びるようになるようになり、文部省(当時)が「(中学校で)業者テストによる偏差値等に依存した進路指導は行わないこと」[51]を国公立教育行政機関に通達する。これにより、国公立中学内での業者テスト(模試)の実施が禁止になった。
日本における学力偏差値導入について諸説
大前研一が当時首相だった中曽根康弘のアドバイザーを務めていた際、あさま山荘事件が起き「(それにより)また学生運動が盛んになりませんか?」と大前が中曽根に尋ねた際、中曽根は「心配いりません。学力偏差値を全国的に導入して、政府に逆らう学生が出ないようにしていますから」と即座に言ったとされる。これは、
偏差値というものは「○○大学のおまえは偏差値50の分際だ」と、自分の位置づけを上から目線で強烈に意識させることにより、偏差値が全国的に普及すれば、「おれは優秀だ」という勘違いから、政府に楯突く学生はいなくなる
というものであるとされる[52]。
また、大前は安保闘争(学生運動)を経験した当時の政治家から、学力偏差値を導入するよう日本国政府に圧力をかけたのは、在日米軍(アメリカ合衆国連邦政府)と直接伝えられたという[53]。
日米安保条約締結の反対運動によって、繰り広げられた安保闘争が日本の将来を担う大学生中心だったことから、日本全国の大学生は在日米軍の監視対象となったとされ、在日米軍の研究により大学における学力偏差値が高い学生ほど親米派、低偏差値ほど反米派だったことが判明したと言われている[53]。
諸外国でも導入されていない偏差値によって格差と差別を見えやすくして[注釈 3]、日本を今後もアメリカ合衆国への従属(対米従属)する優れた人材を主体とした国家を育成する目的があったとされる[53]。
学力偏差値使用についての賛否
国公立中学においては、前述の通り、1993年2月の文部省(当時)の通達[51]により、業者テスト(模試)の実施、および生徒の希望や適性を無視し、その学力偏差値によって受験校を決めるのは禁止となっており、実施されていない。
- 森口朗(教育評論家)は、『偏差値は子どもを救う』(森口 1999)で偏差値で学力を測定することの妥当性と限界を示した。
- 桑田昭三(開発者)は、生徒の能力を決めてしまうことにつながりかねないため、開発当初も、啓蒙時も、偏差値は生徒に知らせるべきでないと考えていた。しかし、偏差値は生徒に努力目標を明確にさせるのに便利であり、多くの学校教員は、生徒に自分の偏差値を知らせた。結果、学力偏差値が悪者扱いされてしまったことを、心底残念に思っている[54]。
- 朝比奈一郎(元通産省官僚)は、昭和の後半から平成の時代にかけて顕著だった偏差値教育について、科挙と同じような弊害を日本にもたらしたのではないかと指摘している[55][56]。
海外での使用状況
海外では、使われておらず[57]、学力偏差値の指標を使用しているのは、世界で日本のみである。入試が非常に厳しい台湾、中国、韓国、インドなどでも偏差値は使われていない。桑田は、上級学校に合格することは、海外では自己責任であり、親も子も学校の教員に頼り、教員もそれに応えるのが職務であるかのように思っている国は、日本しかないのではないか、とインタビューで答えている[58]。
脚注
注釈
- ^ 12月中旬に行われていた。
- ^ コンピュータが普及していなかった当時、桑田はテストごとに生徒一人一人の偏差値を一人で手作業で計算していた。
- ^ 学力偏差値導入によって、高偏差値(親米派)が低偏差値(反米派)を直接罵倒や差別などを助長させ、社会的地位を獲得させ米軍基地反対の声を抑え込むこと。
出典
参考文献
関連項目
外部リンク