|
この項目では、かつて兵庫県に存在した自治体について説明しています。宮城県石巻市の地名については「南光町 (石巻市)」をご覧ください。 |
南光町(なんこうちょう)は、兵庫県中西部にあった町。佐用郡に属した。ヒマワリの郷として本州最大級のヒマワリ畑を誇り、ひまわり祭りの時には観光客が約15万人も訪れていた。日本共産党員である山田兼三が25年間、町長を務めた革新町政だった。
2005年10月1日に南光町・三日月町・上月町・佐用町の4町が対等合併して佐用町となり、消滅した。
地理
- 千種川中流域に沿った、南北に大変細長い町域。
- 町名は船越山南光坊瑠璃寺に由来する。
隣接していた自治体
歴史
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行の際、佐用郡徳久村、中安村、宍粟郡三河村が発足。
- 1955年(昭和30年)7月20日 - 徳久村、中安村、三河村が合併し、南光町発足。
- 1966年(昭和41年)4月1日 - 船越山が県観光百選に選ばれる。
- 1971年(昭和46年)5月20日 - 兵庫県立昆虫館設立
- 1975年(昭和50年)9月3日 - 上三河農村舞台が国の重要文化財に指定される
- 1980年(昭和55年)10月5日 - 南光町長選挙・山田兼三初当選
- 1981年(昭和56年)
- 4月16日 - 救護施設「南光園」完成
- 5月25日 - 南光町国際障害者年推進本部発足
- 1983年(昭和58年)
- 5月14日 - 文化センター完成
- 6月1日 - 歯科保健センター開設
- 12月2日 - 第1回健康まつり開催
- 12月9日 - 「南光町福祉の日」制定、第1回福祉の日の集い開催
- 1984年(昭和59年)
- 3月28日 - 漆野光福寺の大イトザクラが県指定文化財に指定される
- 9月15日 - 南光町長選挙・山田兼三再選
- 1985年(昭和60年)
- 6月28日 - 第1回歯科保健大会を開催
- 11月2日 - 町長憲章、南光音頭を制定
- 1986年(昭和61年)
- 1988年(昭和63年)
- 3月26日 - 瑠璃寺の不動明王坐像が国の重要文化財に指定される
- 3月31日 - 「南光町昔むかし」「南光町の歴史の道」発行
- 9月6日 - 南光町長選挙・山田兼三無投票で3選
- 1989年(平成元年)11月1日 - 老人保健施設「ハイムゾンネ」開設
- 1990年(平成2年)
- 7月22日 - 「ひまわりの里・みかわ」開園
- 9月30日 - スポーツ公園「若鮎ランド」完成
- 10月6日 - 「みなくるカーニバル」開催
- 1991年(平成3年)
- 2月17日 - 「若あゆロードレース大会」開催
- 12月12日 - 瑠璃寺にジャンボ絵馬設置
- 1992年(平成4年)
- 4月1日 - 南光町がひまわりの里で「農村景観百選」に選ばれる
- 9月13日 - 南光町長選挙・山田兼三4選
- 4月1日 - 身体障害者施設「シャイン」開設
- 1994年(平成6年)8月12日 - 「南光町史」第1巻「原始・古代編」を発行
- 1995年(平成7年)
- 2月5日 - 瑠璃寺で第1回絵馬コンクールの表彰式が行われる。
- 5月15日 - 「ひまわり館」が完成
- 10月22日 - 町の鳥に「カワセミ」を制定
- 2005年(平成17年)
- 2月15日 - 南光町・三日月町・上月町・佐用町の合併協定調印式を佐用町で行う。
- 10月1日 - 三日月町・上月町・佐用町との対等合併により佐用町が発足し消滅。
行政
町長
- 山田兼三(1980年-2005年)
- 初当選時31歳で町外在住だったこと、町内で「8020運動」の普及に尽力したことなどから話題となった
地域
教育
交通
鉄道路線
道路
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
- ひまわり祭り
- ひまわりの里
- 南光ひまわり館
- 若あゆランド
- 南光自然観察村
- 船越山 モンキーパーク
- 南光坊瑠璃寺 - 728年(神亀5年)行基による開創と伝える古寺、高野山真言宗別格本山、播磨西国三十三箇所第11番および新西国三十三箇所第33番札所、大護摩会式は2月第一日曜日
- 常福院
- 兵庫県立昆虫館
- 農村舞台
- 子ども歌舞伎
- 武者踊り
- 天一神社(延喜式内社.弥生時代に創立されたと伝えられている)
- 大イトザクラ
- 雪花姫の墓
出身有名人
- 2003年、初当選した[1]。
脚注
- ^ a b 大かわら鈴子、日本共産党神戸市会議員団公式サイト。
関連項目