イングランドの叛逆者に行われる処刑は、まず絞首(hang)するが、絶命する直前に放し、解体台に移した後に内臓の抉り出し(drawn; 生殖器の切除、腸の抜き取りなど腹部の臓器を摘出、摘出した臓器や肉片を火にくべる描写や記録が残っている。腸抜きは前述のウインチ巻取りが応用され、その他腎臓・膵臓・肝臓・脾臓・胃などが切除摘出され、最後は心臓を摘出される)が行われ、十分に苦痛を与えた後に首を刎ねられ(この時点で受刑者は絶命)、最後に屍体を4つに分断し(quartered)、城門の各所に晒すというものだった。この方法は首吊り・内臓抉り・四つ裂きの刑(hang, drawn and quartered)とも呼ばれ、ウィリアム・ウォレスやジャコバイトの叛乱分子、爆破未遂事件で有名なガイ・フォークス等がこの方法で処刑された。刑罰名称になっている「四つ裂き」の部分は、絶命後の処置方法であり、死後の付加刑(不名誉刑)の一種であり、本刑罰の残虐性と苦痛の本質は、2段階目の「内臓摘出」がメインであることに注意を要する。エドワード一世の時代から本格的に用いられ、18世紀末まで反逆罪に対する極刑として君臨し、刑の詳細な様相・手順が比較的明瞭に記録に残っているとされる。凌遅と並び、人類史上における最も残虐・非人道的な刑罰であるといえる。
なお、イングランドの場合四つ裂き(quartered)は、hanged, drawn, and quartered (またはhanged, boweled, and quartered)と呼ばれる処刑法を指し、「#刃物等で人体を切り刻む方法」に別途記述のあるとおり、方法としては解体刑の部類に属す処刑法で、動物などを用いた引裂刑ではない。また、古代ギリシャにはたわめた2本の木の間に罪人を逆さ吊りに縛りつけ、木を固定したロープを断ち切り、弾力で罪人の股を裂く処刑法があった。これは「松の木折り」と呼ばれる方法である。やはりこれも、動物は使われない。ギリシャ神話に登場する盗賊・シニスは、旅人を捕えては2本の松の木の間に縛り付け、曲げた幹の弾力で股裂きにしていたという。8世紀、キエフ公国の大公だったイーゴリ1世は支配する部族に捕えられ、たわめたカバノキの幹の弾力で股裂きにされた。