伊佐 耕平(いさ こうへい、1991年11月23日 - )は、兵庫県出身のプロサッカー選手。Jリーグ・大分トリニータ所属。登録ポジションはフォワード。マネジメント会社はバイプレーヤーズ[2]。
神戸科学技術高校では3年次に全国高等学校サッカー選手権大会に出場したが、1回戦・青森山田高校戦の前半20分に負傷交代すると前十字靭帯断裂と半月板損傷と診断され[3]、3月に手術を行った。
2010年に大阪体育大学に入学し、サッカー部に入部(同期は池永航、山本大稀)した後も前述の手術の影響により、リハビリに時間を費やす形となった[3]。更に翌年3月には右膝の靭帯を断裂し[3]、2年次までは公式戦の出場機会は無かった。怪我の癒えた大学3年時の2012年より出場機会が増え、2013年は2学年下の澤上竜二とのツートップでチームの総得点数の半分以上をマーク[4]。伊佐自身は9得点10アシストをマークし、同大学の24年振りの関西学生リーグ1部制覇に貢献。インターカレッジでは4試合3得点を記録し[5]優勝に貢献した。同大会時点では卒業後の進路は未定であったが、翌2014年1月16日にJ2・大分トリニータへの加入内定が発表された[6]。
2014年、大分トリニータに加入。J2第4節・熊本戦で先発出場によりプロ公式戦デビューを果たした。翌2015年は出場機会を増加させ、プロ初ゴールを含む3得点をマークした。2016年は大分のJ3降格に伴い同リーグでプレー。開幕前の2月28日に行われたトレーニングマッチにて負傷。全治3ヶ月の左膝半月板損傷と診断されたが[7]、懸命にリハビリをこなした結果[8]、診断より約1ヶ月早い5月8日のJ3第8節栃木戦で復帰を果たした。第14節・秋田戦で右足を骨折し、再び負傷離脱[9]した影響もあり、最終的にはリーグ戦16試合の出場に留まった。
2017年はリーグ戦出場39試合の内、26試合が交代出場とスーパーサブ[10]としての起用が多かったが、チーム2位となる9得点をマークした。2018年は出場試合数と得点は前年より減少したものの、先発機会は16試合と前年より増加。第35節・水戸戦にて1得点1アシストの活躍を見せた他[11]、「フィジカルを鍛えたことで相手を抑え込もうと気にせずトラップに集中できるようになった」とポストプレーでの貢献度も高め[12]、チームのJ1昇格に貢献した。
自身初のJ1挑戦となった2019年は、YBCルヴァンカップグループステージ第2節・名古屋戦にて負傷し、全治4ヶ月の左膝軟骨損傷と診断され戦線離脱[13]。その後J1第25節・松本戦にて復帰し、翌第26節・湘南戦にてJ1初ゴールを記録した[14]。
2021年、背番号を高松大樹の引退以来、4シーズンに渡って空き番となっていた13番に変更[15]。