上郡町立高田小学校(かみごおりちょうりつ たかたしょうがっこう)は、赤穂郡上郡町にある公立小学校。
概要
高田小学校は赤穂郡の東南部、高田地区に位置する[1]。周辺は田畑が残る田園地帯で、300メートル前後の山に囲まれた盆地となっており、北方向には県道姫路上郡線が通り、西方向には JR西日本山陽本線が通り千種川が流れる。1975年(昭和50年)代には、高田台地区が宅地開発され児童数が急増したが、1985年(昭和60年)をピークに減少に転じている[2]。1982年(昭和57年)には、校庭内の発掘調査で弥生時代後期の竪穴建物跡が2棟発見され、1995年(平成7年)に神子田遺跡の竪穴建物1棟が復元されている[3]。学校付近の標高は、約34メートルである。
2021年(令和3年)の児童数は162人。
沿革
- 1872年(明治5年) - 高田内に、善性・正心・致知・修徳の4小学校創立
- 1876年(明治9年)3月 - 上記の4校を統合し、青藍小学校と改称
- 1885年(明治18年)2月 - 学区の改正に伴い、篤信小学校と改称
- 1891年(明治24年)4月23日 - 県令15号により等科改正、高田尋常小学校と改称
- 1903年(明治36年)1月6日 - 校舎落成
- 1906年(明治39年)4月1日 - 高等科併置により、高田尋常高等小学校と改称
- 1936年(昭和11年)3月23日 - 校舎・講堂落成
- 1941年(昭和16年)4月1日 - 高田国民学校と改称
- 1947年(昭和22年)4月1日 - 学校教育法施行により、高田村立高田小学校と改称
- 1955年(昭和30年)3月25日 - 上郡町、高田村、鞍居村、赤松村(大酒・小赤松・抜位を除く)、船坂村の町村合併により、上郡町立高田小学校と改称[4]
- 1966年(昭和41年)2月8日 - 鉄筋校舎8教室竣工
- 1969年(昭和44年)7月12日 - 水泳プール竣工
- 1974年(昭和49年)3月4日 - 特別教室増築(家庭科室・理科室・理科準備室)
- 1980年(昭和55年)3月26日 - 鉄筋3階建本館竣工
- 1983年 (昭和58年)2月23日 - 屋内運動場(体育館)竣工
- 1983年(昭和58年)7月6日 - 水泳プール竣工
- 1985年 (昭和60年)2月26日 - 校舎増築(視聴覚室・理科室・理科準備室・普通教室2)
- 1995年(平成7年)2月18日 - 神子田遺跡の竪穴建物復元[3]
- 2010年(平成22年)2月1日 - プール塗装工事
- 2011年(平成23年)11月8日 - 耐震工事完了・北校舎撤去工事
- 2012年(平成24年)2月28日 - プール・運動場・フェンス改修工事
教育目標
『夢に向かって、真っ直ぐ自分らしく生きる高田健児の育成』 - 正をたのしみ、正を踏む教育 -
校歌
学校行事
- 4月 始業式、入学式
- 5月 1年生を迎える会、体育大会
- 6月 芸術鑑賞会
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- 7月 終業式
- 8月
- 9月 始業式、避難訓練、自然学校
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- 10月 修学旅行
- 11月 学習発表会
- 12月 マラソン大会、終業式
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- 1月 始業式
- 2月
- 3月 6年生を送る会、卒業式、修了式
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通学区域
- 上郡町[5]
- 中野、宿、休冶、宇野山、佐用谷、小野豆、奥、宇治山、神明寺、與井、與井新、西野山、釜島、正福寺、高田台
進学先中学校
学区内の主な施設
- 高田公民館
- 高田幼稚園
- 高田郵便局
- 上郡高田台簡易郵便局
- 上郡消防署
交通
- 自動車
- バス
- 上郡駅からウエスト神姫バス、上郡ネオポリス行きで終点のバス停留所下車 徒歩約10分(700メートル)
- 上郡駅から上郡町コミュニティバス、高田台ルートで上郡ネオポリスバス停留所下車、徒歩約10分
通学区域が隣接している学校
脚注
関連項目
外部リンク