ランドナー

ランドナーフランス語: RandonneurRandonneuse[1]、ランドヌーズ)は、フランス発祥の自転車旅行用自転車。フランス語の「ランドネ」(小旅行)に由来する[2]

欧米におけるランドナー

フランスではランドナーはランドヌーズという[3]。650Bなど特有の太いホイールサイズが採用されている[3]。このような太いホイールサイズが採用された理由はフランスにはパーヴェと呼ばれる石畳の道路が多く溝にはまってしまうことを防ぐ必要があったためである[4]。もともとランドナーは、ブルベという超長距離サイクリング・イベントに使われる自転車であった。これはスポルティーフに近い車種であり、当時のフランスの道路事情に合わせて、限られた時間内に規定のコースを走り切るという用途で作られていた。フランスでは洒脱なデザインのランドナーが多く制作された[3]。タイヤのほかハンドルバー、ブレーキシステム、ダイナモなどの備品に至るまで特徴的なデザインのものが多い[4]

フランス以外のヨーロッパでは、それぞれ独自のツーリング車が使われており、ランドナーと呼ばれる旅行用の自転車はフランスを中心とした地域でのみ使われてきた。イギリスではクラブモデルと呼ばれる自転車が存在し、26インチホイールながら650A系統のサイズでフランスのランドナーとは互換性がなく、イギリスでは山が少なく雨が多いため内装3段変速が好まれた。1980年ごろイギリスのラレー社からRaleigh Randonneur(ラレー・ランドナー)というレイノルズ531フレーム、700Cホイール、カンチブレーキ、泥除け、18段変速をつけた27インチサイズのランドナーが販売され人気を博し、以後2000年初めまで販売が続けられた。

アメリカにおけるランドナーの文化は日本と同じくフランスからの輸入であり、それ以前は700C、27インチなどロードバイクをもとにした自転車にリヤキャリアとバッグを取り付けてツーリングに用い、ランドナータイプの自転車はJPウォーゲルなどの手によってオーダーメイドで少量が作られてきたが、ランドナーへの需要は少ないながらも愛好者の間では存在し、2000年ごろにはSurly社がLong Haul TruckerというMTBベースのランドナーを販売。フランスのランドナーのデザインに大きな影響をもたらしたルネ・エルスの娘のリリー・エルスがアメリカのシアトルのコンパスサイクルと共同事業を2000年の初め頃に開始し、2018年にルネ・エルスを商標登録しランドナー用の部品の販売を再開した。

日本におけるランドナー

日本への紹介

日本への紹介は、第二次世界大戦後に、鳥山新一が持ち込んだルネ・エルス: René Herse)の自転車が起源とされる。これを手本に研究が進められ、丸都自転車(現・東叡社)などのハンドメイド工房で作られ始めたのが日本版ランドナーの始まりである[要出典]。当初、ランドナーはスポルティーフとともにフランス系のツーリング車として認知され、これが日本の制作者達の職人気質を刺激して、日本独自のランドナーの形へと発展していった。

ランドナーの普及

日本では、当初イギリス式のクラブモデルがツーリングの用途に用いられていた。これは平地での高速移動を念頭に置いた設計であり、日本のような険しい山岳地帯が多い環境には不向きであった。また、当時は道路の舗装率も低かったなどの事情から、ギア比がワイドレシオ化され、かつ、太いタイヤを装着したランドナーがツーリング用に好まれるようになった。

日本では、1970年代から1980年代前半のいわゆる「サイクリングブーム」が後押しとなって、ランドナーが急速に普及し、かつては大手自転車メーカーからも各種のランドナーが販売され、現在より多く雑誌の広告を占めていた。ブリヂストンサイクル「ダイヤモンド(アトランティス)」・「ユーラシア」「トラベゾーン」、ミヤタ自転車「エディ・メルクス」「ジュネス」「ル・マン」、日米富士自転車の富士オリンピック「ニューエスト」・「ファイネスト」、パナソニック「ラ・スコルサ」、片倉自転車「シルク」、丸石自転車「エンペラー」、山口自転車(当時「丸紅山口」)「ベニックス」といった車種が有名であった。また、この時期には多くのサイクル・ショップ(プロ・ショップ)といわれる自転車店でも、ランドナーのオーダーやセミオーダーを受注するようになり、メーカー車に飽き足らない多くのユーザーが、こうした独自のランドナーを入手するようになった。

ランドナーの多くは、フロントバッグおよびサドルバッグ程度の荷物を積載することのできる「小旅行車」であったが、例えば大学サイクリング部の合宿や、いわゆる日本一周などの長距離サイクリングの際には、パニアバッグや前後のサイドバッグ、加えてキャリア上にもテント等を積載するなどの方法で重装備に対応した。ランドナーを改造する例が多かったが、キャンピング車として、重装備・長距離走行を前提にした専用の車種もオーダーされたほか、一時は大手自転車メーカーの製品も市場に出回っていた(ブリヂストンサイクル「ダイヤモンド・キャンピング」、片倉自転車「シルクキャンピング」など)

さらに1970年代後半頃から、一般的な峠越えや林道だけでなく、自動車の走行困難な山道などを走行したり、さらには自転車を担いだりもする山岳サイクリングが盛んになると、ランドナーを改造したパスハンターも登場した。代表的なものは、ランドナーのドロップハンドルをオールラウンダー・バーなどフラットハンドルに付け替え、キャリアやマッドガード、トウクリップを外すなど、山岳の走破に対応していた(この場合、荷物はザックで背負い、足下はトレッキングシューズなどで固めることになる)[注 1]。パスハンターは、MTBが一般化するまでの間、山岳志向のサイクリストの間でランドナーの改造やオーダーなどによって愛用されたほか、神田にあった自転車店「スポーツサイクル・アルプス」(現在廃業)からは「クライマー」として販売もされていた。

ランドナーの衰退

日本のランドナーは、おおよそ1980年代後半まで隆盛を極めたが、それ以降は、悪路や山道走行に特化したMTBと、一般道路の整備に伴い普及したロードバイクに両極化し、ランドナーは急激に衰退した。日本の自転車ツーリングのあり方が変化したこと(荷物を積載して悪路や林道などを含む長距離を走行するツーリングから、自家用車や公共交通機関に自転車を積載する[注 2]などしてスポット的に楽しむ方向)や、いわゆる「サイクリングブーム」の終焉などもあり、主要メーカーが市販していたランドナーはそのほとんどが姿を消した。

その後、近年[いつ?]になって、かつて学生時代にランドナーでサイクリングした40歳代後半から50歳代を中心に、再度ランドナーを入手する例も増え、メディアで取り上げられる機会もこともある[注 3]。しかし、ツーリング用自転車をランドナーとして完成車の形で販売しているメーカーは、丸石自転車(エンペラーの名称で販売を継続)や、アラヤなど数社のみとなったため、ランドナーの入手はハンドメイド工房などにオーダーされることが多い。

ただし、特殊性の高く趣味性の強いランドナー自転車をオーダーメイドとして依頼するにはある程度の専門知識が必要である。また部品メーカーによるランドナー向けのパーツの廃盤などにより部品調達が困難あるいは高価になってきたため、一般的なツーリングの目的ではランドナーの代わりに、近代的なクロスバイクシクロクロス、サスペンションを装備するマウンテンバイクをツーリングに用いることが多い。ロードバイクなどを主に販売をしているメーカーからは、FUJIルイガノなどが、「ツーリング」の名称でランドナーに相当する車種を販売している。

構成

タイヤ

ホイールには、650A(26in×1 3/8)または 650B の規格を用いることが多い。ランドナーは旅行用途であることから荷物積載量が比較的多いことや、日本では、舗装道路が少ない時代に発展したという時代背景から、やや径が小さく太目の車輪が採用され、初期には650×42Bが好まれた。タイヤ幅は32 - 44mm程であり、空気圧は300 - 600kPa程度とされる。舗装路、砂利などの未舗装路や山道など、オールラウンドな走行が可能なうえ、緊急時には軽快車のタイヤも使える[注 4]。そのため、入手が容易であることが最大のメリットである。タイヤが太くなると重量が増える傾向にあるが、比較的軽量なオープンサイドのWO(ワイヤードオン)タイヤもあり、また650AタイヤにはMTBのようなブロックパターンのパスハンティング用も存在する。

現行製品では、リジダ(650B リム)、ユッチンソン(650B タイヤ&チューブ)、ミシュラン(650A・650B タイヤ&チューブ)、ルネ・エルス(650B タイヤ)、日本国内ではアラヤ(650A リム)、パナレーサー(650A・650B タイヤ&チューブ)、グランボア(650B タイヤ&チューブ、リム)などが有名である。

実用的なランドナーとして、26インチHE(フックドエッジ)規格のホイールを使う例もある。マウンテンバイクが世界中に普及したことにより、世界一周用のキャンピング車には26インチHE規格のホイールが多く使われる。一方で、現在 650Bのタイヤは、相当大きな自転車店でも在庫していることが少なく、旅先では非常に入手困難であることから、メーカーが新規にツーリング用自転車を企画製作する場合は、26インチHEやロードバイク用の700Cなどの規格を採用することが多くなった。

また、MTBでは2007年ごろに、27.5と呼ばれる、650B規格のリムに悪路走行用の太いタイヤを装着する用途が生み出され、650Bの規格が再び脚光を浴びている。これは既存の26インチMTBタイヤより大きな外径のタイヤを装着することにより、悪路の走破性を向上する狙いで考案された。

泥除け

主に、軽量なアルミ合金製の泥除けが装備される。メーカー車では、保守上の理由から表面にアルマイト加工したものが主であるが、一部のマニアは未加工のものを布バフで磨き上げた「ミガキもの」(バフ仕上げ)を好んで使用することもある。後輪の泥除けは、輪行を考慮して、分割式[注 5]になっていることも多い。デザインは一般的な半丸型、亀甲型、パオン型などが存在する。

キャリア

ランドナーやスポルティーフといったフランス系ツーリング車の特徴として、フロントキャリアおよび一部リアキャリアの装備があげられる。これはフロントバッグやサドルバッグなどを装備するためのものである。またフロントキャリアに電装品を装備する場合もある。フレームへの取り付けの多くはエンドに設けられたダボにネジ止めされるが、カンチブレーキの台座に固定するタイプもある。

サイドキャリアまで補えば、4つのサイドにバッグを装備することが可能となる。サイドキャリアは、前輪または後輪の両脇にサイドバッグを固定するためのキャリアであり、方形の金属枠がその特徴となる。日本では、現在、日東ハンドル製作所のキャンピーや、VIVAの製品などが有名である。

電装品

長距離の旅行に使われるため、夜間走行を考慮して、ヘッドランプテールランプリフレクターダイナモ発電機)を装備する。これと併用してバッテリーランプや近年ではLED式のランプを利用することが多い。

外装のダイナモを用いる場合はシートステーに装備されることが多く、ヘッドランプへの電線をフレームやキャリアのチューブの内側に通したり、前フォークが回転するヘッド小物に電気ブラシを内蔵させて電線を隠蔽する意匠を電線内装という。構造の都合から自転車を分解して輪行する用途には向かないと言われていたが、電気ブラシ(カーボン・ブラシと呼称)の改良により、フォーク部分の引き抜きや再装着に障害が起きないものが開発されて輪行に対応している。旧モデルにはリアフェンダーにまで配線を伸ばしてテールランプを点灯させるものが多かった。

外装式ダイナモは走行抵抗が大きく疲労を増長させるため採用例が減り、シティサイクルのようにフロントハブダイナモを採用したモデルに代わりつつある。

ハンドル

ランドナー用に設計されたドロップハンドル(ランドナーバー)を使用する。ロードレース用のドロップバーと異なり、ハンドルを握った手がフロントバッグに干渉しないようにハの字状に下広がり・両肩上がりの形状をしたものである。またフラットバープロムナードバーを装着し、ランドナー派生車種として楽しむ場合もある。

ペダル

ランドナーなどのツーリング車では、ペダルに足を固定するために、トークリップストラップを装着することが多い。ツーリングが観光やキャンプなどをするという一面を持ち、一般的なスニーカーやスポーツ用シューズ、ツーリング専用シューズなどで乗車する場合が多いためであり、また、ランドナーの雰囲気を出すためという一面もある。趣味性もあり、ストラップに革が用いられる例も多いが、本格的にツーリングをすることを念頭にビンディングペダルを使用するケースも見られる。

フレーム

フレームの素材としてはクロムモリブデン鋼、古いものではマンガンモリブデン鋼が伝統的に用いられている。これらはアルミ素材に比べて強度に勝るものの、3倍程度比重が大きく、フレームはアルミ系のものよりやや重くなる。しかし、金属疲労に強く振動吸収性が良好で、乗員も疲れにくい。かつてはイギリスのレイノルズ社のマンガンモリブデン鋼「531」[注 6]などが好まれた。世界旅行などで未開発地域にまで出かけるものは、現地で故障しても溶接修理が可能であることを長所に上げることもある。

フレーム設計は荷物を積載して登坂することが考慮され、低速走行向きとなる。このためヘッド角やシート角が寝ており、ゆったりした設計になることが多い。またトップチューブは地面と平行(ホリゾンタル)となるモデルが多い。ランドナーは通常のロードモデルと比較するとチェーンステーのチューブが長く、ホイールベースが大きい。これは直進安定性を高めるためと、ロードバイクより太いタイヤを使用するため、フェンダーを装備するためなどの理由がある。フレームのベースがマウンテンバイクに近い車両もある。

キャンピング車では、強度を確保する目的でクロスドシートステイが採用される場合がある。これはシートステイをシートチューブと交差させ、さらにトップチューブに溶接するものである。

ラグ工法

ラグはフレームを構成するチューブを接続する継ぎ手である。本来、ラグは溶接される結合面積を増やして強度を向上させる目的で用いられるものであるが、ラグをさまざまな形にカットして装飾的に用いられることも多い。そのカットの形状によって「イタリアンカット」、「フレンチカット」、「コンチネンタルカット」などの意匠がある。ランドナーでは特にコンチネンタルカットに見られるような複雑な意匠が好まれるほか、ラグを用いないラグレス工法において、ロウを盛り上げて滑らかな曲線に仕上げられるのも好まれる。

ブレーキ

主にカンチレバーブレーキ(cantilever brake)が用いられるほか、センタープルブレーキ(center pull brake)も用いられる。

カンチレバーブレーキは、カンチレバー(片持ち梁)構造のブレーキである。ブレーキワイヤーを外すことが容易であることから輪行やメンテナンスが容易であり、かつ、機構が単純なために故障が少ない。また、タイヤとのクリアランスが大きいために泥や雪が詰まることが少なく、泥除けとの併用も容易である。

ブレーキレバーは、フロントバッグとの干渉防止や輪行時の取り外しを考慮して、ケーブルを上に出す形が一般的である。ハンドルにケーブルを内蔵したりバーテープに巻き込む方式は主流でなかったが、輪行時にハンドルを取り外すケースが少なくなったことなどから、現在はシフト一体型も増えている。

コンポーネント

フランス系ツーリング車であるため、往時はフランス製の部品も多く使われた。

フランスの自転車専門誌であるLe Cycle誌の編集長であったダニエル・ルブール(Daniel Rebour)によってイラスト化された部品がその典型的である[要出典]。例えばT.A.ストロングライト(STRONGLIGHT)のチェーンホイール、ユーレ(Huret)やサンプレックス(Simplex)の変速機、イデアル(Ideale)のサドルなどである。

しかし、1980年代頃からランドナーの生産が減少し、それらの部品メーカーは、倒産や廃業、方針転換を余儀なくされた。そのため現代ではロードバイクやMTB用に設計されたコンポーネントが用いられることが多い。

変速は、ダウンチューブに装着されたダブルレバーで行うことが多い。これは輪行の際の利便性にもつながっている。しかし最近では、ロードバイクMTBに多いハンドルバー取付型のレバーを採用するランドナーも少しずつ増えている。

輪行

フォーク抜き輪行

輪行についての詳細は該当項を参照。

輪行は、スポーツ用自転車であればおおよそ可能であるが、ランドナーは設計の段階から輪行を意識されたものが多い。後輪の泥除けを分割式にして取り外しやすいものがあるほか、ダブルレバーはハンドルにシフトケーブルを取り回ししないため、手間が省略されコンパクトにまとめやすい。

さらに、日本のランドナーを特徴づける仕様のひとつに、いわゆる「輪行用ヘッド」がある。ヘッド部の、ヘッド小物と呼ばれる部品は、通常の構造であれば外すとボールベアリングがむき出しになり、リテーナー付きでない場合、不用意に作業するとボールを飛散させてしまう危険がある。「輪行用ヘッド」は、メンテナンスを目的とした分解作業の一部としてではなく、移動時に実用的に取り外しができるよう、シールドベアリング状に工夫されたヘッド小物を使っている。

そのような仕様のランドナーであれば、前輪と泥避け、キャリアをフォークごと外してさらにコンパクトにまとめることができる。これは「フォーク抜き輪行」ともいわれる。「スポーツサイクル・アルプス」が発案したことから、「アルプス式輪行」の別名もある。また、通常はヘッドスパナが必要だが、片岡シルクは前述の仕様に加えてクイックレリーズ式を用いた部品を使用し、丸石エンペラー(2010年モデルからは通常のヘッド)は、アレンキーで外せるようなロックを工夫していた。輪行用ヘッド小物の部品は、2013年現在もタンゲが製造販売しているほか、パナソニックのツーリングモデルのフレームに付属のものや、アメリカの Velo Orange 社が日本向けに製造しているものなどがある。

手回り品のサイズ規制が緩和されたこともあってか、現在、フォーク抜き輪行は、主にフロントキャリアやマッドガードの装備があるランドナーまたはスポルティーフに限られ、対応する輪行袋も少ない。自転車を趣味とする者の間でも、この方式でコンパクトに輪行することはあまり知られていない。しかし、列車内などで他の乗客の邪魔になりにくいため、好んで行う者もいる。

脚注

注釈

  1. ^ 永松康夫・橋本二三次(1976)「富士を下る」(月刊『ニューサイクリング』14巻11号、pp. 44-47、ベロ出版社)など。
  2. ^ 各交通機関への自転車持ち込み規制緩和に伴い、輪行」が以前より行い易くなった。
  3. ^ 出版社「旅する自転車の本」シリーズなど。
  4. ^ 日本の軽快車によく用いられる26in×1 3/8のサイズのタイヤが使えるのは、26in×1 3/8 - 1 1/2と共用可能な650×32Aのホイールであり、650Bサイズのホイールには装着できない。650Aはイギリス由来の規格であり、ランドナー発祥のフランスでは軽快車のホイールも当時は650B規格であった。世界から様々な規格を輸入した日本らしい問題で、日本以外の国では650Aホイールのランドナーは存在しない。
  5. ^ シートステーブリッジ辺りで後半分が外れるようにできている。
  6. ^ 混合率にちなむ。マンガンモリブデンニッケルがそれぞれ5:3:1であったことから。

出典

  1. ^ 新田(1994)、67頁
  2. ^ 平野(2010)、6頁
  3. ^ a b c アラタ・クールハンド、浅見英治『FLAT HOUSE Style 03』2014年、50頁
  4. ^ a b アラタ・クールハンド、浅見英治『FLAT HOUSE Style 03』2014年、51頁

参考文献

  • 新田眞志『美しき自転車 魔物たち SPECIAL MADE CYCLE』アテネ書房、1994年。ISBN 4-87152-188-5 
  • 平野勝之『旅用自転車ランドナー読本』山と溪谷社、2010年。ISBN 978-4-635-24225-7 
  • 「ルネ・エルス特集」 エヌシー企画〈ニューサイクリング 2001年9月増刊号〉
  • ダニエル・ルブール 『イラストによるスポーツ車と部品の変遷』 エヌシー企画

関連項目

外部リンク

Read other articles:

Recoilless anti-tank weapon M18 recoilless rifle M18 on a M1917A1 TripodTypeRecoilless anti-tank weaponPlace of originUnited StatesService historyIn service1945–1960sUsed bySee usersWars World War II Second Sino-Japanese War Chinese Civil War First Indochina War Korean War Algerian War Portuguese Colonial War Bangladesh Liberation War[1] Chadian Civil War (1965–79) Vietnam War (limited) Lebanese Civil War Syrian Civil War Production historyDesignerKroger and Mu...

 

Komako Hara原駒子 Komako Hara en Hakuchō himon (1932)Información personalNombre de nacimiento Komako KuragataNombre en japonés 原駒子 Nacimiento 6 de febrero de 1910Prefectura de KanagawaFallecimiento 28 de diciembre de 1968 (58 años)Nacionalidad JaponesaFamiliaCónyuge Mitsusaburō Ramon Información profesionalOcupación Actriz de cine[editar datos en Wikidata] Komako Hara (原駒子, Hara Komako?, 6 de febrero de 1910 – 28 de diciembre de 1968) fue una ...

 

У Вікіпедії є статті про інші значення цього терміна: Судак. Підводний човен «Судак» — шостий в серії підводних човнів типу «Сом», побудований за ініціативою Невського заводу. Підводний човен «Судак» Зміст 1 Тактично-технічні характеристика 2 Історія підводного човна...

Pusat Data NasionalNama lainPDNInformasi umumStatusDibangunLokasiTerdapat 4 pusat data: BalikpapanBatamBekasiManggarai BaratNegara IndonesiaPeletakan batu pertama9 November 2022[1]Mulai dibangun9 November 2022[2][3] Pusat Data Nasional, disingkat PDN, merupakan fasilitas pusat data untuk keperluan penempatan, penyimpanan dan pengolahan data, serta pemulihan data yang nantinya digunakan secara bagi data (bahasa Inggris: data sharing) oleh instansi pusat dan pem...

 

68

68 ← 67 68 69 → 数表 — 整数 <<  60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 >> 命名數字68小寫六十八大寫陸拾捌序數詞第六十八sixty-eighth識別種類整數性質質因數分解 {\displaystyle } 2 2 × 17 {\displaystyle 2^{2}\times 17} 表示方式算筹希腊数字ΞΗ´ 羅馬數字LXVIII 巴比伦数字

 

Satu masa koin emas: diameter lima milimeter. Pada abad ke-10, Jawa merupakan salah satu perekonomian paling kompleks di Asia Tenggara. Terlepas dari pentingnya pertanian padi yang berperan sebagai pendapatan pajak utama bagi istana Jawa, masuknya perdagangan laut di Asia antara abad ke-10 dan ke-13 mendorong suatu mata uang yang lebih praktis bagi perekonomian Jawa. Pada akhir abad ke-8, logam batangan (ingot) yang terbuat dari emas dan perak diperkenalkan. Ini merupakan koin-koin Nusantara ...

Lampu LED standar menghasilkan 470 lumen. Lampu ini hanya menghabiskan energi sebesar 1/6 energi lampu pijar untuk cahaya yang sama. Lumen (simbol: lm) adalah satuan turunan SI untuk fluks cahaya, mengukur jumlah total cahaya terlihat yang dipancarkan sebuah sumber. Fluks cahaya berbeda dengan daya (fluks radian) dimana fluks radian termasuk semua gelombang elektromagnetik yang dipancarkan, sedangkan fluks cahaya menekankan menurut model sensitivitas mata manusia ke berbagai panjang gelombang...

 

Annual race in Uzbekistan since 2019 Tashkent MarathonHumo Arena, near the start and finish areaDateLate MarchLocationTashkent, UzbekistanEvent typeRoadDistanceMarathonEstablished2019 (4 years ago) (2019)[1]Official siteTashkent Marathon. Archived from the original on April 24, 2022. The Tashkent Marathon (also known as the Tashkent International Marathon[a] or the Nowruz International Marathon[3]; Uzbek: Toshkent xalqaro marafoni) is an annual road-based...

 

This article needs additional citations for verification. Please help improve this article by adding citations to reliable sources. Unsourced material may be challenged and removed.Find sources: The Littlest Orgasm – news · newspapers · books · scholar · JSTOR (August 2008) (Learn how and when to remove this template message) 2006 studio album by How to SwimThe Littlest OrgasmStudio album by How to SwimReleased2006GenreIndie rock, alternative r...

Israeli radio announcer Ofer Nachshonעופר נחשוןBorn (1966-04-27) April 27, 1966 (age 57)CitizenshipIsrael Ofer Nachshon (born April 27, 1966) is a broadcaster and radio announcer in Israel. He is known internationally as the Israeli spokesperson at the Eurovision Song Contest from 2009 until 2017.[1] Nachshon presented the results of the Israeli voting in Eurovision Song Contest for the years 2009 - 2017.[1] In 2017, he caused a minor scandal when, while reading ...

 

Dracula1931 Style A poster for DraculaOriginal workFilmFilms and televisionFilm(s) Dracula Dracula's Daughter Son of Dracula Dracula is a film series of horror films from Universal Pictures based on the 1897 novel Dracula by Bram Stoker and its 1927 play adaptation. The series is a loose collection of films, with historians stating that the films all reference characters, events or at least passing knowledge of the 1931 English-language production of Dracula, with historians noting that Dracu...

 

British singer-songwriter (born 1968) David GrayGray performing in Redmond, Washington on 9 December 2010Background informationBirth nameDavid Peter GrayBorn (1968-06-13) 13 June 1968 (age 55)Sale, Cheshire, EnglandGenresRockalternative rockfolk rockfolktronicaOccupationsMusiciansongwriterproducerInstrumentsVocalsguitarpianokeyboardsharmonicaYears active1992–presentLabels Hut IHT Polydor MapleMusic Recordings (Canada) Kobalt[1] Websitedavidgray.comMusical artist David Peter Gra...

2006 film by Katherine Brooks Loving AnnabelleMovie posterDirected byKatherine BrooksScreenplay byKatherine BrooksProduced by Jennifer Young Gregory Carroll Starring Erin Kelly Diane Gaidry CinematographyCynthia PusheckEdited byLori BallMusic by Aurah Marc Dold Judith Martin Productioncompanies Divine Light Pictures Big Easy Pictures Distributed by Wolfe Releasing (US) TLA Releasing (UK) Homescreen (Netherlands) Release dates March 8, 2006 (2006-03-08) (Australia) March...

 

Underground rapid transit station in Germany GarstedtHamburg U-Bahn stationGeneral informationLocationBerliner Allee 22850 Norderstedt, GermanyOperated byHamburger Hochbahn AGLine(s)Platforms1 island platformTracks2ConnectionsBusConstructionStructure typeUndergroundAccessibleYesOther informationStation codeHHA: GA[1]Fare zoneHVV: B/403[2]HistoryOpened1 June 1969[1]Services Preceding station Hamburg U-Bahn Following station Richtwegtowards Norderstedt Mitte U1 Ochsenzol...

 

صالح بن عبد الله بن حميد معلومات شخصية الميلاد 1950مبريدة، السعودية الإقامة سعودي مواطنة السعودية  المذهب الفقهي الحنبلي العقيدة أهل السنة والجماعة الأب عبد الله بن محمد بن حميد الحياة العملية المهنة قائمة أئمة الحرم المكي  الجوائز جائزة الملك فيصل العالمية في خدمة ا...

1976 single by The Angels Am I Ever Gonna See Your Face AgainSingle by the Angelsfrom the album The Angels B-sideRound We GoReleased1 March 1976 (1976-03-01)[1]GenrePub rock[2]Length3:12 (single version)4:03 (album version)[1]LabelAlbert, MushroomSongwriter(s) John Brewster Rick Brewster Doc Neeson Producer(s) Harry Vanda George Young The Angels singles chronology Am I Ever Gonna See Your Face Again (1976) You're a Lady Now (1977) ISWC T-901.067.910-4 ...

 

American journalist (died 1969) For the Irish footballer, see Ned Brooks (footballer). Ned BrooksBrooks (left) with Lawrence Spivak, 1960BornKansas City, Missouri, U.S.DiedApril 13, 1969 (aged 68)OccupationJournalistKnown forMeet the PressSpouseMary JeannotChildren1 Ned Brooks (died April 13, 1969) was an American television and radio journalist who was moderator of NBC's Meet the Press on television from 1953 until 1965, and earlier on radio. Brooks is the second-longest tenured mo...

 

جائزة إيطاليا الكبرى 1991 (بالإيطالية: Coca-Cola 62º Gran Premio d'Italia)‏  السباق 12 من أصل 16 في بطولة العالم لسباقات الفورمولا واحد موسم 1991 السلسلة بطولة العالم لسباقات فورمولا 1 موسم 1991  البلد إيطاليا  التاريخ 8 سبتمبر 1991 مكان التنظيم حلبة مونزا، إيطاليا طول المسار 5.80 كيلومتر (3...

しずおかし 静岡市 静岡平野のスカイライン 登呂遺跡静岡浅間神社 駿府城青葉おでん街 杉山彦三郎記念茶畑清水港と富士山 静岡市旗2003年5月29日制定 静岡市章2003年5月29日制定[1] 国 日本地方 中部地方、東海地方都道府県 静岡県市町村コード 22100-7法人番号 8000020221007 面積 1,411.93km2(境界未定部分あり)総人口 674,801人 [編集](推計人口、2024年3月1日)人口密...

 

David George HogarthDavid George Hogarth (tengah), dengan T. E. Lawrence (kiri) dan Letkol Dawnay di Biro Arab, Kairo, pada Mei 1918Lahir23 Mei 1862Barton-upon-Humber, Lincolnshire, InggrisMeninggal6 November 1927 (usia 65)Oxford, Oxfordshire, InggrisKebangsaanBritania RayaAlmamaterOxford UniversitySuami/istriLaura Violet (Hogarth) UpplebyKarier ilmiahBidangArkeologi, klasik, edukasi, jurnalisme, pengaturan amal, kekuratoran museum, operasi intelijensi dan pengaturan diplomasiInstitusiBritis...

 

Strategi Solo vs Squad di Free Fire: Cara Menang Mudah!