ヤク

ヤク
ノヤク ヤク
上 : ノヤク Bos mutus
下 : ヤク Bos grunniens
保全状況評価[1]
VULNERABLE
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
Bos mutusとして[1]
ワシントン条約附属書I[2]
Bos grunniensを除く[2]
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 哺乳綱 Mammalia
: 偶蹄目 Artiodactyla
: ウシ科 Bovidae
亜科 : ウシ亜科 Bovidae
: ウシ属 Bos
: ヤク B. grunniens
ノヤク B. mutus
学名
Bos grunniens Linnaeus1766(家畜種)
Bos mutus (Przewalski1883)(野生種)
和名
ヤク(家畜種)
ノヤク(野生種)
英名
Yak
Domestic yak(家畜種)
Wild yak(野生種)

ヤク(犛牛[3]: yak、家畜化された種としての学名は Bos grunniens)は、偶蹄目ウシ科ウシ属に分類される偶蹄類。野生種(Bos mutus)はノヤクと呼ばれる[4]

名称

漢名旄牛(ボウギュウ。氂牛、犛牛とも)、犛牛(リギュウ)。

「ヤク」はチベット語の「གཡག་」 (g-yag) に由来して雄のヤクを意味し、メスは「ディ」という。

家畜種の種小名は「grunniens」がラテン語で「唸るように鳴く」、野生種(ノヤク)の「mutus」が「沈黙」の意だが、実際にはノヤクも鳴き声を出す[5]

分類

家畜種(ヤク)は、1766年にリンネによりBos grunniensとして記載され、野生種(ノヤク)は1883年にプルジェバリスキーによってPoephagus mutusとして記載された[5]

家畜種と野生種を同種とみなす場合、野生種に用いられるBos mutusが有効名となる[5]

分布

ネパールの高山地帯にて。

ノヤクはインド北西部、モンゴル中華人民共和国甘粛省チベット自治区)、パキスタン北東部などに自然分布している[6][7]

ロシアでは以前はバイカル湖の東側まで分布していたが、17世紀前後に絶滅したとされる[8]ネパールでは絶滅していたとされていたが2014年に再発見され、それを記念してノヤクが紙幣の絵柄に採用された[9]

なお、Bos baikalensis のような近縁種の化石はロシア東部でも発見されており、バイソン属と同様にノヤクまたは近縁種が北米大陸に到達した可能性もある[5]

形態

家畜種の毛色の一例(四川省)。

野生種(ノヤク)はバイソン属ガウルに匹敵する大型種であり、体長380cm、体高205cm、尾長100cm、体重1,200kgに達する[10]

家畜種は、体長がオスで280-325cm、メスで200-220cm[7]。尾長がオでス80-100cm、メスで60-75cm[7]。肩高がオスで170-200cm、メスで150-160cm[7]。体重はオスが800-1,000kg、メスが325-360kg[7]

高地に適応しており、体表は蹄の辺りまで達する黒く長い毛に覆われている。家畜種には、黒だけでなく様々な毛色のパターンが存在する。

換毛はしないため、暑さには弱い。肩は瘤状に隆起する[6]。鳴き声はウシのような「モー」ではなく、低いうなり声である。

基部から外側上方、前方に向かい、先端が内側上方へ向かう角がある[7]。最大角長92センチメートル[7]。四肢は短く頑丈[6]

ノヤクには大別して二つのタイプが存在し、それぞれ「Qilian」と「Kunlun」と呼ばれている[10]

黄金のノヤク

野生種(ノヤク)には、黄金(金白)の毛並みを持つ個体や群れ(金丝野牦牛)が存在しているが、その個体数は数百頭と少ない[11][5]。通常のノヤクとは遺伝的な差異が見られ、亜種レベルの差があるとされる場合もある[12]

生態

ヤクは標高の高い地域での生息に適応している。

標高4,000-6,000メートルにある草原ツンドラ、岩場などに生息する[6][7]。8-9月は万年雪がある場所に移動し、冬季になると標高の低い場所にある水場へ移動する[7]高地に生息するため、同じサイズのウシと比較すると心臓は約1.4倍、は約2倍の大きさを有している。

食性は植物食で、地衣類などを食べる[7]

繁殖形態は胎生。妊娠期間は約258日[6][7]。6月に1回に1頭の幼獣を産む[7]。生後6-8年で性成熟し、寿命は25年と考えられている[7]


人間との関係

甘粛省から出土した、1271–1368AD()の頃の青銅製のヤクの像。
新疆ウイグル自治区天山山脈の山麓にて放牧されているヤク。

野生個体は食用の乱獲、家畜との競合や交配などにより生息数は激減している[7]。中華人民共和国では法的に保護の対象とされている[7]中国国家一級重点保護野生動物を参照)。1964年における生息数は3,000-8,000頭と推定されている[7]

利用

2,000年前から家畜化したとされる[7]1993年における家畜個体数は13,700,000頭と推定されている[7]

ほとんどのヤクが家畜として、荷役用、乗用(特に渡河に有用)、毛皮用、乳用、食肉用に使われている。中華人民共和国ではチベット自治区のほか、青海省四川省雲南省でも多数飼育されている。

チベットブータンでは、ヤクの乳から取ったギーであるヤクバターを灯明に用いたり、とともに黒茶を固めた磚茶(団茶)を削って煮出し入れ[13]チベット語ではジャ、ブータンではスージャと呼ばれるバター茶として飲まれている。また、チーズも作られている。

食肉用としても重要な動物であり、脂肪が少ないうえに赤身が多く味も良いため、中国では比較的高値で取引されている。は乾かし、燃料として用いられる。「モモ」と呼ばれる肉まんや餃子に類する料理にもヤクの肉を用いることもある。

体毛衣類などの編み物や、テントロープなどに利用される[14]

日本での利用

ヤクの尾毛は日本では兜や槍につける装飾品として武士階級に愛好され、尾毛をあしらった兜は輸入先の国名を採って「唐の頭(からのかしら)」と呼ばれた。特に徳川家康が「家康に過ぎたるものが二つあり、唐の頭に本多平八」と詠われたほど好んだため、江戸時代に入って鎖国が行われてからも経由で定期的な輸入が行われていた。

幕末新政府軍が江戸城を接収した際に、収蔵されていたヤクの尾毛が軍帽として使われ、黒毛のものを黒熊(こぐま)、白毛のものを白熊(はぐま)、赤毛のものを赤熊(しゃぐま)と呼んだ。(なお、俗に「黒熊は薩摩藩、白熊は長州藩、赤熊は土佐藩の指揮官が着用していた」と説明される事があるが、軍帽を「魁」の前立てを付けた黒熊毛の陣笠で統一していた山国隊のように、実際には藩や階級を問わず広く使用されていた[要出典]。)

これらの他に、歌舞伎で用いる鏡獅子のかつら[15]や振り毛、仏教僧が用いる払子にもヤクの尾毛が使用されている。




関連画像

脚注

  1. ^ a b Buzzard, P. & Berger, J. 2016. Bos mutus. The IUCN Red List of Threatened Species 2016: e.T2892A101293528. https://doi.org/10.2305/IUCN.UK.2016-2.RLTS.T2892A101293528.en. Accessed on 08 November 2022.
  2. ^ a b CITES. Appendices I, II and III valid from 22 June 2022. Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora. Accessed on 08 November 2022.
  3. ^ 山田忠雄ほか 編「ヤク」『新明解国語辞典』(第七)三省堂、2011年。 
  4. ^ 今泉吉典 監修、1988年、「ウシ属」、『世界哺乳類和名辞典』、402-403頁、平凡社
  5. ^ a b c d e Leslie, D.M.; Schaller, G.B. (2009). “Bos grunniens and Bos mutus (Artiodactyla: Bovidae)”. Mammalian Species 836: 1–17. doi:10.1644/836.1. 
  6. ^ a b c d e 今泉吉典監修、D.W.マクドナルド編、1986年、『動物大百科4 大型草食獣』、112頁、平凡社
  7. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r 小原秀雄浦本昌紀太田英利松井正文編著、2000年、『動物世界遺産 レッド・データ・アニマルズ1 ユーラシア、北アメリカ』、152-153頁、講談社
  8. ^ Stanley J. Olsen, 1990, Fossil Ancestry of the Yak, Its Cultural Significance and Domestication in Tibet, 75頁, Proceedings of the Academy of Natural Sciences of Philadelphia, Academy of Natural Sciences of Drexel University
  9. ^ Extinct Wild Yak found in Nepal
  10. ^ a b Han Jianlin, M. Melletti, J. Burton, 2014年, Wild yak (Bos mutus Przewalski, 1883), Ecology, Evolution and Behavior of Wild Cattle: Implications for Conservation, Chapter 1, 203頁, ケンブリッジ大学出版局
  11. ^ 梁旭昶, 卡布, 葛庆敏, 2016年, 羌塘之巅:金丝野牦牛的栖息地,正在被蚕食的野生动物家园, 中国国家地理
  12. ^ Yan Zhang, Qiuying Wu,Liqin Yang,Xuanyu Chen,Chun Wang,Yan Zhang,Yutian Zeng,Ling Xu,Chuanzhi Lu,Changjun Zeng,Guangbin Zhou,Tianzhen Song, Ming Zhang, 2019年, Characterization of the complete mitochondrial genome sequence of golden wild yak and revealed its phylogenetic relationship with 9 yak subspecies, Volume 4, 2019 - Issue 1, Mitochondrial DNA Part B: Resources
  13. ^ 光永俊郎「嗜オオムギについてⅤ-歴史・文化・科学・利用」『FFIジャーナル』第216巻第1号、日本食品化学研究振興財団、2011年1月、64-65頁。 
  14. ^ なぜ、ヤクなのか?”. SHOKAY. SHOKAYジャパンオフィス/ダブルツリー株式会社. 2016年9月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年1月21日閲覧。
  15. ^ 歌舞伎 今日のことば・ことばで知る歌舞伎の世界 鬘と床山”. 歌舞伎美人(かぶきびと). 松竹. 2019年1月21日閲覧。

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