その後、同社から2002年に発売されたWarcraft IIIにはWarcraft III World Editorというツールが付属しており、ユーザーがマップやシナリオを自由に作成できたため、Eul、Guinsoo、スティーブ・フィーク(英語版)、アイスフロッグ(英語版)らによって Aeon of Strife を基にし、より先進的なグラフィックやゲームシステムを持つWarcraft IIIのMODとしてDefense of the Ancients(英語版)(略称 DotA)が作られ、2003年にリリースされた。
2006年に設立されたライアットゲームズ社はDotA製作者の一人であるGuinsooを雇用し、2009年にLeague of Legends (略称 LoL) を発表した。LoLはDotAの中心要素はそのままに、複雑なルールの簡略化や変更、拡張を行い、プレイヤーの実力を数値化するレーティングシステムとそのレーティングが近いもの同士でプレイできるオートマッチングシステムを導入し、ゲームプレイの敷居を大幅に下げ、Free-to-Playでゲーム運営を行った。その結果、それまで熱狂的なヘビーユーザーのものであったDotAのようなゲームをカジュアル化することに成功した。LoL発表以降は類似のゲームが多数作成され、それらは「DotA系」や「DotAクローン」と呼ばれ、一種の流行を形成し、LoLは2012年でヨーロッパと北米で最もプレー時間が長いゲームにまで成長した。
その後、Valve Corporationは2009年にIceFrogを雇用、2010年にDota 2の製作を発表した。これを受けてブリザードは裁判所に商標権使用の異議を申し立てたが、DotAはアマチュアクリエーターのMODであるという出自のためブリザードは商標登録をしておらず、最終的にValve社は商業的に「DotA」という名称を使用でき、その代わりにブリザードはファンコミュニティにおいて「DotA」を非商業的に使用できるが、開発中の「Blizzard DotA」を「Blizzard All-Stars(英語版)」に名称を変更するという和解に至り[1]、後に「Heroes of the Storm」という名称となった。