紋章記述
Arms: Quarterly: 1st and 4th, Barry of ten Or and Sable (Botteville); 2nd and 3rd, Argent, a Lion rampant with tail nowed and erect Gules (Thynne). Crest: A Reindeer statant Or. Supporters: Dexter: A Reindeer Or, gorged with a plain Collar Sable. Sinister: A Lion with tail nowed and erect Gules.[1]
バース侯爵(Marquess of Bath)は、グレートブリテン貴族の侯爵位。18世紀中期に閣僚職を歴任した第3代ウェイマス子爵トマス・シンが1789年に叙されたのに始まる。
バース侯爵家の本邸であるイングランド・ウィルトシャーのロングリートは、テューダー朝期の軍人・廷臣サー・ジョン・シン(1515頃-1580)によって建設された。彼の曾孫にあたるサー・ヘンリー・シン(1615–1680)は、1641年7月15日にイングランドの準男爵位の"コース城の"準男爵(Baronet "of Caus Castle")に叙せられた[2]
その息子で2代準男爵位を継承したサー・トマス・シン(英語版)(1640–1714)は、庶民院議員を務めた後、1682年12月11日にイングランド貴族爵位ウェイマス子爵(Viscount Weymouth)とウィルトシャー州におけるウォーミンスターのシン男爵(Baron Thynne, of Warminster in the County of Wiltshire)に叙せられて貴族院議員となった。この2つの爵位は自身の男系男子がない場合に2人の弟とその男系男子を特別継承者(special remainder)とする規定が付けられていた。その後、初代ウェイマス子爵は1702年から1707年にかけて通商及び海外プランテーション庁長官(First Lord of Trade and Foreign Plantations)を務めている[3][4]。
初代ウェイマス子爵は女子しか残さなかったため、彼の死後は特別継承者の規定に基づいて弟ヘンリー・フレデリック・シン(生年不詳-1705)の孫にあたるトマス・シン(1710–1751)が2代ウェイマス子爵位を継承した[4]。
2代ウェイマス子爵の死後、彼とその妻ルイーザ・カートレット(1714-1736)(2代グランヴィル伯爵・2代カートレット男爵ジョン・カートレットの娘)の間の長男トマス・シン(1734–1796)が3代ウェイマス子爵を継承した。彼は初代チャタム伯爵ウィリアム・ピット(大ピット)からノース卿フレデリック・ノースに至る3代の内閣において重要閣僚職である北部担当国務大臣や南部担当国務大臣を務め[5]、退任後の1789年8月18日にグレートブリテン貴族爵位バース侯爵(Marquess of Bath)に叙せられた[6][7]。
一方2代ウェイマス子爵とルイーザ・カートレットの次男(つまり初代バース侯の弟)ヘンリー・シン(英語版)(1735–1826)は、母方カートレット家の財産を継承してカートレット姓に改姓し、1784年に初代バース侯のヤンガーサン(次男以下)を特別継承者に規定したカートレット男爵位を新規に与えられている[8]。1826年にヘンリー・カートレットが死去すると特別継承規定に基づき、初代バース侯の次男ジョージ・シンが2代カートレット男爵[9]、ついで三男ジョン・シンが3代カートレット男爵位を継承している(いずれにも男子が無かったので3代カートレット男爵の死去とともに廃絶した)[10]。
一方バース侯爵位の方は、初代バース侯の死後、その長男であるトマス・シン(1765–1837)が2代バース侯を継承した。彼は襲爵前にトーリー党の庶民院議員を務めていた[6][11]。
彼の死後はその息子でやはりトーリー党の庶民院議員をしていたヘンリー・フレデリック・シン(英語版)(1797–1837)が3代バース侯爵位を継承したが、襲爵後すぐに死去した[6][12]。
その息子である4代バース侯ジョン・アレグザンダー・シン(1831–1896)は、ポルトガルやオーストリアへの外交使節(Envoy Extraordinary)を務めた。またナショナル・ポートレート・ギャラリーや大英博物館の受託者(Trustee)も務めた[13]。
その息子である5代バース侯トマス・ヘンリー・シン(英語版)(1862-1946)は襲爵前に保守党の庶民院議員を務め、襲爵後の1905年中にアーサー・バルフォア内閣においてインド担当省政務次官(英語版)を務めた[6][14]。
その長男であるウェイマス子爵(儀礼称号)ジョン・アレグザンダー・シン(1895-1916)は襲爵前に第一次世界大戦で戦死し、子供もなかったため[15]、5代バース侯の死後は次男ヘンリー・フレデリック・シン(英語版)(1905–1992)が6代バース侯を継承した。彼も襲爵前に保守党の庶民院議員を務めていた。第二次世界大戦が勃発すると従軍した[16]。
6代侯の死後はその息子であるアレグザンダー・ジョージ・シン(英語版)が7代バース侯を継承した[6]。
7代侯アレグザンダー(1932-2020)は作家として多数の著作を有していたほか、1976年にはThynneの家名のeを取り除いたThynnに改姓している。彼は2020年に新型コロナウイルスに感染して死去したため、爵位は息子スーアリンに継承された[17][18]。
8代侯スーアリン(1974-)が2020年現在のバース侯爵家現当主である。
現当主である第8代バース侯爵スーアリン・ヘンリー・ラズロ・シン(英語版)は以下の爵位を保有している[6][19]。