「ノーバディ・トールド・ミー 」(英語 : Nobody Told Me )は、1983年 にリリース されたジョン・レノン の楽曲 、およびそのシングル である。レノンの没後にリリースされたアルバム『ミルク・アンド・ハニー 』の先行シングルとして発表された。
解説
元々はレノンがハウス・ハズバンド 生活に入った1976年に作られた「Everybody's Talkin', Nobody's Talkin'」という曲で、この時点でほぼ完成しており、ピアノ とドラムマシン のバッキングでデモ・テープが録音されていた[ 1] 。
1980年8月、題名とコーラス部分を変えて、アルバム『ダブル・ファンタジー 』のレコーディング・セッションで録音された[ 2] が、収録曲からは外れた。
11月、旧友リンゴ・スター から新しいアルバム のために楽曲の提供を依頼されたレノンは、カントリー調の「ライフ・ビギンズ・アット・フォーティー」を書き下ろすとともに本作を提供することを決めた。11月26日、ニューヨークにやってきたスターに新たに録音したデモ・テープ[ 注釈 1] を渡し、年明け1月14日にレノンのプロデュースによるこれらの曲のレコーディングを行うことを約束して二人は別れた。しかし12月8日、レノンが銃撃されて亡くなった ため、この約束が果たされることは永遠になかった。結局スターはレコーディングを断念したため、この時点で陽の目を見ることはなかった[ 注釈 2] 。
1983年、オノ・ヨーコ は『ダブル・ファンタジー』に収録されなかった曲を中心にコンピレーション・アルバム『ミルク・アンド・ハニー 』を制作[ 5] 、本作を収録するとともに、自作の「オー・サニティ」をカップリング曲[ 注釈 3] としてシングルをリリースした。アメリカ のビルボード 誌では、1984年 3月3日に週間ランキング最高位の第5位を獲得[ 6] 、年間ランキングは第79位となった。
1990年にボックス・セット 『レノン 』がリリースされた際にも収録され、「アイム・ステッピング・アウト 」とのカップリングでシングルがリリースされた。その後も多くのコンピレーション・アルバムやボックス・セットに収録された[ 注釈 4] 。1998年リリースのボックス・セット『ジョン・レノン・アンソロジー 』にはアウトテイクが収録された[ 注釈 5] 。また、2020年リリースのコンピレーション・アルバム 『ギミ・サム・トゥルース. 』では新たにリミックス、リマスタリングされたバージョンが収録された。
1983年のシングル発売時にはレノンの過去の映像を使ったPVが製作された。2003年のDVD『レノン・レジェンド』では、オープニングに「イマジン」セッション時のリハーサル映像を挿入し、ジョンのカウントから歌に入り、ニューヨーク時代の映像を中心にしたものが新たに制作された。
歌詞の中の「There’s a little yellow idol to the north of Katmandu (カトマンズ の北に小さな黄色い偶像がある)」は、J・ミルトン・ヘイズ の有名な詩「黄色い神の緑の眼 」の冒頭の一節の引用である[ 注釈 6] 。
また、「There's UFOs over New York and I ain't too surprised (ニューヨークの上空にUFOがいても俺はあまり驚かない)」は、1974年のアルバム『心の壁、愛の橋 』の付属ブックレットに書かれた「1974年8月23日の夜に未確認飛行物体(UFO)を見た」[ 注釈 7] というレノンの主張に基づいている。
さらにコーラス部分の「Nobody told me there'd be days like these~(こんな日々があるなんて誰も教えてくれなかった)」は、アメリカの女性グループ、シュレルズ の1961年のヒット曲「ママ・セッド 」の一節「Mama said there'll be day like this (ママはこんな日もあるって言ってた)」を念頭に置いたものと言われている[ 注釈 8] 。
収録曲
オリジナル・シングル盤
# タイトル 作詞・作曲 リード・ボーカル 時間 1. 「ノーバディ・トールド・ミー」(Nobody Told Me) ジョン・レノン ジョン・レノン 3:34 2. 「オー・サニティ」(O' Sanity) オノ・ヨーコ オノ・ヨーコ 1:04 合計時間:
4:38
日本盤
# タイトル 作詞・作曲 リード・ボーカル 時間 1. 「ノーバディ・トールド・ミー」(Nobody Told Me) ジョン・レノン ジョン・レノン 3:34 2. 「ユア・ハンズ」(Your Hands) オノ・ヨーコ オノ・ヨーコ 3:04 合計時間:
6:38
1990年再発盤
# タイトル 作詞・作曲 リード・ボーカル 時間 1. 「ノーバディ・トールド・ミー」(Nobody Told Me) ジョン・レノン ジョン・レノン 3:34 2. 「アイム・ステッピング・アウト」(I'm Stepping Out) ジョン・レノン ジョン・レノン 4:06 合計時間:
7:40
参加ミュージシャン
チャート
脚注
注釈
^ カセットテープにレノンのボーカルとアコースティックギター、ドラムマシンによる演奏が録音されていた 。
^ 「ライフ・ビギンズ~」のデモ音源は1998年リリースの『ジョン・レノン・アンソロジー 』に収録された。
^ 日本盤のみ「ユア・ハンズ」。
^ 2002年にコンピレーション・アルバム 『インスタント・カーマ 』、2005年にコンピレーション・アルバム『決定盤ジョン・レノン〜ワーキング・クラス・ヒーロー』、2006年にはスターバックス 店舗限定コンピレーション・アルバム『リメンバー』[ 7] 、そして2010年にはボックス・セット 『ギミ・サム・トゥルース 』に収録された。
^ レコーディングされた10テイクのうち、テイク1が収録された[ 1] 。
^ 元の一節は「There's a one-eyed yellow idol to the north of Kathmandu (カトマンズの北に片目の黄色い偶像がある)」[ 8] である。なお、レノンのお気に入りだった1950年代のラジオ番組『ザ・グーン・ショー 』には、登場人物が「カトマンズの北に小さな黄色い偶像がある」というフレーズをジョークにしているエピソードがあった[ 9]
^ この出来事は、当時レノンの恋人だったメイ・パン も著書『Loving John』の中で、二人とも「点滅する白い光に囲まれた円盤状の物体が空を滑空しているのを見た」と語っている
^ レノンはビートルズ時代に同じシュレルズの1961年のヒット曲「ベイビー・イッツ・ユー 」をカバーしている。
出典
^ a b “Nobody Told Me ”. The Beatles Bible (2023年3月2日). 2023年4月24日 閲覧。
^ “Double Fantasy - In the studio ”. The Beatles Bible (2023年3月2日). 2023年4月24日 閲覧。
^ “Milk & Honey” . Rolling Stone . (March 1984). https://www.rollingstone.com/music/music-album-reviews/milk-honey-99637/ 2023年4月24日 閲覧。 .
^ a b “Billboard Hot 100 Chart - Week of March 3, 1984” . Billboard . https://www.billboard.com/charts/hot-100/1984-03-03/ .
^ “Opus Collection : Remember<限定盤> ”. Tower Records Online (2010年10月15日). 2023年4月24日 閲覧。
^ Hayes, J. Milton; Clarke, Cuthbert (1911), The Green Eye of the Yellow God (score for recitation with musical accompaniment, plate 1534), London: Reynolds & Co., https://www.birmingham.gov.uk/download/downloads/id/8731/the_green_eye_of_the_yellow_god.pdf
^ “The Goon Show Site - Script - The Fear of Wages (Series 6, Episode 25) ”. The Goon Show Site . 2023年4月8日 閲覧。
^ “Classifiche ” (イタリア語). Musica e Dischi . 27 May 2022 閲覧。 Set "Tipo" on "Singoli". Then, in the "Artista" field, search "John Lennon".
^ "The Irish Charts – Search Results – Nobody Told Me" . Irish Singles Chart . Retrieved January 17, 2021.
^ “Cash Box Top 100 3/10/84 ”. cashboxmagazine.com . 2023年8月24日 閲覧。
^ “Kent Music Report No 548 – 31 December 1984 > National Top 100 Singles for 1984 ”. Kent Music Report . 23 January 2023 閲覧。
^ “Top 100 Singles of 1984 – Volume 41, No. 17, January 05 1985 ”. RPM . Library and Archives Canada . May 21, 2018 閲覧。
^ “Talent Almanac 1985: Top Pop Singles”. Billboard 96 (51): TA-19. (December 22, 1984).
^ “Cash Box YE Pop Singles - 1984 ”. tropicalglen.com . 2023年8月24日 閲覧。
参考文献
外部リンク
John Lennon
生前
1969年 (1969 ) 1970年 (1970 ) 1971年 (1971 ) 1972年 (1972 ) 1973年 (1973 ) 1974年 (1974 ) 1975年 (1975 ) 1977年 (1977 ) 1980年 (1980 )
死後
1981年 (1981 ) 1982年 (1982 ) 1984年 (1984 ) 1985年 (1985 ) 1986年 (1986 )
"Rock and Roll People" (promo)
1998年 (1998 )