イタプア県[1](イタプアけん、スペイン語: Departamento de Itapúa)は、パラグアイ南部の県。県都はエンカルナシオン。全国で最も多い30地区からなる。
県名は、グアラニー族の県都エンカルナシオンの呼び名に由来する。itá は岩もしくは石、Punta は先という意味で、「岩石の一角」となる。
地理
パラグアイ東部地方の南東に位置する。北でアルト・パラナ県およびカアサパ県と、南でパラナ川対岸のアルゼンチンのミシオネス州、コリエンテス州と、東で同じくアルゼンチンのミシオネス州と、西でパラグアイのミシオネス県と隣接する。
気候は湿潤な準熱帯性だが気温は低めで、平均気温は15度、40度に達することもあれば-3度にまで下がることもある。年間降水量は1700ミリ近くで、7月と8月を除いて一年中観測される。
歴史
ミシオネス県から分離した後、エンカルナシオン市を県都として設置された。それから30年間、移民の流入とカルロス・アントニオ・ロペス鉄道のおかげでおおむね高い経済成長を記録した。その後は衰退が続いたが、1950年代にエンカルナシオンのカーニバルが有名になると、各地から観光客が訪れるようになった。1980年代に入って工業化が加速したが、それでもセントラル県など、ほかの地方に比べて立ち遅れている。
1989年、ジャシレタダムの湛水がはじまった。1991年に開通したサン・ロケ・ゴンサレス・デ・サンタ・クルス橋は、単にエンカルナシオン市とポサーダスのみならず、パラグアイとアルゼンチンをつなぐ唯一の橋である。
人口統計
2002年の国勢調査によると、イタプア県の総人口は45万3692人で、セントラル県とアルト・パラナ県についで全国で三番目に人口の多い県となっている。これは、パラグアイの総人口の8.9%を占める。
イタプア地方にはイタリア人、ドイツ人、ロシア人、ウクライナ人、フランス人、日本人、ポーランド人、さらに最近ではシリア人、レバノン人など、出自を異にするさまざまな移民団が入植してきた。この文化的多様性から「メルティング・ポット」の異名をとり、パラグアイで最もコスモポリタンな県とされている。入植間もない彼らはアルト・パラナやサン・ラファエル丘陵(現在国立公園となっている)で木材など天然資源の開発を主に行ったが、現在は事業をおこして成功した者もいる。また、農業(大豆、アブラギリ、トウモロコシ)や畜産に従事する者もいる。
行政区画
イタプア県は下記の30地区に分けられる。
地区
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人口(2002年)
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地区
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人口(2002年)
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地区
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人口(2002年)
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1 アルト・ベラ
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13,799
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11 フラム
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6,923
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21 ヌエバ・アルボラーダ
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9,193
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2 ベリャ・ビスタ
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9,193
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12 ヘネラル・アルティガス
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11,042
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22 オブリガード
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11,441
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3 カンビレータ
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9,193
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13 ヘネラル・デルガード
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6,611
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23 ピラポ
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6,754
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4 カピタン・メサ
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9,193
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14 オエナウ
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9,685
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24 サン・コスメ・イ・ダミアン
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7,322
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5 カピタン・ミランダ
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9,193
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15 イタプア・ポティ
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14,642
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25 サン・フアン・デル・パラナ
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7,091
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6 カルロス・アントニオ・ロペス
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17,622
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16 ヘスス
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5,560
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26 サン・ペドロ・デル・パラナ
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28,598
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7 カルメン・デル・パラナ
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9,193
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17 ラパス
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3,076
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27 サン・ラファエル・デル・パラナ
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20,434
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8 コロネル・ボガード
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17,065
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18 レアンドロ・オビエド
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4,353
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28 トマス・ロメロ・ペレイラ
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27,239
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9 エデリラ
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22,287
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19 マジョール・オターニョ
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12,157
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29 トリニダード
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6,873
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10 エンカルナシオン
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93,497
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20 ナタリオ
|
19,456
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30 ジャティタイ
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11,415
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出典・脚注
関連項目
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イタプア県に関連するカテゴリがあります。
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