池田 守男(いけだ もりお、1936年〈昭和11年〉12月25日 - 2013年〈平成25年〉5月20日)は、株式会社資生堂相談役、資生堂美容技術専門学校理事長、東洋英和女学院理事長・院長、株式会社小松製作所社外取締役、教育再生会議座長代理、日本基督教団銀座教会員。香川県高松市出身。神学部卒の異色経営者として知られた。
経歴
人物
- 牧師を志して神学部に進んだが、60年安保の時代でキリスト教の内部でも対立がありそのまま牧師になる決心がつかずに資生堂へ一般就職をした。秘書や総務畑を歩み、福原義春の社長後半時代に秘書室長を務め、側近として仕えた[2]。
- 好きな言葉は、聖書の「与ふるは受くるより幸ひなり」。
著書
脚注
- ^ “議案情報”. 参議院 (2007年2月21日). 2010年1月20日閲覧。
- ^ 資生堂は、いかにして生まれ変わったのか?ヒトとモノの仕組みを変えた池田守男元社長死去