中村 円一郎(圓一郎、なかむら えんいちろう、1867年(慶応3年6月) - 1945年(昭和20年)2月23日)は、明治時代後期から昭和時代前期の政治家、実業家、銀行家。貴族院多額納税者議員。中村秀平(後に、円一郎を襲名した)[3]とは別人。
経歴
遠江国榛原郡青柳村(神戸村、吉田村を経て現吉田町)で、中村円蔵の長男として生まれる[5][6]。家業の醤油醸造業を継ぐ。1896年(明治29年)静岡県会議員に当選。ついで榛原郡会議員などを務めたのち、1900年(明治33年)には全国茶業組合代表としてパリ万国博覧会に参加した。
1907年(明治40年)日本共同製茶を創立。ほか、静岡県再製茶業組合組合長、大井川鉄道初代社長、全国茶業組合中央会議所会頭、静岡商工会議所特別議員、三十五銀行頭取[7]、藤相鉄道[6]、中村製茶、日本紅茶各社長、自作農創設維持委員などを歴任した。
1918年(大正7年)静岡県多額納税者として貴族院議員に互選され、同年9月29日[8]から1939年(昭和14年)9月28日まで3期在任した。
脚注
参考文献
外部リンク