株式会社ヒューマックス(英語: Humax Corporation)は、レジャー産業およびレジャー・商業ビル賃貸を主に行う日本の企業である[2][3]。同社を中心とした企業群をヒューマックスグループ(英語: Humax Group)と呼び、同社は同グループ全体の経営方針の管理業務も行う[2][3]。
本項では同グループについても詳述する。
沿革
同社および同グループの沿革である[3]。
- 1947年(昭和22年)
- 1948年(昭和23年)5月 - 惠通企業株式会社として設立[3](登記上は同年8月[2])。
- 1953年(昭和28年)1月 - 新宿劇場を新築・開業[5][6]。
- 1958年(昭和33年)
- 4月 - グループ傘下に恵通不動産株式会社を設立。
- 6月 - グループ傘下に恵通商事株式会社、株式会社地球会館をそれぞれ設立。
- 12月 - 「新宿地球会館」(現・ヒューマックスパビリオン新宿アネックス)を落成・開館[3][4]。
- 1962年(昭和37年)
- 4月 - 峰商事株式会社を設立。
- 11月 - 「渋谷地球会館」(現・ヒューマックスパビリオン渋谷公園通り)を落成・開館。
- 1965年(昭和40年)11月 - ジョイパックフイルム株式会社を設立。
- 1967年(昭和42年)10月 -「池袋地球会館」(現・ヒューマックスパビリオン南池袋)を落成・開館。
- 1970年(昭和45年)10月 - グループを恵通ジョイパックグループに改称[3]。
- 1971年(昭和46年)10月 - 新宿劇場跡地に「新宿ジョイパックビル」(現・ヒューマックスパビリオン新宿歌舞伎町)を落成・開館。
- 1972年(昭和47年)5月 - ラスベガス商事株式会社を設立。
- 1976年(昭和51年)
- 3月26日 - 創業者の林以文が死去(満64歳没)[4]。
- 7月 -「新宿ジョイパックビル別館」(現・ヒューマックスパビリオン新宿東口)を落成・開館。
- 12月 - 「渋谷エムパイアビル」(旧リキ・スポーツパレス、現・ヒューマックス渋谷ビル)を買収。
- 1977年(昭和52年)7月 - 米国法人としてヒューマックスウエストInc.を設立。
- 1979年(昭和54年)
- 2月 - ジョイパックアミューズメント株式会社を設立。
- 7月 - 峰商事とラスベガス商事を合併し、ジョイパックレジャー株式会社に社名変更。
- 1981年(昭和56年)9月 - 自由が丘劇場(現・ヒューマックスパビリオン自由が丘)を買収。
- 1983年(昭和58年)4月 - 恵通企業の映画興行部門を独立分社し、ジョイパックシネマ株式会社を設立。他の事業部門もジョイパックフーズ株式会社、ジョイパックエンタープライズ株式会社、 ジョイパック商事株式会社をそれぞれ設立し、分社化。
- 1985年(昭和60年)
- 7月 - 株式会社クレディックスを設立。
- 12月 - 池袋劇場を改装し、「ジョイパックビル3」(現・ヒューマックスパビリオン池袋サンシャイン60通り)を落成・開館。
- 1987年(昭和62年)7月 - 恵通企業が株式会社ヒューマックスに社名変更。グループをヒューマックスグループと改称[3]。
- 1989年(平成元年)
- 3月 - グループの総合事務所として「ヒューマックス富久町ビル」を完成。
- 4月 - ジョイパックフィルムを株式会社ヒューマックスピクチャーズに、ジョイパックシネマを株式会社ヒューマックスシネマにそれぞれ社名変更。
- 1991年(平成3年)
- 3月 - 富士汽船株式会社の株式を取得し、資本参加。
- 4月 - ジョイパックフーズとジョイパック商事が合併、株式会社ヒューマックスハートに社名変更。
- 7月 - 恵通商事を株式会社ヒューマックスエステートに社名変更。ヒューマックスピクチャーズ、ヒューマックスシネマ、ヒューマックスアルファチャンネルが合併し、株式会社ヒューマックスピクチャーズとする。
- 1992年(平成4年)
- 3月 - ヒューマックスエステートとジョイパックエンタープライズが合併し、新社名を株式会社ヒューマックスエステートとする。
- 11月 -「ヒューマックスパビリオン所沢」、「ヒューマックスパビリオン渋谷公園通り」をそれぞれ開館。
- 12月 -「ヒューマックスパビリオン永山」を開館。
- 1993年(平成5年)12月 -「ヒューマックスパビリオン自由が丘」を開館。
- 1994年(平成6年)3月 - ヒューマックスハートと恵通不動産が合併し、株式会社ヒューマックスハートとなる。「ヒューマックス渋谷ビル」を竣工。
- 1995年(平成7年)7月 - 株式会社ヒューマックステクノロジーを設立。
- 1996年(平成8年)11月 -「ヒューマックス恵比寿ビル」を取得。
- 1997年(平成9年)
- 2000年(平成12年)
- 3月 - 「ヒューマックス南新宿ビル」を取得。
- 7月 - 富士汽船がヒューマックスハートを合併。「ヒューマックスパビリオン池袋サンシャイン60通り」を開館。
- 10月 - 富士汽船が株式会社ワンダーテーブルに社名変更。
- 2001年(平成13年)2月 -「ヒューマックスパビリオン立川」を開館。
- 2003年(平成15年)
- 2月 - ヒューマックステクノロジーが株式会社ヒューマックスシネマに社名変更。
- 3月 - ヒューマックスピクチャーズの全事業部門を、株式会社ヒューマックスシネマに営業譲渡。
- 4月 - 株式会社ヒューマックスと株式会社ヒューマックスエステートが合併。
- 2006年(平成18年)
- 3月 - 株式会社ヒューマックスと華僑国際企業株式会社が合併。
- 4月 -「ヒューマックスパビリオン新宿東口」を開館。
- 2007年(平成19年)11月 -「ヒューマックスパビリオン大森」を開館。
- 2010年(平成22年)11月 - 株式会社ヒューマックスが株式会社ワンダーテーブルを完全子会社化、上場廃止。
- 2011年(平成23年)1月 -「ヒューマックスパビリオン新宿アネックス」の改修工事が完成する。
データ
- 歴代社長:
- 林以文(1948年 - 1976年)[4]
- 林瑞祥(1976年 - 2012年)[7][8]
- 林祥隆(2012年 - 現行)[2][8]
- グループ歴代会長
- 林以文(1948年 - 1976年)[4]
- 林瑞祥(1976年 - 現行)[9]
- 社名由来:Maximizing Human Potential - 人間としての可能性を最大限に生かす[10]
関連会社
現行
- ジョイパックアミューズメント株式会社[12]
- 所在地:東京都渋谷区恵比寿南一丁目1番1号 ヒューマックス恵比寿ビル9階
- 設立:1979年2月
- 代表取締役社長:林光男
- 株式会社クレディックス[13]
- 所在地:東京都新宿区西新宿三丁目20番2号 東京オペラシティタワー22階
- 設立:1985年7月
- 資本金:5,593万円
- 代表取締役社長:林瑞禎
消滅
- 株式会社ヒューマックスエステート - 1958年6月に恵通商事株式会社として設立。1991年7月に社名変更。2003年4月に株式会社ヒューマックスと合併。
- 株式会社ヒューマックスハート - 1991年4月にジョイパックフーズ株式会社(1983年4月分社化)とジョイパック商事株式会社(同)が合併して設立。2000年7月に富士汽船株式会社(現・ワンダーテーブル)に合併。
- 恵通不動産株式会社 - 1958年4月に設立。1994年3月に株式会社ヒューマックスハートと合併。
- 株式会社ヒューマックステクノロジー - 1995年7月に設立、2003年2月に株式会社ヒューマックスシネマへ社名変更。
- 株式会社ヒューマックスピクチャーズ - 1965年11月にジョイパックフイルム株式会社として設立。1989年3月に社名変更。2003年2月に株式会社ヒューマックスシネマへ全事業部門を譲渡。
- 峰商事株式会社 - 1962年4月に設立。1979年7月にラスベガス商事株式会社と合併し、ジョイパックレジャー株式会社に社名変更。
- ラスベガス商事株式会社 - 1972年5月に設立。1979年7月に峰商事株式会社と合併し、ジョイパックレジャー株式会社に社名変更。
- ジョイパックエンタープライズ株式会社 - 1983年4月に分社化して設立。1992年3月に株式会社ヒューマックスエステートと合併。
- ジョイパックシネマ株式会社 - 1983年4月に分社化して設立。1989年3月に株式会社ヒューマックスシネマへ社名変更。
脚注
参考文献
関連項目
外部リンク