ガリシア語 (ガリシアご、o galego、a lingua galega )は、インド・ヨーロッパ語族 イタリック語派 の1言語。スペイン 北西部ガリシア州 でガリシア人 を中心に使われている。ISO 639 による言語コードは、2字がgl 、 3字がglg で表される。
概要
ガリシア語は、カスティーリャ語(スペイン語) 、フランス語 、イタリア語 、ポルトガル語 、ルーマニア語 と同様にラテン語 から派生したロマンス語 のひとつである。歴史的には古代ローマ帝国 時代にガラエキア と呼ばれたプロウィンキア で話されていた俗ラテン語 がその母体となっている。この地域は現在のスペインのガリシア州とそれに隣接するアストゥリアス州 の一部、カスティーリャ・イ・レオン州 のレオン県 並びにサモーラ県 のガリシア隣接地域、そしてドウロ川 以北の北ポルトガルにまで広がり、現在のガリシア州 よりも広い地域であった。西ローマ帝国 崩壊後、この地域にはヴァンダル族 が侵入、その後スエビ族 がガリシア王国 をうちたてた。その後、この地域は、一定の自治権を保ちつつレオン王国 の支配下に入った。
したがってこの時代のこの地域の言語は一体的であったが、現在のポルトガルの母体となった、ポルトゥカーレ伯領 がカスティーリャ王権から独立することによって、ガリシア語とポルトガル語はそれぞれ別の道を歩むことになる。
現在のリスボンを中心とする標準ポルトガル語はレコンキスタ の過程で、ドウロ川以北で話されていたロマンス語に、その地域で話されていたアラビア語 およびモサラベ語 の音韻 的影響を受けたため音韻的にはかなり異なっているという印象を受けるが、ドウロ川以北のポルトガル語とは音韻的にもガリシア語と非常に共通点が多い。
使用地域
現在のガリシア語使用地域はガリシア州を構成するア・コルーニャ県 、ポンテベドラ県 、ルーゴ県 とオウレンセ県 の他にアストゥリアス州の西部テラ・エオ=ナビア 、カスティーリャ・イ・レオン州のレオン県西部オ・ビエルソ 、サモーラ県西部のポルテラス 地域、そしてエストレマドゥーラ州 カセレス県 北西部のサン・マルティン・デ・トレベージョ 、アス・エージャス 、バルベルデ・ド・フレスノ の3地域である。その他、ガリシアからの移民の多いブエノスアイレス (アルゼンチン )、カラカス (ベネズエラ )、モンテビデオ (ウルグアイ )、ハバナ (キューバ )、メキシコ・シティー (メキシコ )などのラテンアメリカ 地域やヨーロッパ各国にも、ガリシア語のコミュニティーがあるといわれている。
特徴
音素としての鼻母音 は存在せず(ポルトガル語の-çãoはガリシア語では-ciónとなる)、このことがポルトガル語と比べ最も音韻的に異なる特徴となっている。
ガリシア語がそのほかのロマンス語と大きく異なっている点は、助動詞を用いた完了時制が存在しないことである。
正書法
以前の正書法ではスペイン語と同様に、疑問文と感嘆文の始めにはそれぞれ倒置疑問符 、倒置感嘆符 を用いるとされていたが、現在では基本的には倒置符は用いられない。しかし分かりやすさのために使うことは認められている。
ポルトガル語との繋がりを重視し、ポルトガル語とほとんど同じ正書法 を使用する少数派も存在する。例えば「ガリシア語協会」(Associaçom Galega da Língua)という団体が主張している正書法は鼻音の処理の方法以外はほぼポルトガル語と同じである。例えば、レアル・アカデミアの正書法では-ción、-zónとなる名詞の語尾は、協会のものは-çom、不定冠詞unはum、unhaはumhaなど。また、xで表される文字(この書記素は/ʃ/を表す)がjに、語中の-s-が-ss-に、未完了過去を表す形態素-baが、-vaなどとなっている。この正書法の背景は、ガリシア語は、言語というよりポルトガル語の方言であるとの立場によるもので、一般には受け入れられているとは言い難い。
2003年の正書法改定
2003年に正書法が改定された。これによって、いわゆる定冠詞の第二形式(lo、los、la、las)の使用が一部の場合を除き、基本的には義務的ではなくなった(一応使用が好ましいとはされている)。この改定によって、実際の見た目の印象がずいぶん異なる。また、いくつかの単語の語形が改められた。
音声
母音
音素(IPA )
書記素
例
/a /
a
nada
/e /
e
tres
/ɛ/
e
ferro
/i /
i
min
/o /
o
bonito
/ɔ/
o
home
/u /
u
rua
子音
音素(IPA )
書記素
例
/b /
b/v
banco , ventá
/θ /
z/c
cero , zume
/tʃ/
ch
chama
/d /
d
dixo
/f /
f
falo
/g /
g/gu
galego , guerra
/k /
c/qu
conta , quente
/l /
l
luns
/ʎ /
ll
botella
/m /
m
mellor
/n /
n
nove
/ɲ/
ñ
mañá
/ŋ /
nh
algunha
/p /
p
por
/ɾ/
r
hora
/r /
r/rr
recto , ferro
/s /
s
sal
/t /
t
tinto
/ʃ/
x
viaxe
文法
人称代名詞
強形人称代名詞
ガリシア語の強形人称代名詞
数
人称
性
主格
斜格
自由
拘束
非再帰
再帰
非再帰
再帰
単数
1
-
eu
min
comigo
2
-
ti
contigo
3
男性
el
si
-
consigo
女性
ela
複数
1
-
nós / nosoutros, -as
connosco
2
-
vós / vosoutros, -as
convosco
3
男性
eles
si
-
consigo
女性
elas
前置詞と3人称代名詞の縮約
el
eles
ela
elas
de
del
deles
dela
delas
en
nel
neles
nela
nelas
弱形人称代名詞
ガリシア語の弱形人称代名詞
数
人称
性
非再帰
再帰
与格
対格
単数
1
-
me
2
-
che
te
3
男性
lle
o, lo, no
se
女性
a, la, na
複数
1
-
nos
2
-
vos
3
男性
lles
os, los, nos
se
女性
as, las, nas
ガリシア語の弱形人称代名詞 の縮約
3人称対格
男性
女性
単数
複数
単数
複数
o
os
a
as
与格
単数
1人称
me
mo 私にそれを
mos 私にそれらを
ma 私にそれを
mas 私にそれらを
2人称
che
cho 君にそれを
chos 君にそれらを
cha 君にそれを
chas 君にそれらを
3人称
lle
llo 彼(女)、あなたにそれらを
llos 彼(女)、あなたにそれらを
lla 彼(女)、あなたにそれを
llas 彼(女)、あなたにそれらを
複数
1人称
nos
nolo 私たちにそれを
nolos 私たちにそれらを
nola 私たちにそれを
nolas 私たちにそれらを
2人称
vos
volo 君たちにそれを
volos 君たちにそれらを
vola 君たちにそれを
volas 君たちにそれらを
3人称
lle
llelo 彼(女)ら、あなた方にそれを
llelos 彼(女)ら、あなた方にそれらを
llela 彼(女)ら、あなた方にそれを
llelas 彼(女)ら、あなた方にそれらを
ガリシア語の弱形代名詞は接辞で、平叙文では基本的に定動詞に前接する。その場合、動詞に密着して書かれるため、強勢の位置が移動しないようアクセント記号を必要個所に、添えなければならない。また否定文、一部の副詞の後、副文では動詞の前に置かれる。この場合は、動詞とは離して書かれる。
冠詞
冠詞には定冠詞と不定冠詞がある。カッコ内は定冠詞の第2形式(2003年の正書法改定で、前置詞porとの縮約などを除き、義務的ではなくなったが、その使用は望ましいとされている)。
定冠詞
単数
複数
男性
o (lo)
os (los)
女性
a (la)
as (las)
前置詞と定冠詞の縮約
o
os
a
as
a
ao / ó
aos / ós
á
ás
con
co
cos
coa
coas
de
do
dos
da
das
en
no
nos
na
nas
por
polo
polos
pola
polas
前置詞aと男性定冠詞o、osの縮約形は2つの形式が認められているが、発音はどちらも[ɔ]、[ɔs]である。
不定冠詞
単数
複数
男性
un /uŋ/
uns /uŋs/
女性
unha /uŋ.a/
unhas /uŋ.as/
前置詞と不定冠詞の縮約
un
uns
unha
unhas
con
cun
cuns
cunha
cunhas
de
dun
duns
dunha
dunhas
en
nun
nuns
nunha
nunhas
動詞
動詞は不定詞の語尾-ar、-er、-irによって3種類の活用タイプに分けられる。
規則動詞の直説法現在活用
不定形
andar
bater
partir
単数
1人称
ando
bato
parto
2人称
andas
bates
partes
3人称
anda
bate
parte
複数
1人称
andamos
batemos
partimos
2人称
andades
batedes
partides
3人称
andan
baten
parten
第一規則活用動詞 andar の活用
叙法
直説法
接続法
命令法
不定法
時制
現在
未完了過去
完了過去
大過去
未来
過去未来
現在
過去
未来
単数
1人称
ando
andaba
andei
andara
andarei
andaría
ande
andase
andar
-
andar
2人称
andas
andabas
andaches
andaras
andarás
andarías
andes
andases
andares
anda
andares
3人称
anda
andaba
andou
andara
andará
andaría
ande
andase
andar
andar
複数
1人称
andamos
andabamos
andamos
andaramos
andaremos
andariamos
andemos
andásemos
andarmos
andarmos
2人称
andades
andabades
andastes
andarades
andaredes
andariades
andedes
andásedes
andardes
andade
andardes
3人称
andan
andaban
andaron
andaran
andarán
andarían
anden
andasen
andaren
andaren
動詞の叙法はその他のロマンス語同様直説法(indicativo)、接続法(subxuntivo)、命令法(imperativo)がある。
動詞の時制は単純時制のみで、助動詞+過去分詞の複合過去完了形式は存在しない。これは、隣接言語アストゥリアス語 、レオン語 と同じである。
直説法には現在(presente)、未完了過去(copretérito)、完了過去(pretérito)、大過去(antepretérito)、未来(futuro)、過去未来(pospretérito)、接続法には現在、過去、未来があるが、接続法未来活用は現在は一部の言い回しなどには残っているが、使われない。
ポルトガル語同様人称不定詞(infinitivo conxugado、またはinfinitivo persoal)が存在する。この形式は接続法未来活用と同一形式である。
過去の過去、つまり大過去あるいは過去完了の単純形式が存在する、この形式はスペイン語では接続法過去の-ra形となっている。したがって、接続法過去形式は他のロマンス語同様語源的な-se形のみである。
直説法完了過去活用を除いて2人称複数活用語尾は-desで、これはラテン語 の活用語尾-TISに由来し、語源的な-d-を保っている。
直説法未完了過去活用の1人称・2人称複数活用形のアクセント位置はandaba mos、andaba desで、語源的なラテン語のアクセント位置を保っているといえる。ロマンス語になって不定詞に助動詞の未完了過去語尾(-ía、-ía、-ía、-ia mos、-ia des、-ían)によって形成された過去未来活用形も同様に、andaria mos、andaria desで、ポルトガル語や、スペイン語と異なる。ただし方言形にはポルトガル語やスペイン語同様語幹にアクセントが移動した形式も見られる。
方言
ガリシア語は現在大きく分けて、3つの方言地域に分けられている[ 2] 。西部のア・コルーニャ県とポンテベドラ県の海岸地域(コスタ・ダ・モルテ 、リアス・バイシャス )を中心とする西部方言地域(西部ブロック)、東部のルーゴ県とオウレンセ県の東部地域並びに隣接するアストゥリアス州とカスティーリャ・イ・レオン州の西部で話されている東部方言地域(東部ブロック)、その中間に位置するア・コルーニャ県・ポンテベドラ県東部とルーゴ県・オウレンセ県の大部分で話されている中部方言地域(中央ブロック)である。
一部の方言には通常の1人称、2人称複数代名詞(nós、vós)とは別に、排他的な1人称、2人称複数代名詞(nosoutros、vosoutros)が存在する(ただし地域によっては、nós、vósの代わりにnosoutros、vosoutrosが使われる)。
また、ガリシア州外の以下の地域でもガリシア語の変種が話されている。
アストゥリアス州の西部、エオ川とナビア川に挟まれた地域で話されている言語、アストゥリアス・ガリシア語、エオナビア語(gl 、ast )と呼ばれる。
カスティーリャ・イ・レオン州レオン県及びサモーラ県西部
エストレマドゥーラ州カセレス県で話されている。Fala de Estremadura と呼ばれる[ 3] 。
ラテン語からガリシア語への変化
脚注
^ 欧州委員会 (2005年11月). Europeans and their Languages - Special Eurobarometer (PDF) (Report).
ここに挙げた数字は欧州委員会によって2005年11月、12月に実施された言語調査に基づいている。同調査は15歳以上のものを対象としており、当時のスペインの該当人口は35,882,820人で(12頁)、ガリシア語母語話者率5%(2頁)より算出。Ethnologueのデータによれば全世界での話者人口(第一言語話者数、第二言語話者数を含む)はデータが1986年で古いが3,185,000人(2010年)となっている([1] )参照。
^ Fernández Rei, Francisco (1990). Dialectoloxía da lingua galega . Universitaria manuais (3ª, 2003 ed.). Xerais. pp. 34-38. ISBN 8475074723
^ Costas González, Xosé-Henrique (2013). O valego As falas de orixe galega do Val do Ellas (Cáceres - Estremadura) . Vigo: Edicións Xerais de Galicia. ISBN 9788499145570
ガリシア語についての日本語文献
柿原武史「少数言語復興政策は押しつけなのか−ガリシア語の事例−」『社会言語学 』VIII、2008年
参考文献
ÁLVAREZ, Rosario et Xosé Xove (2002): Gramática da Lingua Galega , Editorial Galaxia, Vigo ISBN 84-8288-335-6
REAL ACADEMIA GALEGA et INSTITUTO DA LINGUA GALEGA (2004): Normas ortográficas e morfolóxicas do idioma galego , ISBN 84-87987-51-6
Costas González, Xosé-Henrique (2011): A lingua galega no Eo-Navia, Bierzo Occidental, As Portelas, Calabor e o Val do Ellas; Historia, breve caracterización e situación sociolingüística actual , Cadernos de Lingua Anexo 8, Real Academia Galega, A Coruña, ISBN 978-84-87987-46-5
関連項目
外部リンク