『エステルハージの聖母』(エステルハージのせいぼ、伊: La Madonna Esterhazy, 洪: Az Esterházy Madonna)として知られる『聖母子と幼児の洗礼者聖ヨハネ』(せいぼしとようじのせんれいしゃせいヨハネ、英: Virgin and Child with the Young Saint John the Baptist)は、イタリアの盛期ルネサンスの巨匠ラファエロ・サンツィオが1508年頃に制作した絵画である。油彩。小さな作品で、本作品の名はハンガリーの貴族ニコラウス・エステルハージのコレクションであったことに由来している。未完成ではあるが保存状態は良好である。現在はブダペスト国立西洋美術館に所蔵されている[1][2][3][4][5]。またウフィツィ美術館には本作品の習作素描が所蔵されている[2][4][5]。
作品
ラファエロは牧歌的な風景の中でひざまずいた聖母マリアと岩の上に座った幼子キリストを描いている。幼児の姿をした洗礼者聖ヨハネもまた聖母の隣にひざまずいているが、右手に持った紙片を熱心に調べている。画面右の幼子キリストは洗礼者聖ヨハネの持つ紙片を指さしながら身を乗り出しており、聖母マリアも息子が岩から転がり落ちないように支えながら洗礼者聖ヨハネのほうを見つめている。背景には古代ローマのネルウァのフォルムの遺跡が見える[4]。様式的に本作品はラファエロのフィレンツェ時代後期、あるいはローマ時代初期に位置づけられている[1][2][4]。この時期のラファエロはしばしば聖母子画の中に洗礼者ヨハネを導入し、姿勢によってそれぞれの登場人物の内面を表現し、また人物間のつながりを模索した[2]。注目されるのは聖母の複雑な身体の動きであり、身を乗り出した幼児キリストを支えようとする回転運動に対し、聖母の頭部はそれとは反対の方向に回転しており、なおかつこれらの人物像を聖母を中心とするピラミッド型の構図にまとめ上げている[6]。このような構想はレオナルド・ダ・ヴィンチの芸術に対する深い研究によって学び取ったものである[1][2]。また聖母の姿勢は古代彫刻『しゃがむヴィーナス(英語版)』(Crouching Venus)のレオナルド・ダ・ヴィンチの解釈から発展しており[1]、それに対して洗礼者ヨハネのポーズはミケランジェロ・ブオナローティが『聖家族』(La Sacra Famiglia con san Giovannino)で描いた幼児イエスを着想源としている[2]。
1983年11月、ブダペスト国立西洋美術館からラファエロの2作品『エステルハージの聖母』と『若い男の肖像』(Portrait of a Young Man)を含むイタリア絵画の名品7点が、イタリア人とハンガリー人で構成された窃盗グループによって盗まれた。当時『エステルハージの聖母』は2,000万ドルの価値があると見なされ、窃盗事件による被害総額は10億436万フォリントと推定された。ハンガリーの新聞はこの出来事を大きく捉え、今世紀最大の盗難事件として報道した。国際刑事警察機構(インターポール)はすぐに捜査に加わり、翌1984年に窃盗犯は全員逮捕され、イタリアの国家治安警察隊によって本作品を含むすべての絵画がギリシャの放棄された修道院から回収された。しかし窃盗グループに犯行を命じたとされるギリシャの企業家とその兄弟については、事件に関与した証拠は発見されなかった。絵画は輸送と保管に問題があったため損傷を受けたものの、美術館に返還された[8]。2019年にはこの事件を扱ったドキュメンタリー映画『オペレーション・ブダペスト』(Operation Budapest)がジルベルト・マルティネッリ(Gilberto Martinelli)とアンナ・ナジ(Anna Nagy)の監督で製作された[8][9]。