青沼 ちあさ(あおぬま ちあさ、1975年8月1日 - )は、日本の元グラビアアイドル、元AV女優。1990年代に活動した。
埼玉県岩槻市(現 さいたま市岩槻区)出身。一部の雑誌に、1974年生まれとしているものがある。
1993年、『投稿写真』(サン出版)8月号の巻頭特集でグラビアデビュー。名付け親は写真家古川春彦。当初はヌードにはなるがアダルトビデオには出演しないというスタンスで、英知出版系メディアを中心に芸能活動を続けた。“ヌードル”という新語(ヌードになるアイドルの意味)も登場し、その代表格であった[2]。
「青沼ちあさ」の名を一躍有名にしたのは英知出版の出版物ではなく、海外の写真集スキャンであった。黎明期を脱して利用者が拡大しつつあったインターネットで、この時期[いつ?]日本のヌードグラビアをスキャン、レタッチして、ネットニュース上に投稿することが行われており[注 1]、それらのスキャン画像を集めたインターネット上のサイトが国内外に乱立、最盛期には50箇所にも達した。この写真集スキャン画像で最大の人気を誇ったのが青沼ちあさであった。こうして海外にも多くのファンが生まれ、日本人美少女モデルの代名詞的存在になった。
日本でも、雑誌のグラビアの時期よりインターネット時代になってから多くのファンが生まれた。1997年末にはほぼグラビア活動が終息していたにもかかわらず、第二次スキャンブームと言える時期がこの後2000年頃まで続いた[注 2]。 数多くのスキャン画像が初期にはニュースグループにて、後には画像サイトを通じて広まった。
1997年8月、クリスタル映像より突如AVデビュー。出演作3本いずれもソフトな内容であり、良い評価は得られなかった[2]。結果的に、同年暮れには事実上芸能活動を停止した。
2000年4月、自身のブログ[2]で正式に引退を発表した。