苓北観光汽船(れいほくかんこうきせん)は、熊本県苓北町に本社を置く日本の海運会社。苓北町富岡と長崎市茂木の間で旅客船を運航している。本項では同社の運航する航路の概略についても記述する。
長崎市・茂木港と天草を連絡する航路は、九州商船発足時から長らく同社によって運航されていた。旅客船時代には本渡を経て、三角、島原までの航路もあったが、陸上交通の整備、特に天草架橋もあって年々縮小され、1965年(昭和40年)に茂木 - 富岡にフェリーが就航した時点では、既に富岡 - 天草・三角方面の航路とは分離されており[1]、富岡以東についてはその後廃止された。
1982年(昭和57年)には、予備船として残っていた九州商船最後の在来貨客船「鯨波丸」がこの航路で最終航海を行い、同社の完全フェリー化が達成され[2]、同年8月1日には、長崎天草フェリー株式会社として分社化された[3]。
この体制も長くは続かず、1987年(昭和62年)に長崎天草フェリーは航路を廃止し撤退[4]、代わって安田産業汽船による運航となる。当時、安田産業汽船は長崎 - 串木野航路の超高速船「にっしょう」等、積極的な航路拡大を進めており、茂木 - 富岡航路でもフェリーに加えて高速旅客船を運航するなど意欲的な動きが見られたが、2000年代に入ると燃油費高騰もあって採算は厳しく、フェリーの運航を2004年(平成16年)10月1日に休止、旅客船のみの運航となった。その後、自治体からの支援によって、2006年(平成18年)4月1日から旅客船に代わってフェリーの運航を再開した。新たに導入されたフェリーは苓北町が購入し、「公設民営」の形で運営された[5]が、やはり採算は厳しく、安田産業汽船は2011年(平成23年)10月1日に撤退、フェリーも海外売船された。
その後、通院等で一定の需要があることから、苓北観光汽船株式会社が設立され、新たに高速旅客船によって航路の運航を行っている。
いずれも小型船舶の高速旅客船である。
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