石河 政朝(いしこ まさとも)は、江戸時代中期の武士(旗本)。尾張藩家老石川章長の五男で、旗本の石河家を継いだ。
経歴
元禄12年(1699年)閏9月27日徳川光友の菟裘小姓(隠居後の小姓)、宝永元年(1704年)8月2日尾張藩奥組。宝永2年(1705年)幕府旗本石河政郷の養嗣子となり、諱を正森から政朝と改める。享保14年(1729年)に家督を継ぎ、目付、小普請奉行を歴任後、元文3年(1738年)2月28日に江戸北町奉行に就任。公事方御定書の編纂に携わる。延享元年(1744年)6月1日の退任後、大目付を拝命する。宝暦4年(1754年)5月1日西丸小姓組番頭となり、宝暦6年(1756年)に西丸留守居に昇進する。明和2年(1765年)に80歳で死去、養子の政武が後を継いだ。
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