焼肉定食 (やきにくていしょく)とは、弱肉強食 とかけた日本語 におけることわざパロディ の一種。
概要
1980年代後半から散見されるパロディであり、「『○肉○食』:○にそれぞれ適切な漢字を入れて四字熟語を完成させよ」という問いに対して、想定されている解答の『弱肉強食』ではなく『焼肉定食』と答えた学生がいるといった都市伝説 的な文脈で引用されることが多い[1] [2] 。(都市伝説の一覧#試験 も参照)。評論家の大隈秀夫 が、出版の専門学校にて「弱肉強食」が正解となる問いを出題したところ、「焼肉定食」と解答した受講生が実際にいたという。その受講生に後で尋ねてみると「それしか思いつかなかった」と答え、大隈を唖然とさせたという[3] 。また、漫画家 のはらたいら は、高校の国語の試験で「○肉○食」の熟語を完成させる問いに対し、本来なら「弱肉強食」と答えるべきところを「焼肉定食」と書いたことがあるとエッセイで語っている[4] 。
焼肉定食とは、本来、日本において大衆食堂 や牛丼 チェーン などで供される定食 の一種である。店によって様々なバリエーションがあるが、典型的な焼肉定食は、タレ で味付けされた薄切り肉と野菜類に、ご飯 と味噌汁 と香の物 などが一揃いになったものである。国語辞典 でこそ、目下のところ用例を見出すことのない一種の俗語 であるが、日本人 にとって馴染みの深い言葉であり、日本語として広く定着している。例えば、グルメリポートでも焼肉定食の特集が組まれることがある[5] [6] 。また、日本国外でも日本の食文化 として紹介されたり[7] 、外国人向けの日本語教材でも、“set meal with grilled meat”として取り上げられたりしている[8] 。
焼肉定食・弱肉強食は、ともに4字の漢字のみで構成される言葉である。国語辞典 などで同様に漢字4字が並ぶ言葉を探すと、「弱肉強食」のほか、「臥薪嘗胆 」や「一期一会 」のように教訓や知識を含蓄し、物事を簡潔に形容する慣用句 やことわざ として用例のあるものが多い。このような語は、しばしば「故事成語 」あるいは「四字熟語 」と総称され、近年ではこれらの語のみを収録した「四字熟語辞典」も出版されている。日本において、「弱肉強食」という語は漢籍 に基づく四字熟語であるとみなされており[9] 、国語教育 において、学生などの語彙力を試す格好の題材となりうる。対して「焼肉定食」という語は、前述のように国語辞典や四字熟語辞典に用例が見られない俗語であり、多くの日本人がこれを真面目な題材として捉えないと想定されることから、パロディとして成立するものである[10] 。
用例
「弱肉強食 」は韓愈 『送浮屠文暢師序』中の句「弱之肉、強之食」(弱の肉は強の食なり)に由来し、弱い者が強い者の犠牲になるような、実力の違いが、そのまま結果に違いを生ずる闘争状態の世界の比喩として、「この世は弱肉強食」などと用いる。これをもじって「この世は焼肉定食」などとする。典型的な言葉遊び の一種であり、修辞学 においてはマラプロピズム (Malapropism)と呼ぶ。修辞技法 として、論文などでも唐突に引用されることがある[11] 。「焼肉定食」のこのような用例は一般にもよく浸透しており、劇作家の別役実 は、今後、慣用句 として別の意味が定着する可能性を指摘している[10] 。
また、パロディとしての面白さを再帰的に利用した用例も存在する。例えば、ナムコ(後のバンダイナムコエンターテインメント )は1980年代に「『( )肉( )食』は、『弱肉強食』か『焼肉定食』か」という風変りなキャッチコピー で求人広告を出したことがあるが、これには「『弱肉強食』という言葉を知っていても『焼肉定食』と答えるような人材が欲しい」という意図があったという[12] [13] 。同様に実業家 の玉井勝文 は著書の中で、「弱肉強食」と答える若者は「普通の社会人」になり、弱肉強食という単語を知った上で「焼肉定食」と答える若者は、気の利いたコミュニケーションができるので「人から愛され、広い人脈を築ける」とし、「焼肉定食」しか答えが思い浮かばない若者は「バカにされるか、人間関係が貧しいまま終わる」という趣旨の発言をしている[14] 。
分類と構造
語彙 として「焼肉定食」の位置付けが議論となることがある。これは、熟語 ・四字熟語 ・成語 などの用語が指す範囲が一定しないことに起因する。例えば熟語を「複数の漢字が結合し、1つの単語となったもの」と解釈する国語辞典がある[15] 。この解釈によれば、「焼肉定食」という語は、熟語であり、かつ4字で構成されるので、四字熟語 であるということになる。一方で、「熟語」を「語の要素が強く結合し、慣用 が固定しているもの」と解釈する国語辞典もある[16] 。この解釈によれば、「焼肉 」「定食 」は、それぞれ熟語であるが、「焼肉定食」はこれらが緩く結合した単なる複合語 に過ぎないという。類似の議論はかなり古い時期からなされていたらしく、1941年に技術院 の設置について審議された際、当局は「『科学技術』は一熟語であり、『科学』、『技術』の単なる並列ではない」と回答したという[17] 。
日本人の中には、「焼肉定食」を四字熟語と見なすことに強い違和感を抱く者も多い。これは、前述のように「焼肉定食」が複合語 に過ぎないと認識されていることも、理由の1つであるが、もっと大きな理由に、日本人が四字熟語に対して抱く、感覚的イメージが挙げられる。多くの日本人が「四字熟語は古風な表現であり、いかめしさを感じさせる表現である」という印象を強く抱いているため、「焼肉定食」を四字熟語とすることに相当の抵抗を感じている。劇作家の別役実 によれば、パロディーとしての焼肉定食の用例が、仮に定着したとしても、それが四字熟語のイメージにかなうものになるのは難しいという[10] 。
脚注
^ 「ダジャレ――広告界での乱発、もてはやす受け手側にも責任」(新キーワード)『日経流通新聞』1986年4月7日付、p.24
^ 「感字」(鉛筆)『朝日新聞』1988年6月23日付朝刊(埼玉)
^ 大隈秀夫『分かりやすい日本語の書き方』講談社、2003年。86-87頁。
^ はらたいら『愛を旅する人へ』講談社 、1979年、11頁。
^ “西広島のあの店この場所「焼肉と焼肉定食の店 とらや」 ”. 西広島タイムス (2009年11月6日). 2010年3月30日 閲覧。
^ “焼肉定食―今月のアンケート結果発表! ”. ABCいわき (2007年9月). 2010年3月30日 閲覧。
^ De Mente, Boyé Lafayette (2007-11) (英語). Dining Guide to Japan . Charles E. Tuttle. pp. 202. ISBN 978-4805308752 . https://books.google.co.jp/books?id=OT8OSoiYyagC&printsec=frontcover&dq=%22Dining+Guide+to+Japan%22&source=bl&ots=dcMa2wulXI&sig=he44FkSBF9aGSUQ0F-con_wGpt4&hl=ja&ei=l22xS_uRA5KekQWU1rGpBA&sa=X&oi=book_result&ct=result&resnum=1&ved=0CAwQ6AEwAA#v=onepage&q=&f=false 2010年3月30日 閲覧。
^ (英語、日本語) NIHONGO Breakthrough From survival to communication in Japanese . アスク. (2009-3). pp. 36. ISBN 978-4872176926 . https://books.google.co.jp/books?hl=ja&lr=&id=qi56yE4_tLQC&oi=fnd&pg=PT7&dq=yakiniku+teishoku&ots=kOcOrpo97l&sig=QBskyHXVoOO_3Jd_DRFr5syDX0o#v=onepage&q=yakiniku%20&f=false 2010年3月30日 閲覧。
^ 三省堂編修所 編『新明解 四字熟語辞典』三省堂、1998年1月。ISBN 978-4385136202 。
^ a b c 別役実 『左見右見四字熟語』大修館書店、2005年11月、9-13頁。ISBN 978-4469221732 。
^ 猪瀬武則「経済教育は「在り方生き方」に答えることが出来るか?―NCEE教材『経済学の倫理的基礎付けの教授』の場合― 」『弘前大学教育学部紀要』第99号、2008年3月、33頁、NAID 120000917286 、2021年10月22日 閲覧 “新古典派経済学をベースとした「市場原理主義」「市場万能」の教育内容が、「弱肉強食」の「血も涙もない」人格を育成するという認定である。〔中略〕もちろん、これもまた極端なまとめ方かもしれない。生徒にとって経済教育の「意味するところ」は、「焼肉定食」程度の意味しか持たないかもしれないし、〔後略〕”
^ 塩谷喜雄「遊びはオニがつくる(5)ナムコ社長中村雅哉氏」(人間発見)『日本経済新聞』1996年3月8日付夕刊、p.5
^ 中村雅哉 . “創業者メッセージ―未来を担うみなさんへ ”. ナムコ. 2010年4月1日 閲覧。
^ 玉井勝文 『日本人をやめますか?--この国に生きることを見つめ直す』 文芸社、2002年2月、45-46頁。
^ 沖森 卓也、中村 幸弘 編『ベネッセ表現・読解国語辞典』ベネッセコーポレーション、2003年5月。ISBN 978-4828804552 。
^ 松井栄一 編『小学館日本語新辞典』小学館、2004年11月。ISBN 978-4095011714 。
^ 「多田禮吉「『科学技術』は一熟語」朝日新聞1942年2月13日付朝刊。4頁。」
関連項目