戸澤 久夫(とざわ ひさお、1933年(昭和8年)1月1日[1] - 2014年(平成26年)6月14日[2])は、日本の政治家。群馬県太田市長(5期)。
群馬県出身[1]。群馬県立太田高等学校卒[1]。卒業後、1958年(昭和33年)日本社会党衆議院議員東海林稔の秘書となる[1]。1971年(昭和46年)小川省吾の後継者として群馬県議選に社会党から立候補し当選(1期)[1][3]。1975年(昭和50年)太田市長に就任し、5期務める[1]。
市長在職中の1994年(平成6年)太田市役所の老朽化による新庁舎建設を決定、新庁舎は21階建てと決まった。翌1995年(平成7年)の市長選では市役所新庁舎の建設が争点となり、対立候補の元県議の清水聖義(現太田市長)は建設費用が高額のため「建設撤回」を公約にした。選挙の結果、戸澤は落選した。市長に当選した清水は新庁舎の建設を中止、当初の計画を変更し、階数を12階とした(1998年竣工)。
2014年に死去した。
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