ひろせ けんじろう
広瀬 謙次郎 |
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生誕 |
藤田 謙次郎 1918年(大正7年)
日本・東京府東京市京橋区銀座 |
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死没 |
2004年(平成16年)6月1日(86歳没) |
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出身校 |
慶應義塾大学 経済学部 |
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職業 |
企業経営者・国際文化交流事業者・著述家 |
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代表作 |
『救世主は日本に現われる』 |
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肩書き |
日本文化振興会 副総裁 全国中小商工業団体連合会 千葉県代表理事 動物愛護団体連合協議会 理事 千葉県社会人ダンス連盟 会長 千葉県アマチュアダンス協会 理事 日本競技ダンス・グランドシニア会 名誉会長 政経同友会 顧問 国際文化振興財団 名誉会長 世界平和文化財団 副総裁 ジャパン・キャットくらぶ名誉会長 |
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親 |
父:藤田謙一 |
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広瀬 謙次郎(ひろせ けんじろう、1918年〈大正7年〉 - 2004年〈平成16年〉6月1日[1][2])は、日本の予知能力者。東京銀座生まれ[3]。
父は、日本の実業家。日本商工会議所初代会頭、貴族院議員を務めた藤田謙一(1873年 - 1946年)[4]。
この父の「謙」の字を継ぎ命名された。学生時代に広瀬家の養子となる[4]。
経歴
1918年、実業家の藤田謙一の息子として東京市京橋区銀座に生まれる。慶應幼稚舎(小学校)に入学し、附属学校を経て、慶應義塾大学 経済学部へ進学。裕福な時代の藤田家で暮らすが、父藤田謙一の賞勲局疑獄による失脚で、没落した藤田家を離れ、広瀬家の養子となる。1941年、同大学を卒業し、徴兵で中国大陸へ派兵され、蕪湖・蘇州・上海など4年間転戦し、1945年、上海から復員・帰国[3]。
その後、東京美術広告社の社長、超心理学国際政経研究会会長、ジャパン・キャットくらぶ名誉会長などを歴任[3]。
日本文化振興会 副総裁、地球連邦推進委員会 日本委員会、日中協会設立発起人、日中友好協会 東京都本部 文化教宣委員、日米中協会会長、日中米連帯委員会設立発起人 理事、日本公共広報示協力会 会長、東京都公共宣伝運営連合会 理事、全国中小商工業団体連合会 千葉県代表理事、国際新科学学会 最高顧問、日本超科学センター設立発起人、動物愛護団体連合協議会 理事、千葉県社会人ダンス連盟 会長、千葉県アマチュアダンス協会 理事、日本競技ダンス・グランドシニア会 名誉会長、日朝文化交流協会理事、政経同友会 顧問、宇宙エネルギー(株)会長、国際文化振興財団 名誉会長、世界平和文化財団 副総裁、米国公益法人国際学士院 副総裁、など[1]。
若いころから「夢日記」を記録しており、これによって多数の予言が的中してるとしている。その例として、関東大震災の発生、日米の開戦と日本の敗戦、米軍のベトナム戦争敗戦、など[3]。
予言として、救世主が20世紀末から21世紀2037年までに日本に出現し活動することを述べている[5]。また、その出現は1981年頃としている[6]。
著書
他者からの評価
- 著書『宇宙大予言』の発刊に際し、鳩山邦夫、山口敏夫など各界193名の発起人により、1983年3月11日に東京都港区高輪のアンナ会館にて「出版記念会」が行われた[7]。
- 著書『救世主は日本に現われる』の発刊に際し、園田直、古井喜実など各界二百余名の発起人により、1983年9月29日に東京都北区の赤羽会館にて「出版記念会」が行われた[8]。
- 丹波哲郎 - 1982年7月の著書『2037年への大予言 : 地球の破滅と蘇生…』に対し、評価を受ける「恐るべき書物」とし「2020年頃のハルマデドン(世界大戦)の恐怖」を述べている[9]。
- 佐治芳彦 - 1987年6月の著書『21世紀に翔ける救世主』に対し、「近未来を生き抜くためのバイブル」との題で示し、新時代の胎動を霊夢で受信し解説して、的確に提示がなされ、近未来への行動指針を与えているとする[10]。
- 猪熊信行 - 著書『21世紀に翔ける救世主』に対し、推薦文を頂く[11]。
脚注