小笠原長世

小笠原 長世(おがさわら ながつぐ、明和2年(1765年) - 文化10年8月5日1813年8月30日))は、江戸時代旗本豊前国下毛郡時枝(現在の大分県宇佐市の一部)領主。時枝小笠原氏の第5代当主。小笠原政久の四男、小笠原長喜(ながよし)の養子。室は山名義徳娘、のちに離縁し小笠原長為の娘と再婚。子に小笠原長保。別名は長貴、長如。通称は菊三郎、大膳、中務。官位は大和守。

中津藩小笠原長胤の弟小笠原長宥(ながます)が、元禄7年(1694年)に豊前国下毛郡宇佐のうち私墾田10ヶ村5,000石が与えられ、翌年旗本に列した。元禄11年、長胤が改易となるが領地はそのまま残った。小笠原長丘(ながおか)、小笠原長賢(ながかた)、長喜と続き、その養子が長世である。

明和8年(1771年)12月6日、7歳で家督を継ぐ。文化5年(1808年)3月28日、日光奉行となり、文化10年(1813年)8月5日の死去時まで務める。

参考文献

  • 寛政重修諸家譜巻第百九十
  • 『日本財政経済史料』巻第四(財政経済学会、1922年) 451頁

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