和田 純(わだ じゅん、1876年(明治9年)5月2日 - 没年不詳)は、日本の判事、内務官僚、朝鮮総督府官僚。弁護士。
経歴
東京府東京市に津田仙の子として生まれ、和田謙吉の養子となった。1902年(明治35年)、早稲田大学邦語行政科を卒業。司法官試補、平壌控訴院判事、海州地方法院部長を務めた。その後、高知県警察部長、和歌山県警察部長、愛媛県内務部長、新潟県内務部長、慶尚南道知事を歴任した。
1928年(昭和3年)に退官した後は弁護士を開業し、海軍協会常務理事を務めた。
親族
- 津田仙 - 義父
- 津田梅子 - 実姉、三男 津田眞の養母
- 和田ハナ - 妻、澁谷辨治郞長女
- 和田修 - 長男
- 和田幸 - 養女、增島善太郞四女
脚注
参考文献
- 早稲田大学紳士録刊行会編『早稲田大学紳士録』早稲田大学紳士録刊行会、1939年。
- 人事興信所編『人事興信録 第12版(下)』人事興信所、1939年。