吉藤 オリィ(よしふじ おりぃ、本名:吉藤健太朗、1987年11月18日 - )は、日本の男性ロボット研究者、実業家。株式会社オリィ研究所 所長。デジタルハリウッド大学大学院特任教授[1]。一般社団法人WheeLog創業者。分身ロボット「OriHime」の開発者。自身の不登校時に感じた「孤独」から、人生のミッションを「孤独の解消」とする。[2]
1987年、奈良県北葛城郡新庄町(現・葛城市)に生まれる。
小学5年生のとき、体調を崩し2週間ほど入院と自宅療養をしたことがきっかけとなり、不登校、ひきこもりとなる。[3]
中学校1年生のとき、折り紙ができるならロボットも作れるはずと考えた母親が応募した「虫型ロボット競技大会」に出場し、優勝する。[4]その翌年の全国大会にて準優勝、その大会でものづくりの師匠と仰ぐ久保田憲司氏の作品と出会い、久保田氏が教鞭をとる奈良県立王寺工業高等学校に入学したいと思い、受験勉強のため不登校を脱する。[5]
2003年、奈良県立王寺工業高等学校に入学。久保田氏や部活動の仲間と共に「傾かず、かつ段差を登ることができる電動車椅子」の研究開発を行い、JSEC(ジャパン・サイエンス&エンジニアリング・チャレンジ)にて文部科学大臣賞を受賞。[6]また米国で開催されたIntel ISEF(インテル国際学生科学技術フェア)に日本代表として出場し、グランドアワード・エンジニアリング部門3位となる。
スーパー高校生として地元メディア等に取り上げられ、全国高校野球選手権奈良大会の始球式の投手を担当する。「こんなものも作ってほしい」と様々な高齢者からの相談を受けるようになる中で、「孤独の解消」を人生の研究テーマとし[7]、進路を町工場への就職から研究者を目指す進学へ切り替える。
2006年に、国立詫間電波工業高等専門学校(現:香川高等専門学校)に編入し、「孤独の解消」を目的とした人工知能の研究をはじめるが、人工知能パートナーでの孤独の解消に限界を感じ、人とのコミュニケーションを支援する機器を開発へシフト。国立詫間電波工業高等専門学校を中退し、2007年に早稲田大創造理工学部に入学。自ら「オリィ研究室」を立ち上げ、”分身ロボット”の研究開発に着手。1年半をかけて初期のプロトタイプ”OriHime”を開発、発表した。
2012年に、株式会社オリィ研究所設立。ALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者と共に視線入力でOriHimeを操作するシステムを開発し国際特許を取得、厚労省認定福祉機器として意思伝達装置OriHime eye+switchとして製品化した。[8]
当時、社長秘書兼広報として雇用していた頸髄損傷で寝たきりの親友である番田雄太、一般社団法人WITHALS武藤将胤らと寝たきりでも仲間と共に働ける働き方を構想し、全長約120cmの分身ロボットOriHime-D(オリヒメディー)の開発に着手。
2017年に番田雄太が亡くなるも、2018年にOriHime-Dは完成し、日本財団で期間限定で「分身ロボットカフェDAWN ver.β」をオープンさせ注目を集める。
2021年、クラウドファンディングで4458万円の資金が集まり、[9]6月から「分身ロボットカフェ DAWN ver.β 常設実験店」として公開実験店をオープンさせ、運営している。[10]
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