取消訴訟(とりけしそしょう)とは、行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟(抗告訴訟;行政事件訴訟法3条1項)の一種で、行政庁の処分または裁決に不服がある場合に、その取消しを求める訴訟をいう(同条2項・3項)。実務において、最も多用される訴訟類型の一つである。
行政事件訴訟法は、取消訴訟を次の2種に分けて規定する。
本案判決の前提条件となる訴訟要件については、取消訴訟を追行する上でもっとも争われる争点の一つである。取消訴訟を論じるうえでは、訴訟要件のうち、上の3点が特に重要である。
取消訴訟の対象となる「処分」とは、公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているものをいう、とするのが判例[1]である。
取消訴訟は、処分を取り消すことによりその規律力そのものを覆す効果を持つ。これは、国民の救済にとって直截的な効果を有する一方、これが容易に認められたのでは、行政庁にとって迅速かつ適切妥当な行政目的の実現の妨げとなる。そこで判例は、国民が自己の権利を守る上で、行政庁の行為を取り消すことが必要不可欠な場合に取消訴訟の範囲を限定しているのである。
原告適格が認められるためには、原告に法律上の利益が必要である。すなわち、処分取消訴訟及び裁決取消訴訟は、その処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができる(9条1項)。
原告適格を認めるために必要な「法律上の利益」については、いくつかの見解がある。
裁判所は、処分又は裁決の相手方以外の者について「法律上の利益」の有無を判断するに当たって、処分又は裁決の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮するものとされ、この場合において、法令の趣旨及び目的を考慮するにあたっては、法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌するものとし、利益の内容及び性質を考慮するに当たっては、処分又は裁決がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案するものとされた(9条2項)。
9条2項の趣旨に基づき原告適格を認めた最高裁判例としては、小田急線連続立体交差事業認可処分取消、事業認可処分取消請求事件[7]がある。
処分又は裁決があったことを知った日から正当な理由がなく6箇月を経過したときは、訴えを提起することができない(14条1項)。
また、処分又は裁決の日から正当な理由がなく1年を経過したときも、訴えを提起することができない(14条2項)。
おおかたの判例は、取消訴訟における違法判断の基準時として、もとの処分時を支持してきた。しかしながら、例外もある[8]。違法判断の基準時が問題となるのは、処分時には違法であったものが後の事情により、そうでなくなった場合などである。例えば、法令が改正された場合である。申請拒否処分において処分が合法であったものが違法となった場合は、原則として再申請により対処すべきであるが、これができない場合[9]に、特段の事情があったものとして基準時の修正が考慮される場合がある[10]。
処分についての審査請求の違法・不当判断の基準時については、異論もあるが、行政権による事後審査の作用である審査請求と裁判所による事後審査である取消訴訟の間には、若干の質的差異があるものの、審査請求が処分に対する事後審査制度の一環として位置づけられることから、取消訴訟の場合と同様、一般に、処分時[11]と解されている[12]。
処分の取消しの訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えとを提起することができる場合には、裁決の取消しの訴えにおいては、処分の違法を理由として取消しを求めることができない(行訴法10条2項)。これを原処分主義という。
例外として、法律により裁決の取消しの訴えのみを認めるもので、原処分の瑕疵を主張することのできる場合(裁決主義)がある。
例として
行政機関による処分の取消を求める際に、取消訴訟と行政不服申立てのいずれの手段を選択するかは原則として自由であり(8条1項前段)両方同時に行うことも出来る。
審査請求がされているときは、裁判所は、その審査請求に対する裁決があるまで、訴訟手続は原則として中止される(8条3項)。
例外的に、課税処分や社会保障に関する処分などについて、不服申立を訴えに先立ってすることが法律上要求されることがあるが、次に該当するときは、裁決を経ないで、処分の取消しの訴えを提起することができる(8条2項)。
行政庁の処分に取消事由(法律違反等)があったとしても、その処分に対して、取消訴訟が提起されないまま出訴期間(14条:処分を知った日から6か月、処分の日から1年)が経過し、あるいは、取消訴訟を提起したにもかかわらず訴え却下もしくは請求棄却になった場合は、もはやその処分は取消しを求めて争うことができなくなる。そうすると、その処分は取り消されないことが法律上確定する(厳密には、処分庁またはそれを監督する上級行政庁が処分を取り消すことは妨げられない)。
こうした効果につき、行政処分は取り消されない限り「一応の通用力」を有するからであり、これを公定力と呼ぶと説明するのが従来の通説である。しかし、こうした見解に対して、現在の有力説は、行政処分に限ってなぜ「一応の通用力」が付与されるのか理論的根拠が明らかでないと批判する。
現在の有力説は、上記のような効果が生じるのは、行政事件訴訟法が、行政庁の処分は取消訴訟によらなければ取り消せないものとする(取消訴訟の排他的管轄)という選択をしたからであり、従来説かれた「公定力」はその反射的効果に過ぎないと説明する。有力説が従来の通説を批判してこのように説くのは、取消訴訟の対象が「行政処分」に限定されないという実践的な意図に基づいている。