八木 佐太治(やぎ さたじ、1891年6月20日[1] - 1964年7月30日[2])は、日本の政治家。衆議院議員(1期)。
兵庫県出身。1917年、東京電機学校で学ぶ[2]。神戸市議、兵庫県議、同市部会議長、神戸地方裁判所調停委員、六甲高等女学校理事となる[2]。ほかに東洋電波(株)常務取締役、東亜無尽(株)取締役、八木電気(資)代表社員、八木商会、宮崎工務店各(株)取締役、協立電業(株)取締役会長、神戸精機、日本洗濯各(株)取締役となる[2]。
1946年の第22回衆議院議員総選挙で兵庫2区(大選挙区制)から日本進歩党公認で立候補して当選[3]。党内では総務委員を務めた[2]。翌1947年の第23回衆議院議員総選挙において兵庫4区から民主党公認で立候補して落選[4]。1949年の第24回衆議院議員総選挙では民主自由党公認で立候補して落選した[4]。
1964年死去。