| この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(このテンプレートの使い方) 出典検索?: "佐敷町" 沖縄県 – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2014年1月) |
旧・佐敷町役場(現・南城市佐敷庁舎)
佐敷町(さしきちょう)は沖縄本島南部にあった町。
2006年1月に知念村、玉城村、大里村と合併し南城市となり消滅した。町役場は字佐敷に置かれ、合併後は南城市役所佐敷庁舎となった。
地理
馬蹄型をなしている。
字一覧
- 伊原(いばら)
- 小谷(おこく)
- 兼久(かねく)
- 佐敷(さしき)
- 新開(しんかい)
- 新里(しんざと)
- 津波古(つはこ) - 馬天港があり、佐敷町域内で最も人口の多い字(行政区)
- 手登根(てどこん)
- 仲伊保(なかいほ)
- 冨祖崎(ふそざき)
- 屋比久(やびく)
隣接している自治体
歴史
- 17世紀中期 - 大里間切から津波古・小谷・新里を編入。
- 1824年5月 - 集中豪雨により長さ約1km、幅約270mの崖崩れが発生[1]。
- 1893年
- 1908年4月1日 - 島嶼町村制施行により佐敷間切が佐敷村となる。
- 1969年から2年間かけて馬天湾内の公有水面が埋め立てられ字新開誕生
- 1979年 - 「つきしろ」の街が行政区となる。
- 1980年6月1日 - 町制施行され佐敷町となる。
- 2006年1月1日 - 玉城村・大里村・知念村と合併し南城市となり、佐敷町消滅。
行政
- 町長(最終)・津波元徳(つは げんとく)
(南城市誕生後、市長誕生するまで職務執行者を務めた)
行政区
- つきしろ - 昭和50年から字佐敷の丘陵上に造成された住宅地。第一尚氏の守護神名に由来。
現在の南城市佐敷地域
合併後、住所は南城市の次に旧村名の「佐敷」が頭につき「南城市佐敷字○○」となった。字佐敷でも「佐敷字佐敷」となる
教育
交通
道路
路線バス
東陽バス、沖縄バスが運行されている。
- 36番・糸満 - 新里線(沖縄バス)
- 37番・那覇 - 新開線(東陽バス)
- 38番・志喜屋線(東陽バス)
- 39番・百名線(沖縄バス)
- 41番・つきしろの街線(沖縄バス)
- 58番・馬天琉大泡瀬線(東陽バス)
- 91番・城間(南風原)線(東陽バス)
- 191番・城間(一日橋)線(東陽バス)
主要施設
出身有名人
脚注
- ^ 中塚武 監修「一八二四年から二五年における旱魃・台風被害」『気候変動から読み直す日本史6 近世の列島を俯瞰する』p29 2020年11月30日 臨川書店 全国書誌番号:23471480
関連項目
外部リンク