『ヴァレンチノ』は宝塚歌劇団のミュージカル作品。作・演出は小池修一郎[4][5][6]。
バウ・ミュージカル
「ヴァレンチノ-愛の彷徨(さすらい)-」(初演)と表記される。
解説
※『宝塚歌劇100年史(舞台編)』の宝塚バウホール初演参考。
イタリアからの移民・ルディーはシナリオライターのジューンに見いだされて大スターとなり、デザイナーのナターシャと結婚する。ショックを受けたジューンは姿を消し、その時初めて彼女への愛を確認したルディーだが、時すでに遅く、彼は短い生涯を閉じるのであった。映画スタールドルフ・ヴァレンチノの夢・恋愛・人生を、音楽、歌、ダンスで綴った作品。
小池修一郎の演出家デビュー作品。
公演記録
- 1986年・雪組
- 4月19日から5月5日まで宝塚バウホールにて公演。
- 形式名は「バウ・ミュージカル」、2幕、副題は「愛の彷徨(さすらい)」。
- 1992年・雪組
- 8月22日から9月5日まで宝塚バウホールにて公演。
- 形式名は「バウ・ミュージカル」、2幕。
- 1993年・雪組
- 1月19日から1月29日まで東京・日本青年館にて公演。
- 2月1日から2月9日まで名古屋・中日劇場にて公演。
- 形式名は「バウ・ミュージカル」、2幕。
- 2011年・宙組
- 3月8日(火)から3月20日(日)まで大阪・シアター・ドラマシティにて公演[4]。
- 3月26日(土)から4月2日(土)まで東京・日本青年館にて公演予定であった[5]。 *東日本大震災のため中止になった。
- 8月13日(土)から8月19日(金)まで東京・日本青年館にて公演[6]。
- 形式名は「ミュージカル」、2幕。
スタッフ
1986年(スタッフ)
1992年(スタッフ)
1993年(スタッフ)
| この節の 加筆が望まれています。 (2015年6月) |
2011年(スタッフ)
- 作曲・編曲:吉崎憲治
- 振付:AYAKO、桜木涼介
- 装置:大橋泰弘
- 衣装:有村淳
- 照明:勝柴次朗
- 音響:大坪正仁
- 小道具:伊集院撤也
- イタリア語指導:マッテオ・レッキア・トーニ
- 歌唱指導:楊淑美
- 演出助手:生田大和
- 録音演奏:宝塚ニューサウンズ
- 制作:中西達也
出演者一覧(2011年)
※シアター・ドラマシティ[10]・日本青年館[11][12]共通。
主な配役
1986年(主な配役)
1992年(主な配役)
※役柄は出典していない(2022年8月現在)
- ルドルフ・ヴァレンチノ(ルディー) - 杜けあき
- ジューン・マシス(シナリオ・ライター) - 紫とも
- ナターシャ・ラムボア(ルディーの妻。デザイナー) - 高嶺ふぶき
- デソウル(マフィアのボス) - 海峡ひろき
- ジョージ・ウルマン(メトロ映画の宣伝係。かねてからジューンに求婚している。ヴァレンチノとも良き友人) - 古代みず希
- アラ・ナジモヴァ(帝政ロシアの大女優。「椿姫」の相手役にヴァレンチノを採用する。ナターシャを気に入り、衣装デザインから装置まですべて任せている) - 邦なつき
- ラスキー(パラマウント映画の副社長。ヴァレンチノをメトロ映画から引き抜いて世界のスターに育てる) - 箙かおる
- テックス・ギナン(ニューヨークのもぐり酒場“クラブ21”の女経営者) - 京三紗
- メロソープ(エジプト人の占い師。骨占いでヴァレンチノやナターシャ、ラスキー等の運命を予言する) - 和光一
- アリス(ジョージの秘書) - 純名里沙
- ビアンカ(デソウルの情婦。ダンサーのヴァレンチノに惚れ込んで面倒な事態を引き起こす) - 早原みゆ紀
1993年(主な配役)
※下記のデータは青年館・中日劇場共通。
- ルドルフ・ヴァレンチノ - 杜けあき
- ジューン・マシス - 紫とも
- ナターシャ・ラムボア - 高嶺ふぶき
- デソウル - 海峡ひろき
- ジョージ・ウルマン - 古代みず希
- アラ・ナジモヴァ - 邦なつき
- ラスキー - 箙かおる
- テックス・ギナン - 京三紗
2011年(主な配役)
※下記のデータはドラマシティ・青年館共通。
主な楽曲
(作詞:小池修一郎 作・編曲 吉崎憲治)
- ウェスト・コースト
- 奇跡
- 運命の糸
- インスピレーション
- 夢の行方
ビデオソフト・CS放送
※初演時の好評もあり、バウホール再演にあたって実況収録が行われ、著作権問題の絡む一部場面を編集のうえ、1992年10月、バウホール公演実況ビデオ第1号として発売された(発売:宝塚企画[注 1])。宝塚興行の中心・本公演[注 2]の実況ビデオ定期発売開始の約2年前であり、小劇場向けながら、作品への反響の大きさが窺える。
※上記のVHS版(レンタルも有)はディスクで再販されることはなかったが、宝塚歌劇専門CS局・TAKARAZUKA SKY STAGE(スカイステージ)で、VHS版ではカットされていた場面も含めての、更に長時間の実況映像放映が実現している。
備考
※演出助手時代の小池はショー、レビュー作品の助手を多く務めていたため、演出家デビュー決定の後、デビュー企画としてショー作品の案を練っていたという。しかし劇団からは芝居の企画案を求められ、その意向に応えて小池が複数の企画案を練って提出したところ[注 3]、選ばれたのが本作の企画案だった。
※初演が好評を博し、再演の際には東京・名古屋に東上公演も果たし、その後約25年を経てドラマシティ公演として更に再演されるなど、根強い人気を誇る作品となっている。
関連項目
- 「愛の詩(ポエム)」杜けあき(TMPC-115/CD) アランチャ/ラテン・ラバー収録
脚注
注釈
- ^ 社名は当時。現社名:宝塚クリエイティブアーツ。
- ^ 劇団本拠・宝塚大劇場や東京宝塚劇場での公演。
- ^ 当時小池は「華麗なるギャツビー」ミュージカル化の構想も持っており、同作についての企画案も共に提出していた。この企画は埋もれることなく、1991年に本公演の小池作品として実現している。
出典
参考文献
外部リンク