『サイエンス・ワンダー』の創刊号には、フレッチャー・プラット、アーウィン・レスター、スタントン・A・コブレンツ、デイヴィッド・H・ケラーらの短編が掲載された。『エア・ワンダー』はヴィクター・マクルーアの旧作"Ark of the Covenant"で幕を開けた。ニール・R・ジョーンズ、エド・アール・レップ、レイモンド・Z・ガラン、ロイド・エシュバックといった作家たちは、これら初期『ワンダー』系雑誌からデビューした[11]。当時、掲載されるSF小説の質は総じて低く、ラッサー編集長は質的向上を渇望していた。
統合後
ラッサーは作家たちにアイディアを与え、また草稿を批評し、科学性・文学性の両面で掲載作品の質的向上に努めた[12]。彼と作家たち(例えばジャック・ウィリアムスン)の間の書簡は一部が現存している。ラッサーはウィリアムスンに対して科学的整合性の重要さを説いている。ラッサーと作家の共同作業は、正式な合作にまで発展することもあった。『ワンダー・ストーリーズ』1931年7月号掲載の"The Time Projector"は「デイヴィッド・H・ケラー&デイヴィッド・ラッサー作」とクレジットされた[12]。ラッサー(と次代編集長のホーニッグ)は、ガーンズバックからほぼ完全な自由裁量権を与えられており、ガーンズバックの仕事は出来たものを承認するだけであった。この事情は、『アメージング』とは正反対であった。SF史家サム・モスコウィッツは、その理由を次のように推測している。『ワンダー・ストーリーズ』は常に金欠であったため、ガーンズバックは原稿料の借りがある作家たちにはなるべく顔を合わせたくなかったのである、と[13][14]。
ラッサーは自由な議論に価値を見出し、投書欄を維持した。また性関連のトピックを扱った作品の掲載にも躊躇しなかった。トーマス・S・ガードナーの"The Last Woman"は、進化の結果、愛を超絶した未来の男性たちが最後の女性を博物館に保存するというプロットである。ジョン・ウィンダムの初期作"The Venus Adventurer"は、宇宙船乗りが金星の無垢な原住民を退廃に導く物語であった。ラッサーは単なるスペース・オペラの刊行を避けており、30年代初期の『ワンダー・ストーリーズ』に載った作品の幾つかは、当時の宇宙小説の大半と比べて遥かにリアリスティックであった。例を挙げるとエドモンド・ハミルトンの"A Conquest of Space"、P・スカイラー・ミラーの"The Forgotten Man of Space"、そして"The Moon Tragedy"を初めとするフランク・K・ケリーの数作品などは当時としては異彩を放っている[15]。
ラッサーは米国ロケット協会の創設者の1人でもある(創設時の名称は「惑星間協会」)。協会の発足は『ワンダー』1930年6月号で公表された[16]。作家たちの中にも数人は協会員がいた。そのためか、『季刊ワンダー・ストーリーズ』に載る小説には惑星間の冒険を扱うものが増加した。エヴリット・ブライラーの研究によれば、作品のほぼ三分の二がその種のものであった。『季刊ワンダー』の1931年冬号は「惑星間」特集号と銘打たれ、その名の通りの内容であった[17]。ラッサーとガーンズバックはテクノクラシー運動にも共鳴していた。彼らは"Technocracy Review"という書誌を刊行している。また、テクノクラシーの思想を基にした小説をナット・シャハナーに注文し、完成品を『ワンダー・ストーリーズ』に連載し(1933年)、後に"The Revolt of the Scientists"として単行本にまとめている[18][19]。
雑誌がビーコン社のものになり、『スリリング・ワンダー』と誌名が変わると、掲載作品の方向性もアイディアよりアクション重視に変更された。表紙絵は奇怪な異星人や「美女危うし」的構図を描くのが常となった。画家としてはアール・K・バージイが起用されることが多かった。1939年、マーティン・アルジャーという一読者がこのような表紙絵を言い表す新語"bug-eyed monster"(「虫眼の怪物」の意。略してBEM、ベム)を発明した。後に、この語は異星人を意味する語として一般的となり、辞書にも載ることとなった。この時期の有名な寄稿者にはレイ・カミングスやジョン・W・キャンベルがいる。キャンベルの"Brain-Stealers of Mars"(火星の脳みそ泥棒)は1936年12月号から連載が始まった。1936年8月号、すなわち経営がビーコン社になった最初の号から漫画の掲載が始まった。作者「マックス・プレイステッド」は、オットー・バインダー[注 2]と兄のジャックの合作ペンネームであった。彼らの続き漫画"Zarnak"は人気が出ず、8回で打ち切りとなった[26]。
サム・マーウィン Jr.は1945年冬号から編集長となり、前任のフレンドと比して大人向けの編集方針を採った。彼はバージイを説得して表紙絵をもっと写実主義的なものに変え、キャンベルの『アスタウンディング』から作家を引き抜いて小説の質も改善した。『スリリング・ワンダー』1945年夏号にはジャック・ヴァンスのSFデビュー作"The World Thinker"が掲載された。マーウィンはレイ・ブラッドベリの短編もいくつか採用しており、それらは後に『火星年代記』に収録されることとなった。他の有力作家としてはシオドア・スタージョン、A・E・ヴァン・ヴォークト、R・A・ハインラインらが挙げられる。『スリリング・ワンダー』誌は、知的で思索的だがキャンベルの『アスタウンディング』なら採用しないであろう作品も、しばしば掲載した(キャンベルは科学の発達を否定的に捉える小説を好まなかった)。長らく最有力のSF雑誌であった『アスタウンディング』の地位は、1940年代後半の数年間は『スリリング・ワンダー』に脅かされた、とSF史家マイク・アシュリーは述べている[28]。無論この見解は必ずしも一般的ではなく、別の資料[29]はマーウィン時代の『スリリング』を「『スタートリング』と比せば明らかに二線級」と評している。
マーウィンの後任、サミュエル・マインズ(Samuel Mines)は、1951年年末から『スタートリング』と『スリリング』両誌の編集長を務めた[30][31]。彼はSFのテーマの伝統的な制約に反対で、1952年には、異種間の性愛を扱った革新的作品、フィリップ・ホセ・ファーマーの『恋人たち』の『スタートリング』誌への掲載に踏み切った。続いて1953年には、ファーマーの別のタブー破り的作品『母』(宇宙船乗りが異星生物の子宮に住みつく、というプロット)を『スリリング』に掲載した。マインズは『スリリング』1952年12月号にエドモンド・ハミルトンの『向こうはどんなところだい?(別題:何が火星に)』を載せた。これは陰惨な宇宙開発を生々しくを描いた作品で、1930年代の執筆時にはあまりに陰気であると見なされて出版されずにいたものであった。同じ号に載ったシャーウッド・スプリンガーの"No Land of Nod"は、世界に生き残った最後の2人である父と娘の近親相姦を扱っていた。これらの作品は読者から好意的に受け容れられた[32]。
SF界への影響
数年の間、ラッサー編集長はSF界に支配的な力を振るった[33]。彼の下、『ワンダー・ストーリーズ』は1930年代初期における最高のSF雑誌となった[34]。本誌のこの時期の成功は、SF業界におけるガーンズバックの最大の成功でもあった[35]。ラッサーは新世代の作家たちを育成した(彼らの多くは純然たる新人作家だった)。『ワンダー・ストーリーズ』は、アイザック・アシモフの言い方を借りれば一種の「促成栽培」場で、若い作家たちはここで作家業のイロハを習い覚えたのであった。本誌は、他の競合誌と比べればパルプ雑誌の因習にあまり囚われておらず、SFというジャンルの発達史の本流からは外れた作品も掲載している(例えばエリック・テンプル・ベル[注 3]の"The Time Stream"やフェスタス・プラグネルの"The Green Man of Graypec"などである[36])。
^Malcolm Edwards, "Thrilling Wonder Stories", pp. 1222–1223.
参考資料
Ashley, Mike (2000). The Time Machines:The Story of the Science-Fiction Pulp Magazines from the beginning to 1950. Liverpool: Liverpool University Press. ISBN0-85323-865-0.
Ashley, Mike (2005). Transformations:The Story of the Science-Fiction Magazines from 1950 to 1970. Liverpool: Liverpool University Press. ISBN0-85323-779-4.
Carter, Paul A. (1977). The Creation of Tomorrow: Fifty Years of Magazine Science Fiction. New York: Columbia University Press. ISBN0-231-04211-6.
Davin, Erik Leif (1999). Pioneers of Wonder. Prometheus Books. ISBN1-57392-702-3.
Nicholls, Peter; Stableford, Brian (1993), "Wonder Stories", in Clute, John; Nicholls, Peter, The Encyclopedia of Science Fiction, New York: St. Martin's Press, Inc., ISBN0-312-09618-6
Bleiler, Everett F. (1998). Science-Fiction: The Gernsback Years: A complete coverage of the genre magazines Amazing, Astounding, Wonder, and others from 1926 through 1936. Kent, Ohio: The Kent State University Press. ISBN0-87338-604-3.
Edwards, Malcolm (1993), "Thrilling Wonder Stories", in Clute, John; Nicholls, Peter, The Encyclopedia of Science Fiction, New York: St. Martin's Press, Inc., ISBN0-312-09618-6
Clute, John (1995). Science Fiction: The Illustrated Encyclopedia. Dk Pub. ISBN0789401851