ヴェルトは『小間使の日記』の作者オクターヴ・ミルボーの弟子かつ友人であり、ミルボーの最後の小説である『ディンゴ』を、ミルボーが健康を害した後に完成させた[2]。ヴェルトは反聖職者主義者であり、独立心の強い反ブルジョアのアナーキストだった。ヴェルトの最初の小説"La Maison blanche"は、ミラボーが序文を書き、1913年のゴンクール賞最終候補となった[3]。
フランス陥落後、マルセイユのアメリカ救援センターから受け入れの申し出を受けたにもかかわらず、ドイツ占領下のフランスに留まった。1941年7月、ヴェルトはユダヤ人としての登録を義務付けられ、渡航も制限され、作品の出版も禁止された。妻のスザンヌはレジスタンス活動に積極的だった。彼女は10回以上も密かに境界線を越え、パリの自宅のアパートで、逃亡中のユダヤ人女性や撃墜されたイギリスやカナダのパイロットを匿い、レジスタンスの秘密集会に提供したり、偽の身分証明書や違法な無線機の保管場所として利用していた。息子のクロードは、ジュラ県とパリで勉強を続け、後に医師になった[6]。ヴェルトはジュラ山地の山荘に隠れ住み、一人で貧しい生活を送っていた。1946年に出版されたヴェルトの日記"Déposition"には、ヴィシー・フランスへの厳しい批判が書かれている[7]。ナチス占領下のフランスにおいてヴェルトはド・ゴール主義者となり、戦後はクロード・モーリアックが主宰する知的雑誌"Liberté de l'Esprit"(エスプリの自由)に寄稿した。
I ask children to forgive me for dedicating this book to a grown-up. I have a serious excuse: this grown-up is the best friend I have in the world. I have another excuse: this grown-up can understand everything, even books for children. I have a third excuse: he lives in France where he is hungry and cold. He needs to be comforted. If all these excuses are not enough then I want to dedicate this book to the child whom this grown-up once was. All grown-ups were children first. (But few of them remember it.) So I correct my dedication:
『33日間』(33 jours)は、フランス陥落時のヴェルトのパリ脱出の回想録である。タイトルは、彼とその妻、そして息子の元乳母が、パリの自宅を出発してからジュラ地方のサンダムールにある別荘に向かうまでの期間を意味している。当時15歳だった息子のクロードとその10代の友人たちは、『33日間』に書かれているようなフランス軍による迂回路を避け、数時間前に出発して1日足らずでこの距離を移動した。1か月後にサンダムールで再会するまで、夫妻は息子の消息を知らなかった[11]。1940年5月から6月にかけての、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグ、フランスへのドイツ軍の侵攻から逃れた推定800万人の市民の一人としての自分の体験を、詩的な文章とジャーナリスティックな正確さをもって語っている[12]。おそらくは、小説『兵士クラヴェル』などで行った第一次世界大戦の塹壕戦の描写のときと同様に、その間に書き留めたメモを用いて執筆している。ヴェルトは1940年10月にこの原稿をサン=テグジュペリに渡して密かにフランス国外に持ち出し、サン=テグジュペリが英語による序文を付けて、アメリカで出版してもらうことにした。ニューヨークの出版社ブレンタノが権利を買い取り、1943年に出版される計画だった。サン=テグジュペリは1942年に発表した回想録『戦う操縦士』の中で、この本を"un grand livre"(重要な本)と呼んでいる[13][14] 。理由ははっきりしないが、この作品は出版されず、原稿も行方不明となった。
サン=テグジュペリは『33日間』の英訳が出ないことを知って、自分が執筆した序文を大幅に修正し、ヴェルトの名前を伏せて単独のエッセイ『ある人質への手紙(フランス語版)』(Lettre à un otage)として出版した。これは、フランスからリスボンを経由してジャン・ルノワールと同じ船でアメリカに逃れ、海外からドイツとの闘いを続けることができた水先案内人を舞台にした、故郷と亡命についての衝撃的な思索である[15]。